第四章 十節 各々の戦い

 中央階段にも剣戟が響いていた。

 レイナは元々の地の利を生かして階段の上を上手く立ち回り、常にアリスよりも高い位置に陣取っていた。

 だが、アリスの俊敏性は徐々にレイナを上の階へ押し上げていっていた。

 そんな時、二階から大きな破壊音がレイナの耳に届いた。

 屋敷を熟知しているレイナは、その音がディアナのいる書斎だということに気づくのにそう時間は掛らなかった。


(……お嬢様……! ……いえ、上にはモニカがいます。心配の必要は……しかし……)


 アリスはレイナの意識が二階に向いたのを見逃さず、力いっぱい地面を蹴って跳躍し、レイナとの距離を一気に詰めた。

 だが、レイナはアリスのダガーによる攻撃を仕込み刀で受け止め、下の階へ勢いよく蹴り飛ばした。

 アリスは着地と同時に上を見ると、レイナはスカートをめくり上げ、太ももに括り付けていた数本のナイフを引き抜き、アリスへ投げつけた。

 アリスは後ろへ飛びながら器用にナイフを叩き落とした。


「くっ……! まさか飛び道具までっ……意外とやるじゃん……って、おい! どこに行く気だっ!」


 アリスが中央階段を見上げると、レイナはスカートを翻して二階へ走っていった。

 投げナイフの所為で距離と時間をとられたアリスは、少し遅れてレイナを追いかけるため階段を駆け上がった。






 二階のふたつの戦闘は一層激しさを増していた。

 エルドとモニカは書斎での戦闘を続けていたが、クレアとディアナは書斎の壁を破壊して隣の空き部屋で激しい攻防を繰り広げていた。


「そこをどいてくれますか~! あのシスター、ブチ殺しに行けないじゃないですか~!」


「そういう訳にはいかないっ! 君にクレアを殺させないし、ここは通さない!」


 激情に駆られているモニカをエルドはどうにか押さえているが、内心ではエルドもクレアを止めたかった。

 激昂しているクレアを抑えながらディアナとモニカを相手取るのは、さすがのエルドも無理がある。だから先にモニカを行動不能にしようとしているが、思いの外モニカの力が強く、かなり手間取っていた。

 そんな時、書斎の方の扉が開き、もう一人のメイドであるレイナが入ってきた。


「……こ、これは一体……っ! ……モニカ! 何をしてるのっ!」


 レイナは破壊された壁の向こうを見た。そして隣の空き部屋で戦っているディアナとクレアを見て、モニカを責めるように声を張った。


「レイナちゃんっ! ナイスタイミング~! 早くあのシスターをブチ殺して~!」


(くっ! この状況で敵側の増援なんてっ……! どうする⁉)


 レイナは状況を上手く飲み込めていないが、現状を理解しているモニカの言葉を信じて空き部屋で戦っているクレアへ向かって走り出した。

 だが、すぐ後ろに殺気を感じたレイナは振り返りながら刀を構えた。

 すると、勢いよく飛び掛かったアリスと目が合い、レイナは構えたままアリスのダガーを刀で受け止めた。


「……もう追いついてくるなんて……っ!」


「今度こそ逃さないっ!」


 エルドとモニカに続き、レイナとアリスも鍔迫り合い、膠着状態に陥った。

 そんな中、隣の部屋のクレアとディアナの戦闘は激しさを増す一方であった。しかし、ディアナのレイピアによる激しい突きに、クレアは少しずつ壁際へと追い詰められていった。


「くっ……っ!」


 そして遂にクレアは、空き部屋の本来の入り口である扉まで追い詰められた。

 ディアナは一歩引いて距離をとっているが、それが勢いをつけた渾身の一撃を放つための一歩だと、クレアは気づいていた。


「うふふっ。ここまでのようですわね。これで……トドメですわっ!」


 ディアナが一歩踏み出した瞬間、クレアは真上に跳躍してドアノブに足をかけ、さらにもう一段階跳躍した。

 天井に届くほどの跳躍をしたクレアは天井を蹴って、ディアナが通過するはずの真下に向かってメイスを振りかぶった。


「誰かいるの~?」


 その瞬間、開くはずのない空き部屋の扉が開き、ひとりの子供が目を擦りながら入ってきた。その子供が立っている場所は、クレアとディアナの渾身の一撃が交差する最悪の場所だった。


((お願い……止まってッ!))


 二人の願いは虚しく、落下中のクレアは勿論、大きく踏み込んでいるディアナも、最早自分の意思で己の攻撃を止めることができなかった。



「そこまでよっ!」



 その一声と同時に部屋中の壁や床から無数のワイヤーが飛び出し、二人の体に巻き付いて動きを封じ、クレアとディアナの攻撃から子供を守った。

 子供は寝ぼけていたことと驚きのあまり気を失い、クレアとディアナは宙吊りのままにも関わらずホッと胸を撫で下ろした。

 突然の出来事に書斎で戦闘中だった二組も、呆気にとられていた。

 誰ひとり動けないでいると、廊下の方から足音が聞こえてきて、気絶している子供の後ろで足を止めた。


「べ、ベリルっ!」


 エルドがそう叫んだ相手は、間違いなくベリル本人だった。

 ベリルは部屋を見渡して全員無事であることを確認すると、少し安心したように口元を緩ませた。

 そして、すぐまた表情を引き締め、口を開いた。


「全員、大人しく武器を収めて頂戴。もう充分戦ったのだから、次はお話し合いといきましょう?」


 ベリルの言葉をディアナは黙って聞いていた。

 だが、レイナとモニカは同じように黙ってはいられなかった。


「……ふ、ふざけないでくださいっ!」


「そうです~! 今更お話し合いなんて、するわけないじゃないですか~!」


 抗議する二人だが、ベリルが自分の手元を二人によく見えるようにアピールした。

 ベリルの手の装置からワイヤーが出ており、それを辿ると、宙吊りになっているディアナに巻きついているワイヤーへ伸びていた。

 それを脅しと取ったレイナとモニカは、それ以上何も言えなかった。


「……いいですわ。話し合いに応じましょう」


 ディアナは動けなくなったことで完全に平静を取り戻していた。

 レイナとモニカは少し悔しそうにしていると、ディアナは小さくため息をついた。すると、ディアナはレイピアを駆使して、自らを拘束しているベリルのワイヤーを細切れにしてみせた。


「勘違いしないで下さる? 私たちは決して負けを認めたわけではありません。お話しの内容次第では、今度こそ容赦しませんわ。……場所を変えます。モニカ、子供を寝室へ運んでおいて。レイナ、お茶の支度をお願い」


「「は、はい! お嬢様っ!」」


 メイド二人は元気に返事すると、きびきびと動きだした。

 エルドとアリスも特に異論はなく、ベリルと共にディアナについて行こうとした。


「あ、あのぉ! 私も降ろしてください~!」


 どうやら宙吊りになっているクレアも、冷静さを取り戻したようだった。

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