第五章 二節 エリスとティータイム
屋敷の中は、外観から想像していたような絢爛豪華なものではなく、一見するとC地区クラスの内装に見えるが、さりげなく飾られている絵や壺は、間違いなく高価なものだった。
エリスに案内された客間では、招いた客人とティータイムを楽しむためのソファーとテーブル、そして少し離れたところに皆で食事をとれる用の長机と個別の椅子が置かれていた。
「いま紅茶をいれるので、ご自由にくつろいでいてください」
そう言ってエリスは客間から出て行き、エルドたちはソファーへ腰掛けた。
「……さて、これからどうするか」
「元々、エリスに会う目的でここまで来たのだから、あとはアリス次第よ。それよりも私は、今夜の寝床の方が心配だわ」
ベリルは言葉とは裏腹にソファーに背中を預けて、だいぶリラックスしている様子だった。
「確かに。結構歩き回ったけど、D地区のウォレス夫妻の宿屋みたいなところは無かったからね。かと言って、国に手続きをして屋敷をもらう訳にもいかないし……さすがに野宿も……ね?」
エルドの言葉で、ディアナ以外はD地区でした野宿を思い出して、少し溜息が漏れた。
「お待たせしました。紅茶と、さっき焼いていたクッキーです。よろしければどうぞ」
自分の住む屋敷にも関わらず、客間ということで律儀にノックをしてから扉を開けたエリスは、ティーセットとクッキーを乗せたキッチンワゴンを押して入ってきた。エリスの焼いたクッキーの香ばしさに、エルドたちは思わず頬が緩んだ。
エリスはキッチンワゴンの上で、人数分の並べられたティーカップに紅茶を注いでいった。左手に持った茶漉しに右手に持ったティーポットが傾けられてティーカップに紅茶が注がれていく姿は、その場にいる全員が見惚れてしまう程とても上品で、とても優雅だった。
「あ、手伝いますっ!」
「え? あ、ありがとうございます! えっと……クレアさん」
クレアは立ち上がってエリスから紅茶の注がれたティーカップを受け取り、テーブルに並べはじめた。
エリスのお手製クッキーと香り立つ紅茶という組み合わせは、エルドたちをよりリラックスさせた。準備を終えたエリスとクレアもソファーへ座り、全員でご相伴に預かることにした。
「あ……すごく美味しい!」
「あら本当……」
「あ、ありがとうございますっ! ……えへへ」
エルドとベリルの漏らした感想に大袈裟に喜ぶエリスは、一見大人びて見えるが年相応の可愛らしい少女なのだと全員が理解した。
しばらく談笑した後、皆が和んだ頃合いを見計らってディアナが話題を切り出した。
「……ところでエリス。先ほど屋敷の前に騎士団の方々がいらっしゃったようですけど、何かあったのですか?」
「は、はい…………あの」
「そのお話、是非私にもお聞かせ頂けないかしら」
そう言ってエリスの言葉を遮って部屋に入ってきたのは、見るからに上品そうなひとりの女性だった。
腰くらいまで伸びているサラサラの銀髪と紫色のドレスは、その女性のエレガントさを象徴している様だった。さらに少し目尻が下がっているのに加え、薄く塗られている口紅と微かな笑みを浮かべている口元は、何とも言えないセクシーさと包容力を感じさせた。
「あ、イザベルさん! おかえりなさい!」
エリスがイザベルと呼ぶこの女性は、手に大きな紙袋を持っていた。その紙袋からは細長いパンや野菜などがはみ出していたので、買い物から帰って来たばかりなのだと一目でわかった。
「ただいまエリス。お客様がいらっしゃるなんて珍しいわね。エリスのお知り合いの方?」
「はい! 以前、わたしがD地区に居たときにお世話になっていた方なんです! 何でも最近このE地区に来られたそうで……あっ、紹介しますね。こちらがディアナさん。そして、ベリルさん、クレアさん、エルドさんです!」
エリスはイザベルに一人ひとりを紹介し、エルドたちは名前が呼ばれたときに順に会釈した。
「みなさん、こちらはイザベルさんです。イザベルさんはわたしがこのE地区に来たときに初めて声をかけてくれて、『私の家に来ますか?』と言ってくれた恩人なんです!」
「うふふっ。エリスったら大袈裟よ。こんな広いお屋敷に私一人じゃ落ち着かないもの。私の方こそ、ようやく同居人が見つかって嬉しかったわ」
謙遜し、感謝し合う二人は傍から見ても仲の良さが伺えた。
そんな様子を見ていたエルドは、まるで姉妹のようだと思い、ふとアリスの後ろ姿を思い出していた。
「……それはそうとエリス、先程こちらのディアナさんが興味深いことを仰っていたようだけど……騎士団の方がいらっしゃったというのは本当なの?」
「は、はい…………わたしにもよくわからないんですけど、国王様の命令でわたしは数日中にF地区へ移住しなければいけないそうです……」
そう言ってエリスはジークハルトに告げられたときと同じように俯いてしまった。
「そ……そんな…………は、早く言いなさいよっ! こうしてはいられないわ! すぐにお祝いの準備をしなきゃ!」
イザベルは慌ただしく持っていた袋を広げ、中身を確認していった。
「お客様もいらっしゃるし、これでは足りないわね……また少し出てくるわ! エリスはお客様用の寝具の準備をお願いね!」
「えっ! は、はいっ!」
イザベルとエリスはエルドたちに一礼すると、客間を出ていった。
この様子を見ていたエルドたちは呆気にとられていたが、もしかしたらイザベルはエリスの気を紛らわせたかったのかもしれないと思い至ったエルドたちは、何だか暖かい気持ちになった。
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