第四章 六節 少女とコルセット
日が暮れる前にエルドたちは夜営地に辿り着くことができた。
丁度良い大岩の窪みに馬車を停めて、荷台から荷物を降ろし始めた。そして、手分けして夜営の準備を進めることにした。
ミランダが用意してくれたテントを設営後、薪を集めて火を起こし、持参した食料を調理して皆で夕食をとった。
エルドたちは焚き火を囲んで食後のココアを飲んでいると、自然と会話は無くなっていき、緊張感が増していくのをその場の全員が感じていた。
「……おかわり、入れますね」
その空気に耐えきれなくなったのか、クレアがココアの入ったケトルを持とうと立ち上がった瞬間、近くの茂みが動いた。
「誰だッ!」
エルドは茂みに向かって叫んだが、返事は返ってこなかった。
丘をひとつ隔てているとはいえ、ディアナの手の者が来ないわけではない。そうしたことを警戒し、エルドたちは立ち上がって臨戦態勢をとった。
少し間を置いて茂みから出てきたのは、まだ幼さの残る十歳ほどの少女だった。
「こ、子供……?」
エルドたちは思わぬ来訪者に構えを解いたが、同じような背格好だからか、アリスだけはダガーを持つ手の力を緩めなかった。
「……はぁ……はぁ……」
少女は苦しそうに息を切らせながら、おぼつかない足取りでエルドの方へ近づくと、背中に隠していたナイフを振りかざして襲ってきた。
エルドは完全に油断していて不意を突かれてしまったが、ずっと警戒していたアリスはナイフの切っ先がエルドに届く前にダガーで食い止めた。
「なに油断してるんだよっ! さっさと取り押さえるぞ!」
少女と鍔迫り合っているアリスの言葉で、ようやくエルドやベリルが捕縛のために動き出そうとした瞬間、ナイフを持った少女は力無く倒れた。
まだ誰も手を出していないにも関わらず、少女がひとりでに倒れたのを見てエルドたちは呆然としてしまった。
その中で最初に少女に駆け寄ったのはクレアだった。
クレアは浅く荒い呼吸をしている少女に何か違和感を覚え、唐突に少女の服を脱がして上半身をあらわにした。
「……っ!」
エルドは不意に目を逸らそうとしたが、少女の服の下を見て他の者と同様に絶句し、クレアは小さな悲鳴をあげた。
少女の服の下には、腰から胸元までを覆うコルセットが、胸を押し潰すように着用されていた。
「酷い……っ! 何でこんなことを……。とにかく、まずはこれを外します」
クレアは真剣な表情でコルセットを外し始めた。押しつぶされていた胸が本来の膨らみを取り戻し、少女の呼吸が深く、安定してきた。
その様子に一同が胸を撫で下ろしたところで、エルドがあられもない姿の少女を見ていることに気づいたアリスとベリルは、やや乱暴にエルドの顔を背けさせた。
ひとまず少女はミランダさんから借りたものの中に入っていた毛布を掛けて、馬車の中で寝かせている。
少しの間、馬車の中で少女を介抱していたクレアは、少女の容体が安定すると馬車を降りた。外ではエルドたちが焚き火を囲んで、少女について話し合っている最中だった。
「あ、クレア。あの子の様子はどう?」
「はい……。ようやく落ち着きました。今はよく眠っています。それにしても、あのコルセットは一体……」
エルドとクレアは嫌な予想が頭をよぎり、目を伏せた。
「その事だけど、彼女が身に付けていたコルセットのことを一通り調べてみたわ。……これは酷いわね。素材は悪くないのだけれど、継ぎ目も粗いし、伸縮性や通気性も問題だらけ。何よりも、これは故意に胸を押し潰すように作られているわ。こんなことするなんて……」
「……この辺でそんなことする奴なんて、ひとりしかいないだろ」
ベリルの説明を聞いたアリスが放った言葉は、皆に特定の人物を連想させた。
『ディアナ』
その名が、この場にいる全員の頭に浮かんだ者の名前だった。
このD地区に来た時も、街の人たちからディアナのあまり良くない噂は聞いていたが、実際にその被害者がこのタイミングで目の前に現れるとは、この場の誰一人として予想していなかった。
「でも、何故この子は私達を襲って来たのかしら……」
ベリルの当然の疑問に、エルドたちは考えを巡らせた。
「洗脳……とか?」
アリスが思いついた突拍子もない考えに、さすがにそこまでは無いだろうとこの場の誰もが否定しようとしたが、少女が身に付けていたコルセットを見てしまうと、断言できるも者はいなかった。
「そんなの……酷すぎますっ!」
クレアは勢いよく立ち上がり、自分の服の裾を握り締めて歯を食いしばった。
「落ち着いてクレア。今のは、あくまでアリスの憶測だよ」
「でも……っ!」
エルドはクレアをなだめようとするが、裾を握る手の力は緩まなかった。
「皆さんっ! 早く子供たちを助けましょう!」
「クレア、気持ちはわかるけれど少し落ち着きなさい。優先順位を間違えないで頂戴。今回の最優先事項はアリスの妹の有無と、子供たちの安否を確かめること。そして、可能であれば子供たちの救出よ。助けたい気持ちは皆同じよ。だけど、危険も冒せないのはわかるでしょ?」
「でもっ! ……いえ、すみません……わかりました。取り乱してごめんなさい……」
ベリルの説得にようやくクレアは裾を握る手の力を緩め、平常心を取り戻していった。それと同時に場の空気も少しだけ軽くなった。
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