第四章 九節 ディアナの書斎
屋敷の二階の廊下を走っているクレアは、家主であるディアナに会うことしか考えていなかった。盲目的に走っているように見えて、実はクレアにはディアナのいる場所の検討がついていた。
レイナが待ち受けていたこと。
昨日のレイナが言っていた『書斎に籠っている』ということ。
この二点からディアナは、もう通り過ぎた寝室や食堂にはいない。居るとしたら『書斎』だと、あまりにも根拠のない衝動に駆られていた。
書斎の場所自体は事前にベリルが当たりをつけていた。それは二階で最も日当たりが良く、眺めが良い一番奥の部屋だ。
今のクレアはそんな不確定な予想にさえ頼り、一秒でも早くディアナに会いたかった。
そして、書斎の扉前に辿り着いたクレアは、肩で息をしながらドアノブを回し、躊躇なく中へ入った。
待ち構えていたのは、家主のディアナと、レイナではないもうひとりのメイドのモニカだった。
ディアナは書斎の控えめな灯りに照らされながら、ティーカップを片手に深夜のティータイムを楽しんでいた。
モニカはディアナの後ろに控えていた。そして、レイナと同じく室内であるにも関わらず、昨日も持っていたデッキブラシを携えていた。
「騒々しいわね。貴女たちをこの屋敷に招待した覚えはなくってよ?」
ディアナの余裕のある笑みが、クレアを急かし、苛立たせる。
「……ディアナさん……ですね? お聞きしたいことがあります」
それでもクレアは感情を抑えながら、冷静に言葉を紡いでいった。……だが。
「私は貴女にお答えすることは何もありませんの。お帰りになって頂ける?」
レイナの時と同じように、ロクに取り合おうとしないディアナの態度に、クレアは感情を抑えきれなくなっていった。
「……っ! あなたねぇ!」
そう言ってクレアが一歩近づいた瞬間、ディアナの後ろに控えていたモニカが、目にも留まらぬ速さで飛び出し、クレアとの距離を一気に詰めた。
完全にモニカの間合いに入っているとわかっているクレアだが、全く臆した様子はなかった。
モニカは、そんなクレアの様子にも躊躇せず、デッキブラシの先端を引き抜き、刃を剥き出しにした。
こちらはレイナの『仕込み刀』とは違う。『仕込み槍』だ。
その槍の切っ先がクレアの肌を貫く前に、エルドの剣がモニカの槍を止めた。
「無事かクレアッ! 何でひとりで突っ走ったんだ! ……っていうか、何でここのメイドはみんな清掃道具に武器仕込んでるんだ……ッ!」
「うふふ~。暗器はメイドの嗜みですから~」
「そんな嗜み、聞いたことがない……ク、クレアっ⁉」
クレアは、怒鳴りながら鍔迫り合っているエルドとモニカを無視して、ディアナの前へ歩いていった。
「まだ何か?」
「……ひとつだけ聞かせてください。あのコルセットはあなたが……?」
ディアナはクレアがコルセットのことを知っていたのに少し驚いた様子だった。ひょっとすると、夜営地に来た子供のことをディアナは知らなかったのかもしれない。
「ええ、そうです。あれは私の『お手製』。自信作ですわ」
驚いたのも一瞬、ディアナはすぐに余裕の笑みに戻り、自信満々の様子だった。
それを聞いたクレアは少し俯いていたので、裏で鍔迫り合っているエルドをはじめ、正面にいるディアナにもその表情は見えなかった。
「それが何か? あなたには関係のな…………ごふっ!」
メキメキッと何が軋む鈍い音が響いた。ディアナは端の本棚まで吹き飛び、その衝撃で本棚から本がなだれ落ちた。
「…………っな⁉」
「…………お、お嬢様っ!」
突然の出来事にエルドとモニカは鍔迫り合いながらただ動揺した。そして、吹き飛ばした張本人は、メイスを振り抜いたままの姿勢で口を開いた。
「……もう、何も喋らなくていいです…………」
クレアの目にはいつもの優しく、穏やかな光が失われていた。
そこに宿っているのは深く暗い『闇』だけだった。
「……ごほっ! ごほっ……い、イかれてますわこの女……っ! くっ……コルセットが無ければやられていましたわ……」
本の山から出てきたディアナは、メイスが直撃した腹部を押さえていた。
ディアナの腹部にはコルセットが巻かれており、メイスで殴られた衝撃で腹部の服が破けて、コルセットの大部分がひび割れているのが露になっていた。
通常のコルセットであればこの様な状態にはならないが、このコルセットも恐らくディアナ自身の『お手製』なのだろう。このコルセットは異様に硬かったことが功を奏したようで、メイスによる衝撃の殆どは防げたようだが、防ぎきれなかった分のダメージはディアナの体に届いていた。
ディアナはフラつきながらも立ち上がると、書斎に飾ってあったレイピアを手に取り、クレアに向かって構えた。
「よくもやったわね……! 覚悟なさい。私への不敬、その身をもって償ってもらいますわっ!」
ディアナはレイピアを突き出しクレアに襲いかかった。
クレアも負けじとメイスで応戦し、それぞれの戦闘が始まった。
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