第三章 一節 C地区
エルドたちはガレンの荷馬車から顔を出してC地区の様子を伺った。
C地区は今までの地区よりものどかな場所だった。バスト王国の中で最も人口の多い地区とされるだけあり、街には小綺麗な家々が立ち並び、商店街も出店と行き交う人々で賑わっていた。
街を抜けた先には多くの田畑や果樹園が広がっていた。この一帯に民家は少なく、人とすれ違うこともあまりなくなっていった。
そして荷馬車を走らせてしばらくすると、教会のような建物が見えてきた。
「着きました殿下。ここが今の我が家です」
ガレンは教会の前に荷馬車を停めると、エルド、アリス、ベリルの三人は荷台から降りた。
「へぇ……良いところだね。とても静かで、景色も良い」
「ホントだなぁ~。一面の緑なんて久しぶりに見るよ」
「景色を楽しむ前に、先に荷物を降ろしてくれないかしら?」
ベリルに言われてエルドとアリスはそれぞれ積荷を降ろし始めた。
すると、建物の中庭から洗濯かごを持ったシスター服の女性が現れた。
「あっ! 兄さん、お帰りなさい!」
「おお、クレア! 丁度いいところに来た。さあ、殿下にご挨拶を」
「え? あ、はじめまして。クレアと申します。えっと……兄さん、殿下って……?」
洗濯かごを置いて丁寧にお辞儀をするクレアと名乗るシスターは、どうやらこの孤児院を営んでいるガレンの妹のようだ。
綺麗な茶髪のお下げと眼鏡が特徴的な、とても大人しそうな子だ。身長もエルドより少し低い程度で、アリスやベリルと比べると更にお姉さん感が際立った。
「はじめまして。俺はエルドっていいます。えっと、一応王子です」
「え……? ええっ⁉ 王子って……ええ⁉ ほ、本当に殿下⁉ し、失礼しました! 存じ上げなかったとはいえ、とんだ御無礼を!」
エルドが本物の王子と知り、慌てて頭を下げるクレアの姿を見て、自分が敬われる立場にあったことを改めて実感した。何故かというと、普段は敬われる事など決してないからだ。主に後ろの小さな二人のせいで。
「いや、そんなに気にしないで。今の俺は逃亡中の身だし、ガレンの厚意で少しの間ここに厄介になるんだ。だから、呼び方もエルドでいいよ。俺のことはただの居候だと思ってさ」
「そ、そんな滅相もない……」
「こらクレア。殿下がこう仰っているのだぞ? これ以上はむしろ失礼に値するというものだ。殿下のご意向通り、あくまで居候として扱いなさい。……ああ殿下、お荷物は私が」
妹も妹なら兄も兄である。そんな兄妹の漫才をアリスとベリルが中断させて、ようやく教会の中に案内してもらえた。
そして入り口の扉を開けると、元気よく子供たちが出迎えてくれた。
「ガレン兄ちゃんだ!」
「お帰りなさい!」
「お土産は?」
「クレアお姉ちゃん、運ぶの手伝うよ!」
「ありがとう。今はお客様が来ているから、みんなだけでお洗濯物を畳んでおいてもらえる? その間に私はこの方たちをお部屋へご案内してくるわ。みんな手伝ってくれる?」
「「「「はーい!」」」」
元気の良い子供たちはクレアから洗濯カゴを受け取ると、奥の部屋へ走って行った。
子供たちは皆、ガレンとクレアによく懐いているようだった。子供といってもどうやらガレンの話だと全員十歳は超えているらしいが。
バスト王国は『胸囲の格差社会』と呼ばれる圧政を敷いたときに、いくつか制度を設けた。その内のひとつが『選別対象年齢』である。
選別対象年齢は十歳以上六十歳以下の国民という決まりがある。つまり十歳未満の者、還暦を迎えた者は選別対象から外される。その者たちが住まう施設があるのが、土地や環境といった点からこのC地区となっている。
だが、これには問題があった。発育の悪い者はアリスのように問答無用にA地区へ送られてしまう。……まあ、この国では滅多にいるわけではないが。この国の国民の大多数は十歳ともなれば少なくともB地区に留まるくらいの発育はするのだ。
そうした中でクレアは、十歳を超えてすぐこのC地区に放り出されてしまった子供たちを集め、この教会で一緒に暮らしながら独り立ちできるように育てているのだという。
「はあー。やっと落ち着けるー」
「はしたないわよ。アリス」
クレアに案内された部屋へ着くなり、アリスはベッドに飛び込んだ。この部屋は二人用で、アリスとベリルが相部屋となった。
ちなみにエルドは、隣のひとり部屋に案内されていた。
「……なあベリル。あの子供たち、一応あたしたちより年下なんだよな?」
「その様ね。クレアの話だと、大体の子は十四歳にもなると独り立ちしていくって、さっき話していたものね」
「……ってことはさ、あの子供たち全員、あたしたちより胸が大きいってことだよな」
「…………………………」
「…………………………」
二人の間に、長く、重い沈黙が流れた。
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