第四章 十一節 和解とコルセット
エルドたちは、いつの間にか新しいドレスに着替えたディアナと二人のメイドに食堂へ案内された。
長いテーブルには純白のテーブルクロスが敷かれていて、ディアナは迷わず自分の定位置に着席した。
エルドたちもディアナとは少し距離をおいた席に着き、レイナとモニカはエルドたちの前に紅茶を入れたカップとソーサーを置いた。
先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えないほど、二人のメイドは甲斐甲斐しく給仕に徹していた。
そして、ある者は優雅に、ある者は恐る恐る紅茶を口に運び、少しの間を置いてディアナが口を開いた。
「それで、お話って何ですの?」
ディアナの質問に、その場にいる全員がベリルを見た。
「そうね……あまり回りくどいのは好きじゃないの。だから単刀直入に聞くわ。貴女、子供達を『保護』しているのでしょう?」
ベリルの言葉にディアナは目を見開いた。
「え、ええ。……それがどうかしまして?」
「う、嘘ですっ!」
クレアは椅子を倒す勢いで立ち上がり、大きな声で抗議した。
「だって、あなたは子供たちに酷いことをしてるって……。そ、そうですコルセット! あのコルセットが動かぬ証拠です!」
「落ち着きなさいクレア。そのコルセットについてだけど……ディアナ、説明してもらえる?」
ディアナはクレアやベリルの言いたいことがよく分からず、首を傾げるしかできなかったが、説明を求められてそれが必要なことなのだということは理解した。
「ええ、構いませんわ。あれは、私が地下の工房で作った特別なコルセットよ。コルセットは元々、腰回りを細くするための物ですけど、それを私が独自に改造して、腰ではなく胸を小さくするコルセットを作り上げましたの」
「や、やっぱり! それを子供たちにつけさせて苦しめていたんですねっ!」
クレアの言葉にディアナは眉を吊り上げた。
「苦しめるですって? 逆ですわ。ここにいる子供たちは、この国の馬鹿げた政策の被害者たち。胸が大きくなってしまったが為に、C地区やB地区にいるご両親に会うことすらできない子たちばかりですの。……それに、あなた方にはわからないでしょうけど、胸は大きくなればなるほど日常生活に支障をきたしますわ。あのように幼い子供たちなら尚更ね。そんな子供たちの為に作り出したのが、あのコルセットなのですわ」
ディアナのクレアたちを見つめる目には、力強い真っ直ぐな光が宿っていた。
その目を見たエルドたちは、ディアナが嘘を言っているのではないと、言葉以上に理解できた。
「子供たちのために……。で、でもっ! あのコルセットのせいで子供たちが苦しんでいるのは事実です! 現にあのコルセットのせいで倒れた子供を私たちは知っていますっ!」
クレアは、馬車に置いてきた子供のことを言っているのだろうと、エルドたちは理解していた。
だが、そのことを知らないディアナは、またしても首を傾げるしかできなかった。
「コルセットの所為で倒れた……? 一体、何のことですの?」
「それについては私から説明するわ」
ディアナの疑問にベリルが答えた。
「私たちがこの屋敷へ来る途中、コルセットを身につけた子供が私たちを襲ってきたの。でも直ぐに倒れてしまったわ。原因は先程クレアが言った通り、貴女が身につけさせたコルセットよ」
「な、なんですって……?」
ディアナは、自身が作成したコルセットが子ども達を苦しめていたということにショックを受けていた。
「……貴女が作ったコルセットの設計図を地下で見つけたわ。あの設計図を見たとき、同じ作り手として貴女の愛や懸命さが伝わってきたわ。でも、同時に欠点もわかってしまったの」
「け、欠点ですって……?」
ベリルは伏せた目を上げて、静かにディアナの目を見た。
「貴女は、無理に胸を潰そうとした。事情はどうあれ、胸も体の一部なのよ。それを無理に押さえつけようとすれば、必ずどこかに欠陥が生じるわ。それが今回は、圧迫による呼吸困難だった。……この事実、本当は知っていたのではなくて? 『メイドさん』」
