第三章 五節 クレア

 教会へ着く頃にはアリスが目を覚ました。そのまま教会内で恒例の茶会が開かれると、まずエルドがベリルとクレアに礼を言った。


「本当に助かったよ。二人とも、ありがとう」


 正面から素直に感謝されて少し照れくさそうにするベリルとクレアだったが、その二人に『なぜ施設に来たのか』とエルドは当然の疑問を投げかけた。


「……まあ、何というか、ここまで来てお留守番というのはねぇ……?」


「すみません……。どうしてもお役に立ちたくて……つい……」


 二人の話だと、教会を出発するときにはもう既に馬車の中に隠れ潜んでいたらしい。

 そして、井戸の前に到着するとガレンの目を盗んで井戸を降り、たまたま二人がピンチのところに出くわしたのだという。


「そういえば、あの武器は一体何だったんだ?」


 アリスは助けてもらったときのことをおぼろげだが覚えているようで、疑問に思ったのはこれまで見たことの無かった二人の武器についてだった。


「あれは、服作りの素材集めをしていて手に入れたワイヤーよ。太さによって用途を変えているの。あの時の毒白衣に使ったのは拘束用の太いワイヤー。攻撃用で言うと、細いワイヤーかしらね。人間くらいなら簡単に切断することだってできるわ」


「ぶ、物騒だね……クレアは?」


「私は、神に仕える身ですから、刃物で人を傷つけることはできません。なので、ここの教会で受け継がれている特殊なメイスを、その……嗜む程度には……」


 アリスはベリルとクレアの説明で大体のことは納得したようだった。

 だがエルドは、グレイブの頭を打ち抜いたときの光景がフラッシュバックした。その記憶によれば、あれは嗜んだ程度の威力ではなかったように思う。エルドはグレイブが死に至っていないことを願うばかりである。


「大丈夫です。もし万が一のことがあっても、天に召されるだけですから」


 クレアの笑顔に、その場にいる者たち全員が恐怖した。

 おおよその事情を理解したエルドは、ようやく施設で見たファイルのことを話し始めることができた。


「アリスの妹、エリスはD地区に行ったらしい」


 アリスの記憶では、当時八歳のエリスは紛れもなくA地区行き確定の胸囲しかなかったのだが、それから二年の内に急成長を遂げたらしい。

 その話を聞いて目の光が消えかけているアリスとベリルをクレアが励ましている姿は、見ていてとても居たたまれれなかった。

 当然の成り行きとして、次なる目的地はD地区となった。

 だがここでまたも問題が発生する。エルドがどうやってゲートを通るかという問題である。前回はガレンの通行証があったから何とか誤魔化せたが、今回はそうはいかない。

 どうするべきかと頭を悩ませていると、クレアが懐から一枚の封筒を取り出した。


「……クレア、それは?」


「聖騎士の皆さんが持っている『見習い騎士推薦書』です。これにエルドさんのお名前を記入すれば、おそらくあのゲートを通してもらえます」


「い、一体どこでこんなものを……?」


「……グレイブ様の書斎にありましたのを、少々拝借いたしました」


 クレアの笑顔に、またも全員が恐怖した。

 何はともあれ、これで問題は解決した。あとはアリスとベリルの胸を『胸の秩序』によって大きくすれば楽々ゲートを通過できる。


「……あれ? クレア?」


 エルドがクレアから封筒を受け取ろうと手を伸ばすが、クレアは笑顔を貼り付けたまま封筒を離そうとしない。


「……エルドさん、これを渡してほしいのでしたら、私も連れて行ってください」


 意外な申し出にエルドは驚いた。だがこの言葉に一番驚いたのは、実の兄であるガレンだろう。


「な、なにを馬鹿なことをっ⁉ クレア! これは遊びじゃないんだぞ⁈」


「わかっています兄さん。でも、力になりたいんです」


 クレアはきっと昔から言ったら聞かない子だったのだろう。ガレンは説得を試みるが、クレアは頑なに行くの一点張りだった。

 そんな様子を見ていたエルドはアリスとベリルに目配せすると、二人とも頷いて同行を許した。そしてガレンは頭を抱えてうな垂れた。


「……はぁ。わかった。ここの子供たちはクレアの代わりに私が面倒をみよう。……すみません殿下、見ての通りの愚妹ですが、どうぞよろしくお願い致します。クレアも、殿下に迷惑を掛けるんじゃないぞ!」


「っ! はい! ありがとう兄さん!」


 満面の笑みでお礼を言われて、ガレンも思わず笑みを浮かべた。




 次の日の朝、クレアは子供たちに「しばらく出掛けてくる」と言って聞かせていた。寂しがる子供たちだが、涙目でやせ我慢をしながら、ぎこちない笑顔を浮かべて見送ってくれた。

 数十分後、荷馬車を操るガレンはD地区へのゲート前に馬車を停めた。

 ガレンの横に座っていたエルドは疲労感が漂うおぼつかない足取りで馬車を降り、荷台からは女性陣一行が、文字通り胸を弾ませながら馬車を降りて門番に話しかけた。


「すみません。ここを通りたいのですが、よろしいでしょうか?」


 クレアの服越しからでもわかる胸の大きさに、二人の門番は思わず見惚れてしまった。

 だが、後ろにいるアリスとベリルを見て、少し疑いを持った。アリスとベリルはここまで胸が大きくなると、身長とのバランスがあまり取れていないのが少し気になる見た目になっていた。

 これは胸に詰め物をしていると疑われても仕方のないことだろう。


「じょ、嬢ちゃんたち、それ……本当に本物かい……?」


「あら、失礼しちゃうわね。疑われるなんて心外だわ。……何でしたら、ここで見せてあげましょうか?」


 ベリルはそう言うと第二ボタンを外して、白く透き通るような谷間を見せつけた。

 アリスも自身満々に谷間を見せつけたので、クレアもつられてボタンを外そうとすると馬車に乗ったままのガレンが鬼の形相で門番に殺意を向けた。


「ひぇっ! い、いや結構っ! 通ってよろしい!」


 エルドはクレアから渡された『見習い騎士推薦書』をもうひとりの門番に渡して、無事にゲートを通ることを許された。

 エルドたちはゲートを通る前に振り向き、ガレンに手を振ってからD地区へ足を踏み入れた。

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