第四章 二節 モノクロのメイド

 安い馬車を借りたせいか、思ったより東の丘を越えるのに時間が掛かってしまったが、どうにか夕方前にはディアナの住む屋敷に辿り着くことができた。

 しかし、エルドたちは屋敷の入口付近で呆然と立ち尽くしていた。


「で、でっけぇ……」


 ディアナの屋敷を前にしたアリスは、大口を開けて屋敷を見上げていた。

 街で会った老紳士の言う通り、東の丘を越えた先にディアナの屋敷はあったが、アリスだけでなくエルドたちも想像以上の豪邸に面食らっていた。

 ディアナの屋敷はD地区の街にある建物と比べると、およそ五倍の敷地面積を有していた。

 さらに鉄の柵が屋敷の周囲をぐるりと囲っており、柵の高さは約四メートルといったところだろう。柵の先端が尖っているのはおそらく侵入防止の為だ。唯一の入口である正門は固く閉ざされていたので、エルドたちは立往生を余儀なくされていた。

 どうしたものかと話し合っていると、屋敷の扉が開かれて奥から二人のメイドが出てきた。

 片方のメイドは、凛とした顔立ちに髪を一つにまとめたポニーテールで、フリルの付いた黒いワンピースに白いエプロンと白いカチューシャという、とてもスタンダードなメイド服だった。

 もう片方のメイドは、少し幼さの残る顔立ちに、髪を二つに結んだツインテールをしている。ポニーテールのメイドとは対照的で、フリルの付いた白いワンピースに黒いエプロン、黒いカチューシャという色合いのメイド服だった。


「あら、ひょっとしてお客様ですか~? 珍しいですねぇレイナちゃん!」


「……モニカ、落ち着いて。……あと声が大きい」


 モニカと呼ばれたツインテールのメイドは、見た目通り明るくテンションが高いようだが、レイナと呼ばれたポニーテールのメイドは、とても物静かな様子だった。

 二人のメイドは軽口を言い合いながらも正門へ歩みを進めている。そんな二人はそれぞれ清掃用具を手に持っていた。モニカはデッキブラシ、レイナは竹箒だ。

 モニカとレイナは正門までたどり着くと並んで足を止めた。そして、レイナはアリスたちに向かって正門越しに問いかけた。


「……それで、何かご用でしょうか?」


「もしかして、ここの使用人? ちょうど良かった! この屋敷にいるディアナってやつに会いたいんだけど、呼んできてもらえない?」


 アリスは無愛想なレイナの態度を特に気にした様子はなく、いつものように話しかけたのだが、ディアナという名を聞いた瞬間、モニカとレイナは互いに一瞬だけ目を合わせ、またすぐに視線をアリスに戻した。


「申し訳ありませ~ん。生憎お嬢様はいま書斎に籠っていますので、こちらにお呼びすることはできないんです~」


「……ですが、お客様が自らの足で書斎まで赴かれるのであれば……問題ないかと」

「いや、自らの足でって言われてもなぁ、この馬鹿でかい門が……およ?」


 二人のメイドの言葉を受けてアリスは門を押す手に力を入れると、門はいとも容易く開いた。

 当然、アリスはそのまま敷地内へ足を踏み入れようと一歩前に出た。


「……辿り着ければですが」


 最初に異変に気付いたのはエルドだった。アリスに向けられた殺気を敏感に感じ取ったエルドは、アリスの襟を掴んで思い切り引っ張った。

 急に背後から引っ張られたアリスは体勢を崩して尻餅をついたが、それと同時に周囲にはよく通る金属音が鳴り響いた。


「痛っ……! ちょっとエルド! 何すん……っ!」


 アリスは、数秒前に自分が居た場所を見て、エルドへの文句を止めた。

 アリスが手を添えていた鉄製の門には、先程までは無かった十字の深い傷跡が残っていた。そして、尻餅をついたままのアリスは二人のメイドを見上げた。

 モニカは相変わらずの笑顔を貼り付けていて、レイナも変わらずの無表情を貫いていた。

 だが、先程までとは纏っている雰囲気が決定的に違っていた。

 二人のメイドは敵意に満ちていて、時折殺意を覗かせている。

 そんな二人のメイドをアリスは憎らしげに、顔を歪ませながら睨み上げでいた。アリスの後ろでは、エルド、ベリル、クレアの三人がそれぞれ武器を構えて臨戦態勢に入った。

 しかし、モニカとレイナはどちらも襲って来る気配は無かった。


(……なるほど。『排除』ではなく、あくまで敷地内の敵に対しての『迎撃』ってことか)


 またも状況をいち早く理解したエルドは剣を鞘に収め、次いでベリルが構えを解いた。そしてその二人を見てからクレアは少し遅れて武器を下げた。

 エルドは未だに尻餅をついて二人のメイドを睨み続けているアリスに近づいて手を差し伸べた。


「アリス、立てるかい?」


「あ、ああ。…………」


 アリスはエルドから差し伸べられた手を取って立ち上がると、二人のメイドを睨み続けながら腰のダガーの柄を握った。


「およしなさいアリス。私たちの目的を忘れたの?」


 ベリルの言葉を聞いて、アリスは妹であるエリスのことを思い出す。だが、それでもダガーを握る手の力は抜かなかった。


「だけどッ! 先に手を出してきたのはコイツらだ!」


「わかっているわ。それでも、今は退きなさい。これだけ警戒されている中での正面突破は、いくらなんでも無謀よ。日を改めましょう。貴方の怒りはその時まで取って置きなさい」


 殺気立つアリスをなだめるようにベリルは堂々とリベンジを宣言し、エルドはアリスの肩に手を置いて優しく微笑みかけた。


「…………わかった」


 アリスは込み上げてきた怒りを飲み込み、ダガーから手を離した。

 エルドたちは一旦街へ戻る為、すぐ近くに停めた馬車へと向かって歩き出した。

 最後尾のアリスは歩きながら屋敷の方を振り向くと、正門にはいつの間にか二人のメイドの姿は無かった。

 そんな無人の正門に向かってアリスは『覚えてろよ』とでも言うように、ただ無言で睨みつけるのだった。

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