第五章 五節 銀の乙女

「ただいま」


「あ、おかえりなさい、ベリルさん」


 ベリルがエリスの住まう屋敷の玄関を開けると、モップで清掃している最中のクレアが出迎えた。


「あら、クレア……何故掃除なんかをしているの?」


「えっと、じっとしているのが何だか落ち着かなくて……。あ、エルドさんとディアナさんは奥でくつろいでいますよ。今、イザベルさんとエリスちゃんが夕食の支度をしていますから、ベリルさんも奥でくつろいでいてください」


「ええ、そうさせて頂くわ。貴女も一応もてなされる側なのだから、掃除も程々にしておきなさいよ」


「は、はい…………」


 余程落ち着かなかったせいなのか、クレアは清掃を切り上げなくてはいけないことを残念そうにしていたが、キリのいいところで清掃を終わらせて客間へ戻ると言ってクレアとベリルは別れた。

 ベリルが客間へ向かう途中、廊下には既にパンやシチューの美味しそうな匂いが立ち込めていた。

 匂いの元であるキッチンを覗き見ると、エリスとイザベルが仲睦まじく夕食の支度をしていた。微笑ましい二人の姿を見たベリルは自然と笑みがこぼれ、そのまま声を掛けずにエルドたちのくつろいでいる客間へ向かった。

 キッチンでシチューの入った鍋をかき混ぜているイザベルは、少量を小皿に取って味見をした。


「……うん、良い感じね。エリス、先に食器を皆さんのいる客間へ持って行ってもらえる? その間にこっちで料理を運ぶ準備をしておくから」


「あ、はーい!」


 エリスは、心なしかいつもより上機嫌だ。客人が来ることは滅多にないので、大勢での食事が余程嬉しいのだろう。食器を積んだカートをパタパタと急ぎ足で客間へ運んでいった。


「…………………」


 エリスの居なくなったキッチンは少し静かになり、イザベルはグツグツと煮立つシチューを少しの間見下ろしていた。




「いただきます」


 客間の長机には丁度六人分の椅子があり、エルドたちはみんな席に着いて豪華な料理に感嘆の声を漏らし、手を合わせて御相伴に預かった。


「……んっ! このシチュー、すごく美味しいです!」


「本当ね。とても美味しいわ」


「うふふ、ありがとうございます。パンと一緒に食べても美味しいですよ」


 イザベルはそう言ってシチューを堪能しているエルドたちの前に、色々な種類のパンが入ったバスケットを勧めた。


「もぐっ……んん~! すっごく美味しいです!」


「このパン、わざわざ焼きたてを用意してくださるなんて、本当に手が込んでいますわね」


 イザベルの手料理が絶賛されているのを見たエリスは、まるで自分が褒められているかのように嬉しくなり、ニコニコと可愛らしい笑顔をエルドたちに向けていた。


「満足いただけたようで何よりです。エリスも冷めないうちに早く食べなさい。その間に私はローストチキンを切り分けてしまうから」


「は~い」


 ニヤけたまま返事をするエリスはようやくシチューに手を付け始めた。

 イザベルが用意した料理はデーブルの上を埋め尽くす程の量だった。エルドたちが食べているシチューやパンだけでなく、ガーリックライスやサラダボウル、彩り豊かなアクアパッツァや、イザベルが切り分けているローストチキンなど、食欲をそそられる数多くの皿が並んでいた。


「まだまだありますから、沢山召し上がってくださいね」






 エルドたちが夕食を食べ始める少し前、アリスは相変わらず街を当てもなく歩き回っていた。ベリルの言葉とエルドの伝言を聞いても尚、アリスは未だ自分がどうすべきかを決めかねていた。

 そんなアリスは、またも裏路地にあるカジノへ足を運んでいた。

 前回と同じ席に座り、バーテンダーが気を利かせて出してくれた色鮮やかなカクテルには一切手を付けず、ただ眺めているだけだった。

 そんな中、ギャンブルを終えた二人組がアリスの近くの椅子に座り、酒を注文すると何気ない世間話を始めた。


「ルーカスの奴、もう帰ったみたいだが、やたら上機嫌だったな。何かあったのか?」


「ああ。何でも、ついに『銀の乙女』を口説き落としたらしい。ホントかウソかはわからんが、明日のディナーはルーカスの家で二人きりだそうだ」


「ははっ、それでか! ……だが待てよ。銀の乙女っていや、もう旦那がいたんじゃなかったか?」


「そこなんだよ。俺もルーカスのやつがそう言っていたんで鵜呑みにしていたが、俺の女房が言うには、銀の乙女は若い金髪の女と二人暮らしだっていうじゃねぇか」


「なんだそりゃ? 何が本当なのかわかりゃしねぇな。……あっ! 金髪の女っていやぁ俺も知ってるぜ。何でも、この地区でも一際胸がデカくて、大人しそうな生娘だっていうじゃねぇか。たしか名前は――――」


「おい、その話……詳しく聞かせろ」


 アリスは鬼気迫る表情で二人組の片方の男の胸ぐらを掴み、カウンターに押し倒す勢いで詰め寄った。

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