第四章 八節 メイドと秘密の地下室
「アリスさんたち、まだでしょうか……?」
「うん……少し遅いね」
クレアとエルドは、予定通り屋敷の正面にある中央階段へ辿り着き、大きな柱の影に身を潜めてアリスたちを待っていた。
すると、二階から誰か降りてくる靴音が鳴り響いた。その音の主にエルドたちは潜入を悟られないように息を殺して様子を伺った。
「……そこにいるのでしょう? ……隠れていないで出て来たらどうです?」
静かな声が響いた。その声から、前に見たメイドのひとりであることをエルドは思い出した。
(たしか名前は……レイナだったか。潜入していることがバレているのなら、今すぐに撤退するか……。だけど、まだアリスたちが来ていない。どうする……)
「ってクレア⁉」
エルドが思案している最中にクレアは立ち上がり、レイナの前に出ていった。
レイナは階段を降りる足を止めて、見下す様にクレアを見ていた。
その手には、室内であるにも関わらず、前に会ったときと同じ竹箒を携えていた。
「レイナさん……でしたよね。お聞きしたいことがあります」
「……侵入者に答えることなど……何もありません」
クレアはレイナの正論と冷ややかな目で睨まれて一瞬怯んでしまうが、自分を奮い立たせ、レイナに食い下がった。
「お、お願いです、答えてください! 子供たちは……子供たちは無事なんですかっ⁉」
「…………貴方に答える義理はないと……言った筈ですッ!」
「危ないクレアッ!」
レイナは階段を蹴って勢いよくクレアに飛びかかった。
クレアは反射的に目を瞑り、エルドは助けに入ろうと一歩踏み込むが……。
(くっ……! 間に合わないっ!)
カキンッ! という金属音が中央階段に響き渡った。
クレアは恐る恐る目を開けると、目の前には竹箒に仕込んだ刀を握るレイナと、鍔迫り合っているアリスの背中があった。
「ギリギリセーフッ!」
「ア、アリスさん……!」
アリスのおかげで難を逃れたクレアは、安心感で一瞬気が抜けそうになったが、今まさに戦闘が始まってしまったという緊張感から、すぐに気を引き締め直した。
「アリス! じゃあ……あれ、ベリルはどこ⁉」
「あいつなら、なんか変な鍵穴見つけて探検中! でも、やっぱり一階にはいないみたい! 居るとしたら二階!」
エルドの質問に答えながらも、アリスはダガーを握る手の力は抜かなかった。
そんな中、『鍵穴』と聞いたレイナは一瞬眉をひそめた。
クレアは子供たちが一階にいないと知ると、アリスとレイナの横を駆け抜けて中央階段を登り、二階へ向かって走り出した。
「クレアッ!」
「ごめんなさいっ! でも私、どうしても子ども達のことを確かめないとっ!」
エルドの制止を振り切ってクレア二階へ消えていった。
「エルドっ! クレアに付いてって! ここはあたしが食い止めるっ!」
「くっ……! ごめんアリス、ここは任せたッ!」
アリスはダガーを握る手に更に力を入れてレイナを押さえ込んだ。その間にエルドはクレアと同じようにアリスとレイナの横を通って二階へ駆け上がっていった。
「さあて……ようやく二人っきりだ。昨日の借り、百倍にして返してやるっ!」
「…………ふふ」
それまで無表情だったレイナが初めて不敵な笑みを浮かべた。
「な、何がおかしいっ!」
「……いえ、大したことではありません。……私は貴女だけを片付ければ済むのだと、安堵しただけです」
「ど、どういう意味だっ!」
「……上にはモニカがいますし、地下には……お嬢様が飼い慣らしているペットがいますから。……今頃、あなたのお仲間は……ふふ。どうなっていることやら……」
「なにっ! くっ……!」
レイナの激しい猛攻に押されながら、アリスは他の仲間達の安否を心配していた。
(クレア……エルド……ベリル……っ!)
その頃、地下への階段を降りたベリルは、いくつかの扉が並ぶ廊下に辿り着いてた。
その光景を見て思い出したのは、C地区にあったグレイブの地下室だった。
嫌な予感がしつつも、ベリルは唯一施錠されている扉へ向かい、ピッキングで鍵を開けて中に入った。
「こ、これって……!」
驚きのあまり一歩引いたベリルは、背後に気配を感じ武器を構えて振り返った。
「……貴方達は一体……?」
「それはこっちのセリフだ。アンタ、お嬢が連れてきた子供じゃないな? ……何者だ」
そこには剣や斧を携えた屈強な男が五人ほどいた。
男たちはベリルのことを外見から子供だと油断していたが、一番前のリーダーらしき男は、ベリルの身のこなしを見て剣を抜いた。
「……ここまで来ているとなると、考えられる一番の可能性は……『侵入者』だな。何が目的かはわからんが、大人しくしてもらうぞ」
リーダーらしき男が剣を抜いたことで、後ろの四人も武器を構えはじめた。
「……ふふっ。大の男が女の子ひとり相手に寄って集って迫ろうなんて。いいわ……相手をしてあげる」
ベリルはワイヤーを部屋中に張り巡らせながら、妖艶な笑みを浮かべた。
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