第五章 一節 E地区と妹

「こ、これがE地区……す、すっご……」


 E地区へのゲートを通過した後、アリスは立ち止まって呆気にとられていた。

 D地区も中々の豪華さだったが、E地区がこの国の実質的な貴族だと言われるだけあって、明らかに他の地区とは一線を画していた。

 民家はディアナの屋敷と同等の敷地を有していて、街の人々はまるでパーティー会場にでも来ているかのような豪華なドレスやタキシードに身を包んでいた。

 だが、道行く人を見ると、ここはD地区に比べて圧倒的に人口が少ない。屋敷や飲食店などが無駄に広いのも、土地の広さと人口が釣り合っていないせいもあるのだろう。


「いつまでも間抜けな顔をしていないで、早くエリスを見つけるわよ」


「わ、わかってるよ!」


 ベリルに指摘されアリスは声を荒げたが、気を引きしめ直してエルドたちは街を捜索するために歩き出した。




「……はぁ。手掛かり、一切ないですね……」


 三時間ほど捜索を続けたが、クレアの言う通りエリスに関する情報が全く入手できず、全員が肩を落としていた。

 それでも諦めずに次の建物へ向けて道を歩いているが、どうしても体力的にも精神的にも疲労が見え隠れするようになっていた。


「そもそも、ここの奴らは他人に対して興味がなさすぎる! レストランの従業員のことならまだしも、隣に住んでる人のことまでわからないってどういうことだよ!」


「落ち着きなさいアリス。ディアナも言っていたでしょう? この地区の住人は昔の貴族と同じなのよ。利己的で他人に無関心。安穏とした中で怠惰に日々を過ごしているの……って、どうしたの?」


 先頭を歩いていたエルドが、後方のベリルたちを手で制して止まるように促した。


「……騎士団だ」


 エルドの言葉を聞いたアリスとベリルは前方を見た。

 そこには、十人ほど武装した騎士たちが屋敷の前に隊列を組んで立ち止まっていた。エルドの誘導でアリスたちは即座に近くの建物の影に隠れて様子を伺った。


「連中は一体何をしているんだ……ん? あれは……ジークハルト⁉」


「ジークハルトって……騎士団長⁉」


 エルドたちは驚き、本当にジークハルト本人かと目を凝らした。

 騎士たちの先頭に立っていたジークハルトは、他の騎士とは明らかに纏っている雰囲気が異なり、その立ち居振る舞いも、アリスたちの目から見ても相当な実力者であることが伺えた。


「エルドはあの騎士団長と知り合いなの?」


「あ、ああ。宮殿にいたときに何度かね。……ジークハルトは、国王が直々に騎士団長に任命しただけあって、騎士団を率いるだけの人望と実力を兼ね備えている。普段は国王の側近として王宮にいるはずなのに、なんでE地区に……?」


 アリスの質問に答えながら、エルドは思考を巡らせていた。だが、いくら考えても答えが出るはずもなく、聞き耳をたてながら様子を伺うしかなかった。


「……えっ⁉ わ、わたしが……ですか……?」


「戸惑われるのも無理はない。だが、これは名誉なことだ。誇って良いのだぞ」


 ジークハルトに遮られてよく見えないが、屋敷に住んでいると思われるドレス姿の若い女性と話しているようだった。

 だが、その女性の声を聴いてアリスは何かを思い、ディアナと顔を合わせた。


「この声……?」


「え、ええ……おそらく……」


 二人は互いに言葉足らずながらも、確信めいた何かを感じていた。

 そして、今はそれ以上なにも口にせず、確証を得ようと目を凝らし、耳をすました。


「其方は陛下に選ばれた。故に、其方はこのE地区を越えて、陛下の御座すF地区へ移り住むのだ」


(F地区……だって……?)


 聞き耳を立てていたアリスはジークハルトの言葉に眉をひそめ、俯いて口をつぐんだ。


「えっと……その……そ、そもそも、何故わたしなのでしょうか……?」


「……すまないが、我輩にも理由まではわからんのだ。だが、すべては陛下の御意思だ。其方にとっても悪い話ではなかろう」


「………………」


 屋敷の女性は、ジークハルトの言葉に同意することも拒否することもなく、ただ黙って俯いていた。


「……では、後日迎えに来る。必要な物があるならばこちらで用意するので、其方は最低限の荷づくりだけで結構だ。……それでは失礼する」


 女性の返事も聞かずにジークハルトは踵を返して去っていくと、そのあとを兵士たちは隊列を乱すことなく追従した。

 ジークハルト率いる騎士団がいなくなり、ひとり取り残された屋敷の女性をエルドたちは見た。

 身長はあまり高くなく、小動物を思わせる可愛らしい童顔に反して、胸を強調するようなドレスに、金髪セミロングの毛先には軽くパーマがかかっていて、印象よりも少しだけ大人びて見えた。


「やっぱり、間違いありません……! あの子がエリスですわ!」


 ディアナは心底嬉しそうに目を輝かせ、笑顔でエリスを眺めていた。


「本当かいっ⁉ よかった……やっと見つけたんだ……! アリス! 早く会いに行こう! ……ってあれ? アリスは……?」


 エルドの言葉を聞いたその場の全員が周辺を見渡してみたが、どこにもアリスの姿はなかった。


「あのお馬鹿……」


 ベリルは誰にも聞こえないような小さな声で悪態をつき、溜息を漏らした。


「……兎に角、ようやくエリスを見つけたのだから、先に会いに行きましょう」


「ベリル……でも、アリスが……一番会いたがっていたのに……」


「あの子にも心の準備が必要よ。心配なのはわかるけれど、今はそっとしておきましょう」


 エルドはベリルに諭されて、それ以上は何も言わなかった。クレアとディアナもベリルに賛同し、とりあえずエリスに接触することにした。


「はじめまして。貴女がエリスね」


「は、はい、そうですけど……あの、どちら様でしょうか……? ……あっ! ディアナさん! ディアナさんですよね⁉」


 突然話しかけてきたベリルに小首を傾げていたエリスだが、ディアナの顔を見るなり人懐っこい笑顔で近寄ってきた。


「久しぶりね、エリス。元気にしていたかしら」


「ええ! おかげさまで! ディアナさんもE地区に来られたんですね! ……あっ! ええと、ディアナさん、こちらの方々は……?」


 エリスは安心したのかようやく周りが見えてきたようで、話しかけたベリルだけでなくエルドとクレアにも見られていることに気づき、恥ずかしそうにしながら少し冷静になったようだった。


「改めて、はじめまして。私はベリル。こちらのシスターはクレア、そしてこちらのナイトはエルドよ。私達は……そうね、ディアナの友人ってところかしら?」


 ベリルは意地の悪い顔をディアナに向けると、ディアナは少し恥ずかしそうにそっぽを向いた。


「まあそうでしたか! ディアナさんのご友人さんなのですね! あ、立ち話も何なのでどうぞ中へ」


 そう言ってエリスはベリルたちを屋敷の中へ招いた。

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