第四章 七節 屋敷潜入開始
予定通り、夜も更けてきた頃に全員馬車に乗り込み始めた。
エルドが出発前に馬の様子を見ていると、ベリルが近づいてきた。
「ちょっといいかしら?」
「ん? ベリル、どうしたの?」
「クレアのことなのだけれど、一応気にかけておいて貰えるかしら。屋敷に入ったら別行動になってしまうから、私じゃすぐにフォローできないでしょうし……」
ベリルはいつもより少しだけしおらしくして俯いていた。おそらく先程のやり取りを気にしているのだろう。
そんなベリルを少しでも安心させようと、エルドは優しく微笑み、ベリルの肩に手を置いた。
「うん、まかせて。……ベリルは優しいね」
「そ、そんなんじゃないわ! 変なこと言わないで頂戴! さあ、さっさと出発しましょう!」
そう言ってベリルは踵を返して馬車の中へ入っていった。それを見届けたエルドは、馬の手綱を握って馬車を走らせた。
出発から少し経つとディアナの屋敷近くの林に辿り着き、そのまま馬車は目立たないように林の中に停めた。
街へ引き返す時間が無かった為、仕方なく少女は馬車の中で寝かせたままだ。
ベリルたちは馬車を降りると、装備の最終チェックをしていた。
「……エルド、ちょっといい?」
「ん? アリス、どうかした?」
馬の手綱を木に括り付けているエルドに、アリスが近づいた。
「あ、あのさ、あたしが言えた事じゃないんだけど……クレアのこと、よろしくな。ほ、ほら! さっきの事だって、あたしが『洗脳』だなんて言わなきゃ、クレアに余計な心配させなかった訳だし……だから……」
「……ぷっ、あははっ」
「な、なんでそこで笑うんだよ!」
「はははっ……ごめんごめん。実はね、ベリルにも出発前に同じようなことを言われたんだ。クレアのことをお願いってさ」
「アイツがそんなことを……じゃあ、別にあたしが言うまでもなかったかな」
「ううん、そんなことないよ。アリスの気持ちが聞けて良かった。……安心してアリス。クレアのことも、エリスのことも、子供たちのことも、必ず何とかしてみせる。この剣に誓って」
そう言ってエルドは腰の剣を力強く握り締めた。
「……うん、なんか安心した。ありがとうエルド」
月明かりに照らされたアリスの笑顔を見て、エルドも自然と笑顔になっていた。
「さぁ、行こう」
気を引き締め直したエルドとアリスは、ベリルとクレアと共にディアナの屋敷に向かった。
エルドたちは屋敷の裏手にまわり、裏口の扉の前まで来ていた。
「開いたわ」
ベリルは、自身の裁縫セットを用いたピッキングで、器用に解錠してみせた。
中に入ると、先が見えないほど長い廊下が左右に分かれていた。
「それじゃ作戦通り、また後で」
小声でそう言ったエルドは、皆が頷いたのを確認してクレアと右の廊下を進み、アリスとベリルは反対の廊下へ進んでいった。
先程の夜営で練った作戦は、『裏口から左右に分かれて素早く捜索しつつ、正面の中央階段で合流してから脱出、あるいは二階へ上がり捜索を続行する』というものだった。
これは数々の屋敷の構造を知っているエルドと、ベリルが外観から見たおおよその間取りとを照らし合わせて練った作戦だ。
そして、屋敷は概ね二人の予想通りの間取りで、今のところ作戦は順調と言える。
「ここにもいないか……。クレア、次に行こう!」
「はい!」
エルドとクレアは正面の中央階段に向かう途中にある部屋を、警戒しつつ片っ端から開けていった。
反対側にいるアリスとベリルも同じように部屋の扉を開けながら中央階段を目指していた。
「ここもハズレ! 次行こうベリル! ……ベリル?」
「ちょっと待って……。ここの壁、変な模様でわかりにくいけど、鍵穴があるわ」
「ん? どれどれ……あ、ホントだ。もしかしてビンゴ⁉」
喜んでいるアリスにベリルは首を横に振った。
「いいえ。私の読みでは、この先に子ども達はいないわ。あの襲って来た子供の服装からも、こんな所に幽閉されている可能性は低いと思う……」
確かにベリルの言うとおり、あの少女の服は幽閉されてボロボロというよりは真逆の、とても綺麗な服装だった。
そう言っているベリルだが、この先には子ども達ではない『何か』があるのは間違いない。
ベリルは目を瞑って壁に手を添えて一瞬思考した結果、裁縫セットを取り出してピッキングをし始めた。
「ちょっとベリル⁉ この先に子供たちはいないんだろ! なら別の部屋探そうよ!」
「ごめんなさい。でもこの先には『何か』ある。直ぐに鍵を開けるから少し待って……アリス?」
アリスは何かを感じ取ったのか、どこか遠くを睨みつけていた。
「この感じはあの時の……! ごめん先に行くッ!」
それだけ言い残すと、アリスはベリルを置いて廊下を走ってどこかへ行ってしまった。
「ちょ、ちょっとアリスっ! ……はぁ。ま、単独行動はお互い様ね。クレアにはあんなこと言ったのに……後で謝っておかないと……ん、開いた」
カチャリと小気味良い音が鳴ると、鍵穴のある壁が重々しく開き、地下へ続く石階段が姿を現した。
「さてと、鬼が出るか蛇が出るか……ね」
ベリルはひとり呟くと、石階段を降りていった。
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