ベリルはディアナの後ろに立って控えている二人のメイドへと視線を移した。それにつられるようにエルドたち、そしてディアナも二人のメイドを見た。
「……はい。我々は存じておりました……。申し訳ございません、お嬢様……」
「な、なぜ黙っていたのレイナっ! 私はてっきり……」
深々と頭を下げるレイナにディアナは椅子から立ち上がり、声を荒げた。そして、それを遮るようにモニカがレイナの一歩前に出てきた。
「レイナちゃんは悪くないんです~! あのコルセットのことをお嬢様に黙っているように言ったのは、子供たちなんです~!」
「こ、子供たちが……? 本当なの、レイナ……?」
レイナは少し体を起こしたが、ディアナに合わせる顔がないというように、顔は伏せたままだった。
「……はい。……子供たちは、お嬢様が自分たちのために作ってくれたものだから、大切にしたいと……。……ですので私共は、就寝時にはコルセットを取り外すことを条件に、子供たちには納得してもらいました」
「そ、そんな……」
ディアナは脱力したように椅子に背中を預け、うなだれた。そして、コルセットの欠陥以上に、自分が守っていると思っていた子供たちに気を使わせてしまったことへの申し訳なさから、目に涙を浮かべた。
その様子を見たクレアとアリスは、どうしていいか分からない複雑な気持ちになった。そして、ベリルはエルドを見た。
「ねぇ……。ひとつ、お願いがあるのだけれど……」
いつになく真剣なベリルの表情に、エルドは笑顔で答えた。
「うん、いいよ」
「……まだ何も言っていないわよ?」
「わかるよ。クレアもアリスも、構わないよね」
エルドはクレアとアリスを交互に見て、二人が頷いたのを確認すると、ベリルに向かって頷いた。
それを受けたベリルは頬を緩ませ、再びディアナの方へ向き直った。
「ディアナ、ひとつ提案があるわ。コルセットの改良に私が手を貸してあげる」
「え……? い、一体何を……?」
ベリルの提案の意味がよく分からず、ディアナは涙を浮かべた目を見開いて、一歩ずつ近づいてくるベリルを見ていた。
「勘違いしないで頂戴。私たちは、あくまで子供たちの為に貴女に手を貸すのよ。……でも、個人的な事を言わせて貰うとね、貴女の設計図を見た時、子供たちに対する誠実さに同じ作り手として心打たれたわ。だから……一緒に、作り上げましょう」
ベリルはディアナの前で立ち止まると、ディアナに向かって手を差し伸べた。
ディアナは涙を拭い、その手を笑顔で取った。
それは和解と協力の握手。メイド二人も、主人の意向に異論は無いようだった。
「あ、そうだディアナ。コルセット作りを始める前に、ひとついいかな?」
「エルドさん……でしたわね? はい、何ですの?」
「ここの子供たちの中に、『エリス』っていう子はいないかい?」
その名前がエルドの口から出てくるとは思っていなかったのか、ディアナはとても驚いた様子だった。
「……もしかして、エリスさんのお知り合いの方でしたの?」
「エ、エリスを知ってるのか⁉ 今どこにいる⁉ あたしの妹なんだっ!」
ディアナがエリスと接点があると知ると、アリスは立ち上り前のめりになって問いかけた。
「そう……でしたのね。……残念ですが、エリスさんはもうここにはいません。前回の『身体測定』の結果、彼女はE地区への移動が言い渡さられましたの」
「そんな…………くそっ!」
アリスはテーブルを叩き、苛立ちを露わにした。そんなアリスの肩にエルドは手を置いてなだめた。
「アリス、もう少しの辛抱だ。このコルセットの件が終わったら、すぐにE地区へ向かおう。……大丈夫。俺が絶対にエリスに会わせるから」
「エルド…………うん」
アリスはエルドの言葉に励まされ、落ち着きを取り戻していった。
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