第三章 二節 選別対象外収容所

 その日の夕食は、子供たちと一緒にクレアの手作り料理を堪能した。子供たちも手伝ったようで、具材の大きさはバラバラだが、よく味の染み込んだこの料理はベリルの手料理とはまた違った美味しさがあった。

 食後になると、普段の子供たちであればガレンやクレアに遊んでもらおうと騒がしくなるのだが、今日の子供たちはおとなしくそれぞれ部屋へ戻って行った。

 きっと、大人たちだけで話したいことがあることを察していたのだろう。無邪気に見えて、意外にも中身は大人だったようだ。

 クレアがこの場にいるエルド、アリス、ベリル、ガレンにそれぞれ温かいお茶を出したところで、アリスが口を開いた。


「……単刀直入に聞くけど、クレア、あたしの妹……エリスの居場所を知らないか? ここにいるかも知れないって言われて来たんだけど、どうやらここの子供たちの中にはいないようだし……」


「……すみません。今まで沢山の子供たちがこの教会から独り立ちしていきましたが、エリスという名前の子はいませんでした。……お役に立てず、申し訳ありません」


「いや、それに関して謝らなければならないのは私の方だ。期待させるようなことを言ってすまなかった」


「え、いや、そんな……」


 クレアとガレンは頭を下げて謝った。アリスも、別に二人を責めるつもりは無かったので、頭を下げて謝られたことに狼狽えていた。

 そんな様子を見兼ねたエルドは何か話そうと口を開いた。


「ねえクレア。何か心当たりはないかい? 何か見たり聞いたりしたとか……どんな些細なことでも良いんだ」


 クレアは顔を上げて目を瞑り、記憶を掘り返していた。これは、以前にもB地区でガレンに質問したことだ。さすがは兄妹というべきか、悩み方が似ているなと、エルドは心の中で微笑ましい気持ちになった。

 そのガレンは、他の皆と同じようにクレアの方を見つめて答えを待っていた。すると、クレアはゆっくりと目を開けて口を開いた。


「ひとつだけ……心当たりがあります。ここC地区にいくつもある『選別対象外収容所』のどれかに、かつてエリスさんが九歳まで収容されていた建物があるはずです。そこの記録さえ見ることができれば、どの地区に連れて行かれたかわかると思います」


「よしっ! その施設探そう!」


 即決して立ち上がるアリスを見て、クレアは目を丸くした。他の皆は慣れた様子で、あまり驚くこともなく、冷静に会話を続けた。


「しかしなアリス殿。施設はこの地区のいたるところにある。探すのは困難だ。そしてどの施設にも当然、騎士団による厳重な警備が付いている。つまり、探し当てられたとしても侵入して記録を見るというのは難しいでしょう」


 ガレンはアリスに冷静に指摘した。だが、指摘されても尚アリスの目に宿る意思に揺らぎはなかった。


「それでも行く。ここまで来たんだ。危険は承知の上だ!」


 アリスの決意に、その場の者たちは仕方がないと笑顔で肩をすくめるしかなかった。

 その中でクレアだけが置いてけぼりをくらい、今も慌てふためいていた。


「よし! そうと決まったら早速出発だ!」


「少し落ち着いてアリス。探すのはいいけど、もう夜だ。せめて明日にしよう」


 エルドの言葉に全員が賛同し、これにはアリスも大人しく席に座ってお茶を飲んだ。そこからようやくこれからの作戦を立て始めた。

 作戦といってもかなり単純なものだった。

 第一に、エリスがいた施設の捜索をする。これは、元々同じ施設にいたアリスの記憶頼りに探す方針となった。

 第二に、施設への侵入経路。これはガレンが担当する。警備の人数や交代時間、施設の大まかな見取り図などを探る予定だ。

 これ以降の作戦は、探し人であるエリスの行方次第ということになった。C地区にいるのか、別の地区にいるのか、それによってだいぶ変わってくるからだ。

 今後の方針が定まったところでその日はそこで解散になり、各自部屋へ戻っていった。




 次の日の朝、エルドたちは第一作戦を開始した。

 エルド、アリス、ベリルの三人は、ガレンの馬車を借りてアリスの記憶を頼りに見覚えのある施設を地道に探した。

 その間、第二作戦が始まるまで手の空いているガレンは、手近な施設の警備員に会い、他愛のない世間話をしながらそれとなく情報を集めた。

 クレアは、いつも通り子供たちの面倒を見るのが精一杯だった。

 そうした日々が一週間ほど経った頃、ようやくアリスは見覚えのある施設を発見した。施設の近くには林があったので、とりあえずそこに身を潜めながら施設を観察するアリスとベリルは、なぜか小声になっていた。


「あそこだ……間違いない」


「……本当でしょうね? もっとよく見なさい」


「ホントだって! ……十歳になってここを出たときの景色は、見間違えようがない」


「……そう。では一旦戻りましょう。第二作戦はガレン様に任せるしかないのだし」


「……りょーかい」


 アリスとベリルは、林の外で馬車を停めて待っているエルドの元へ戻った。エルドは二人が馬車に乗り込むのを確認すると、馬を走らせて教会へ引き返した。

 その晩、食事が終わるとクレアは子供たちを部屋に戻し、エルドたちは今日見つけた施設のことをガレンとクレアに話した。


「なるほど、西側の施設でしたか。あそこの付近は未だに森林伐採が放置されている地域ですからな。秘密裏に監視するにはもってこいと言えるでしょう。では、今夜あたりから施設の監視を開始します。夜の方が監視し易いですし。施設のことが詳しくわかりましたら、また集まるということでよろしいですかな?」


 相変わらずクレアは不安そうにしていたが、全員に異存はなかった。

 ガレンからの報告を待つ間、エルドたち三人は教会の手伝いをすることにした。

 エルドは街へ買い出しに行き、ベリルは主に料理と裁縫、アリスは子供たちの遊び相手をしていた。クレアは洗濯物を干しながら、その光景を微笑ましく見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る