第五章 七節 騎士団長ジークハルト
「王宮に迎え入れる準備が整ったので来てみれば……随分と派手に暴れたものだ。この地区の治安を脅かす者を見過ごす訳にはいかない。おい、此奴らを牢へ連行しろ」
ジークハルトは後ろに控えている騎士に命令すると、四人ほど前に出てきてアリスとイザベルへ近づいてきた。
(やばいっ……! イザベルを置いて逃げるわけにもいかないし、かと言ってこの数を相手にするのは厳しい……! くそっ! どうする……っ!)
アリスは後退りしながら戸惑っていた。すると、後ろから凄まじい速さで駆けてくる足音が近づいてきた。その足音はアリスたちを越して四人の騎士を一振りで薙ぎ払った。
「無事かアリスッ!」
「エルドっ!」
エルドはアリスたちを庇うように前に立ち塞がった。だが、エルドが薙ぎ払った騎士の内二人は倒れているが、もう二人は片膝をついているだけだった。
「エルド……?」
よく見ると、エルドの剣を握る手は微かに震えていて、静かに息を切らせ発汗していることから、かなりの疲労が見て取れた。
「イザベルの盛った毒、即効性の神経毒だったみたいだけど、持続性はあまり無かったみたいでね。……だけど、まだ何とか動ける程度なんだ」
アリスにだけ聞こえるように小声で話しかけるエルドは、騎士たちを威嚇しながらどうにか虚勢を張っているのがわかった。
「他のみんなは脱出の為の準備をしてる。合図があるまで俺が時間を稼ぐから、アリスは早く下がって!」
エルドの焦る声を聞いて、アリスは状況が未だ絶望的なことに気づき、緊張の糸を張り直してエルドの指示に従った。
「貴様たちは下がっていろ。……お久しぶりです、殿下」
ジークハルトは他の騎士たちを下がらせて、ひとりでエルドの前に出てきた。
「……やあ、ジークハルト。父上は元気かな?」
「陛下はご健在です。殿下こそ、この様なところで何をしていらっしゃるのですか? 行方知れずになってからというもの、私共は大変心配しておりました。さあ、陛下もお待ちです。共に王宮へ戻りましょう」
会話をしながらエルドは打ち込める隙を伺っているが、流石は天下の騎士団長と言うべきか、全くと言っていいほど隙が無い。エルドが斬りかかろうものなら、一瞬のうちに斬り返され、行動不能にさせられるとエルドは直感していた。
「……嘘をつくな、ジークハルト。あの人は俺を待ってなどいない。あの人にとって俺は体のいい道具に過ぎないッ……!」
エルドの剣を握る手に力が入ったのを見たジークハルトは、ほんの少しだけ溜息をついた。
「……では、仕方ありませんな。陛下には、多少手荒になっても連れ戻すように仰せつかっておりますので」
ジークハルトはゆっくりとした動作で剣を引き抜き、エルドに切っ先を向けるように構えた。
二人の間に静かな緊張が渦巻いた。
「伏せて!」
その空間を破ったのは、エルドの背後から聞こえた叫び声だった。
エルドは咄嗟にしゃがむと頭上を網のようなものが通り過ぎ、ジークハルトを含めた騎士団へ向かって飛んでいった。
エルドが振り向くとそこにはベリルが立っていた。そして放たれた網のように広がっている糸はベリルの手の装置から伸びていた。構えていたジークハルトはその網を難なく切り裂いたが、後ろの騎士たちは対処できた者はまちまちだった。
「足止めにしては柔すぎる……この臭い……っ! まずい! 全員散開ッ!」
ジークハルトの指示に騎士たちが反応するよりも早く、ベリルの手元からバチッという音が聞こえ、小さな火花が散った。その火花によって手元から伸びていた糸は燃え始め、騎士たちを覆うように張り巡らせた網に一瞬で引火した。
勢いよく燃え上がる炎に騎士たちは完全に混乱していた。
「今の内に早く逃げるわよっ!」
「あ、ああ!」
ベリルとエルドはこの混乱に乗じて屋敷の裏手から逃げ出した。そこで既に逃げ始めていたアリスたちと合流して、燃え上がる赤い光から逃げるように暗い路地を全力で駆けていった。
「逃したか……まあいい。先ずは鎮火だ! これ以上被害を広げることは許さん! ……おい貴様、別働隊へ伝令だ。『反逆者を捕縛せよ』」
「は。了解しました」
ジークハルトから伝令を任された騎士は、駆け足で別働隊の元へ移動した。
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