第五章 三節 カジノ
エルドたちと別行動しているアリスは、ひとりA地区を漫然と歩いていた。そんなアリスが頭の中に思い浮かべることは、妹のエリスのことばかりだった。
(エリスがF地区に……その前に会わなきゃ……。せっかくエルドたちのおかげでここまで来れたのに……。でも、本当に会っていいのか……? 会ったところで、ただ辛いだけじゃないの……? 今のエリスは、あたしが居たA地区と違って裕福な暮らしができてるんだ。今更会ったところで、どこにも逃げる場所なんてないし……。それならいっそ、このまま会わずにいたほうがお互いの為なんじゃ……?)
そんな事ばかりを考えているアリスは、エリスから逃げるように自然と人通りの少ない路地裏を歩き進んでいった。
そんなとき、何やら人の出入りする場所があることに気がついたアリスは、特になにも考えずに足を運んだ。
そして、何の変哲もない階段を降りていくと、二枚扉と二人の門番が佇んでいた。
咄嗟にアリスは姿を隠そうとするが遮蔽物が見当たらず、戦闘しかないとダガーに手を伸ばすが、兵士はアリスの姿を見ても特に構える様子もなく、変わらず佇んでいるだけだった。
(もしかして、バレてないのか……?)
そう思いながらもアリスは油断せず、ダガーに手をかけたまま兵士に近づいた。
「いらっしゃいませ。一名様ですね。どうぞ中へ」
二人の兵士は慣れた手つきで扉を開け、何の疑いもなくアリスを招き入れた。
アリスは訝しみながらも扉の中へ入っていくと、そこには外装からは想像できなかった広漠とした会場だった。
どうやらここは一種の娯楽施設のようで、様々な設備が充実していた。
ダイスゲーム、カードゲーム、ダーツ、ルーレットなどの賭博施設に加え、数十種類の酒が陳列しているバーカウンターなども設けてあった。
この会場にはE地区に住む一部の人々がいた。堂々と賭博をする者もいれば、仮面やマスクをして体裁を気にする貴婦人もいた。皆、薄暗い灯りに照らされながら酒を飲み、賭博を楽しんで過ごしてる様子だった。
(カジノか……。A地区にもあったけど、あそことは雰囲気が別物だな)
そうアリスが感じたのも無理はない。A地区に住む連中は自分の生活費を賭けて一発当てるぞと息巻いている者たちばかりだが、このE地区の連中はカジノで稼ごうなどとは微塵も思ってはいない。満たされた生活の中に少しのスリルが欲しいだけで、当たりかハズレかなんて事はどうでもいいのだ。その証拠に、ここにいる者は賭けに勝っても負けても変わらず薄笑いを浮かべるだけだった。
アリスはそんな者たちを尻目にバーカウンターに腰を下ろした。
「何になさいますか?」
「え……? えっと、じゃあ水を一杯。……ちょっと気分が悪くて」
お酒などを飲むつもりがなかったアリスはバーテンダーの問いかけに少し驚いたが、適当なことを言いながらやり過ごしていた。
バーテンダーはアリスの前に水と氷の入ったグラスを置くと、別の客の注文を聞きに離れていった。
アリスは水を飲みながら、再びエリスのことをぼんやり考え始めていた。
そんなとき、入り口から仮面を付けた長身の男が入ってきた。仮面の男は賭博関係のものには目もくれず、まっすぐバーカウンターに向かって歩き出した。
仮面の男はアリスの左側の椅子二脚分を空けて座り、バーテンダーが来るのを待っていた。バーテンダーは仮面の男に気づくと、話しかけることなく酒を作り始め、グラスを仮面の男の前に出した。
グラスの中身は美しい銀色で、仮面の男は満足気に微笑み、優雅に一口で飲み干した。
「これが頼まれていた薬です」
バーテンダーはそう言うと小さな小瓶を仮面の男へ差し出した。
「ああ、すまない。最近寝不足でね。市販のものではどうにも効果が薄くて……助かる」
仮面の男はバーテンダーから小瓶を受け取ると、気前よく金貨三枚をカウンターに置いてそのまま立ち去った。
バーテンダーは金貨を懐に入れて再び酒を作る作業に戻ろうとしたとき、水を注文していた客がいつの間にかいなくなっていることに気づいて小首を傾げたが、特にそれ以上考えることなく自分の仕事に戻った。
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