第三章 三節 潜入
数日後、ガレンが教会に戻って来た。
その日はいつも通り子供たちと食事をして、食後は例によって子どもたちを部屋へ戻してから再び集まり、全員が揃ったところでガレンの報告を聞くことになった。
「良い報告と悪い報告があります。まず良い報告ですが、施設への侵入経路は確保できました。元々施設にはそれぞれ脱出用の隠し通路があり、施設毎に多少の違いはあるのですが、あそこの施設は林の中にある枯れ井戸の中にあるのを発見しました。なにせ古い井戸にも関わらず、吊るされているロープは少し綺麗すぎましたので降りて確認したところ、案の定隠し通路があったという次第です」
「流石だなガレン! これで外の警備は気にしなくても侵入できるぞ!」
「……ガレン様、悪い方の知らせとは何なのでしょう?」
喜ぶアリスとは対照的に、不安が拭えない様子のベリルは、ガレンに問いかけた。
「……施設の見取り図は手に入りませんでした。それと警備についてです。数自体は少ないのですが、あそこの所長は……『グレイブ』という聖騎士です」
聖騎士と聞いて、その場の全員に緊張が走った。ガレンの警戒の仕方から察するに、相当の使い手であることは間違いない。
「……そのグレイブっていう聖騎士、強いのか?」
「性格に難はありますが、かなりの手練れです。以前、手合わせをしたことがあるのですが、単純な力というよりは小手先の器用さが持ち味と言えるでしょう。たしか奴は薬学にも精通していたはず。もし見つかれば戦闘は避けられません。殿下なら万一にも遅れをとることはないでしょうが、無傷では済まないでしょう。ですので、なるべくなら誰にも見つからぬようにお願いします」
「……わかった。気をつけよう」
エルドはガレンの忠告を素直に受け、全員と議論を重ねて慎重に作戦を練っていった。
話がまとまる頃には夜が明けていた。
作戦実行日、エルドたちは日中に十分な休息を取り、武器の手入れや道具を入念に確認して夜に備えていた。
日が暮れてから馬車に乗り込んだエルド、アリス、ガレンの三人は、例の枯れ井戸がある林に向かった。
施設へ潜入するのは、素早いエルドと夜目が利く身軽なアリスだ。そして、ガレンはエルドたちが施設へ潜入している間の馬車と井戸の見張り、並びに行き帰りの馬車を運転する役目だ。
ベリルとクレアは教会で留守番ということになったのだが、二人とも不満そうだった。意外と戦闘は得意だと豪語するベリルと、何か役に立ちたいという健気なクレアだが、今回の作戦はあくまで隠密行動。少数であればあるほどリスクは減るということで、エルドの説得により渋々納得した様子だった。
ガレンが林の枯れ井戸近くに馬車を停めるとエルドとアリスは荷台から降り、小綺麗なロープを伝って枯れ井戸の底へ降りていった。
ガレンの話し通り、井戸の底にはたしかに施設へと続く通路があった。エルドは持って来たランプの灯で先を照らして慎重に進み、その後ろをアリスは周囲を警戒しながら静かについていった。
突き当たりには上へと続くハシゴが掛けられていて、二人はアイコンタクトを交わして頷き合い、先にエルド、次いでアリスが順にハシゴを登って行く。すると、先を登っていたエルドは取っ手の付いた天井に行き着いた。
エルドは腰に提げていたランプの灯を消して取っ手を静かに押し、顔半分を覗かせて中の様子を伺った。
辺りを見回して人の気配がないことを確認すると、そのまま登って施設内に潜入した。アリスも後に続いてハシゴを登りきり、辺りを警戒するように見回した。どうやらここは施設内の地下貯蔵庫のようだ。
扉を開けて貯蔵庫を出ると、廊下には三つの扉があった。エルドは一番近くにある扉を数センチだけ開けて覗き見ると、そこには上へあがる階段があり、その先には少しの明かりと兵士の談笑する声が微かに漏れ聴こえていた。エルドは扉をそっと閉め、別の扉へ向かった。
それと入れ替わるようにアリスが二つ目の扉を開けると、グレイブの書斎と思われる部屋に行き着いた。壁を埋め尽くすほどの本棚に、高価そうなソファーや机が一式置かれていた。
アリスは書斎に誰もいないことを確認すると、エルドに手招きをして慎重に部屋の中へ入っていった。
部屋の中は真っ暗だったのでエルドはランプに再び火を灯し、部屋の中央に置いてその灯りを頼りに二人は手分けして部屋を物色し始めた。
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