第四章 十二節 コルセット改

 それから数日間、ベリルとディアナは地下の工房に籠りっきりになった。

 エルドたちは二人のメイドの指示の元、料理や買い出し、子供たちの遊び相手などを担当していた。


 ちなみに、地下にいた男たちはディアナが雇っている傭兵だった。元々は貴族に兵士として仕えていた彼らは、この国の圧政により職を失い、更に騎士団への入団もできなかった者たちだった。

 そんな彼らをディアナが拾って地下室を寝床とし、屋敷を守るための傭兵として雇っていたのだ。

 しかし、その傭兵たちをベリルがあっさり簀巻きにしたということを知ったメイド二人は、用兵たちに対して小馬鹿にしながらも激しく責め立てたのだった。

 雇われているという立場から、元々メイドと傭兵の仲はあまり良くない様子だったが、ディアナが仲裁する事によって事なきを得ていた。


 宿屋でお世話になったウォレスとミランダにも、買い物ついでにキャンプ道具を返しに行った。一緒について来たレイナとモニカを見た時にはかなり驚いていたが、子供たちが無事なことを知ると、夫妻はまるで我が子のことのように喜んだ。

 それから夫妻は、子供たちの顔を見に何度かディアナの屋敷へ差し入れを持って来るようになった。






 半月ほど過ぎた頃、屋敷での生活に慣れてきたある日、エルド、アリス、クレア、レイナ、モニカの五人は食堂に集まってティータイムを過ごしていた。


「できたわ!」


「できましたわ!」


 その声と共に扉が勢いよく開かれ、ようやくベリルとディアナは地下の工房から出てきたようだった。そして、その手にあったのは改良されたコルセットだった。

 二人は素材や機能性、デザイン性などを長々と語っていたが、最終的に「百聞は一見にしかず!」と言って、モニカとレイナを別室に連れていった。

 数分後、メイド服を脱がされてコルセットを着けさせられたモニカとレイナが現れた。その姿を見て、その場の全員が感嘆の声をもらした。

 モニカもレイナも、D地区にいるだけあって服越しにもわかるほどの豊満な胸を持っていたが、このコルセットを身につけた二人の胸の面積はおよそ半分程度に収まっていた。


「着け心地はどう? 苦しくはないかしら?」


「は、はい。……とても楽ですし、無駄に揺れないので動きやすい……です」


「うふふっ。そうでしょうそうでしょう。伸縮性や通気性は勿論、調節用の種類も紐型、ホック型、ベルト型の三種類を用意したわ。問題の胸も、無理に押し潰すのではなく、優しく逃すというコンセプトで作ったもの」


「その通りですわ! さらに逃した脂肪でシルエットが太らないように、脇やくびれなどの引き締めも完璧ですわ!」


「そ、そうなんですけど~、これ、服の下に着る用に作られてるせいか、ちょっと通気性が良すぎるというか~……」


 誇らしげなベリルとディアナとは対照的に、レイナとモニカは少し寒そうというか、恥ずかしそうにしていた。

 その姿を見てエルドは目を逸らそうと顔を横に向けると、アリスが睨んでいた。エルドはそこから更に体ごと横を向いて、レイナとモニカに背中を見せるように体勢を変えた。

 何はともあれ、コルセットが無事に完成し、身につけた子供たちにも大好評だった。これで心置きなくE地区へ向かえると、エルドたちは出発の準備を進める事にした。






「ところで、どうやってE地区へ行くつもりですの?」


 お別れ前の最後のティータイムを過ごしていると、ディアナが唐突に疑問を投げかけてきた。


「そっか、ディアナは知らないんだっけ。エルドはね、あたし達の胸の大きさを変えられるんだよ」


 アリスの言葉にディアナと二人のメイドは目を丸くしたが、アリスやベリルの胸を見て納得してしまった。


「なるほど、道理で……。信じますわ。そうでなければ、あなた方がD地区まで来られたことの説明がつきませんもの」


 ディアナと二人のメイドの失礼な視線が、アリスとベリルの胸に浴びせられた。その視線に気づいたアリスとベリルは強烈な睨みで返した。


「こほん。それはさておき、残念ながらエルドさんの能力を使っても、E地区には行けませんわ」


「ど、どういうこと⁉」


 アリスは睨むのを忘れ、純粋な疑問をディアナに投げかけた。


「やはりご存知なかったのね……。現国王のイヴァン王がこの国を治めるようになってから貴族制は廃止になりましたけど、E地区は実質この国の貴族という位置付けになっていますわ。ですから、E地区へ行けるのは『規定の胸囲を持つ女性』、そして『従騎士以上の称号を持つ者』だけですわ」


 ディアナの言葉にエルドたちは愕然とした。

 アリスたちは胸を大きくすれば通れるが、エルドが持っているのは『見習い騎士の申請書』だけだ。この地区にある騎士学校へ入学できたとしても、そこを卒業するのに一体何年かかるか……。

 俯くエルドたちに、ディアナは咳払いをして皆の注目を集めた。


「そこで私から、条件付きではありますが、提案がありますの。実はうちの傭兵の中には従騎士の称号を持っている者がいます。その者の勲章を身につければ、おそらくゲートを通ることができますわ」


「そ、それはさすがにバレないか……?」


 ディアナの提案を聞いて、アリスは再び疑問を投げかけた。


「もちろん変装は必須ですわ。でも、ベリルさんや私が手を加えれば、門番くらい騙すのは造作もないでしょう?」


「……それは、まあそうでしょうね。それに関してはバレない自信はあるし、恐らくゲートは通れるでしょう。でも、まだ肝心なことを聞いていないわ。……ディアナ、『条件』って何かしら?」


 ベリルの鋭い視線がディアナを射抜く。

 だがディアナはその視線に気圧されることなく、真っ直ぐに見つめ返した。


「…………私も、E地区へ連れて行って頂けないかしら?」


 ディアナの申し出に驚いたのはアリスだけだった。

 後ろのメイド二人は事前に話されていたのだろう。少し視線を外しながら、どこか寂しそうな顔をしていた。

 エルドとベリルは一応予想していたことと、C地区でのクレアを思い出してデジャブを感じていたので、あまり驚かなかった。

 そのクレアは、ディアナの力強い目に前回の自分を重ねているのか、共感とともに納得してしまった。


「……理由を聞いてもよくて?」


「ええ。今回のコルセットの件で、皆さんに返しきれない程の恩を返したいという気持ちはもちろんあります。でもそれ以上に、純粋にあなた方の力になりたいと思いましたの。……理由としては、少し身勝手が過ぎるかしら……?」


「子供たちはどうするんだい?」


「この屋敷にはレイナとモニカ、そして傭兵の方々もいます。それに、ウォレスさんご夫妻も時折顔を見にいらっしゃるそうですから、何の心配もありません」


 ベリルとエルドの質問にも物怖じせずハッキリ返すディアナを見て、全員がディアナの意思の固さを理解した。


「……はぁ。私は構わないと思うのだけれど、アリスはどうかしら?」


「あたしも賛成。別に今更ひとり増えたって構わないだろ。クレアは?」


「私も賛成です。とても心強いです! ……エルドさんはどうでしょう?」


「……俺も良いと思うよ。歓迎するよディアナ。これからよろしく」


「は、はいっ! こちらこそ、よろしくお願い致しますわ!」


 ディアナは、出会った中で一番の笑顔を見せた。そしてエルドたちもメイド二人も、それに釣られるように笑顔になった。

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