第二章 五節 エクストラゲート

 エルドの作戦はこうだ。

 ガレンがベリルに注文した大量の下着は、荷馬車に乗せてC地区に運ぶことになっている。その大量の下着は大きな木箱に入れる予定なので、そこの中にエルドが隠れるというものだ。

 だがもしエルドが見つかれば、エルドやアリスだけでなく、共犯者としてガレンやベリルにも罰が下されるだろう。

 シンプルすぎる作戦だが、これにはそれなりの勝算があった。

 荷馬車などでの物資の運搬は、通常ゲートの隣に設置されているもう一つの『エクストラゲート』と呼ばれる巨大なゲートを通らなければならない。

 エクストラゲートでは、生き物を対象にスキャンするのではなく物資を対象にスキャンすること目的に作られている。そうでなければ、通常のゲートでは荷を引く馬などがスキャンで弾かれてしまうからだ。こうした融通の利かないところは、まだまだ発展途上であるバスト王国の技術不足だといえる。

 エクストラゲートのスキャンでは、生き物を除く通行証に記述してある運搬物以外の物があった場合、ゲートは開かず、通行証の所持者が罰せられることになっている。これはおそらく物資の横領対策なのだろう。そうでもしなければ物資が全地区を行き交い、地区別の貧富は薄れて行き、やがては以前のようなバスト王国に戻ってしまう。それは独裁政治を行っている現国王イヴァンの望むところではないのだろう。


「……水を差すようで悪いのだけれど、実は昔、その方法を試みる国民は多かったの。何せ積荷に人が紛れていてもスキャンで弾かれなかったから。……でも、それで当時エクストラゲートの門番たちは『力』を行使したのよ」


「ち、力の行使って、一体何したんだよ?」


 少し怯えた様子のアリスに、ベリルは暗い表情で簡潔に答えた。


「串刺しよ」


 エルドとアリスは同時に息を飲んだ。

 ベリルの話によると、その時に行われた『串刺し』は、木箱や樽などを中身ごと複数の槍で貫く行為のことらしい。無論、人が紛れていない場合でも串刺しはされていたので、運搬物の質は最悪だった。だが国は、質よりも規律に重きを置いたのだ。

 これにより、基本的に物資は各地区が自給自足で賄っていくことになった。


「……とはいえ、それはもう数年も前の話。今では特例で認められた者だけが運搬しているから、串刺しみたいな過激な行動は無くなったわね。ガレン様が運ぶ積荷なら尚更安全に通れるでしょう」


 散々脅かすようなことを言ったベリルからお墨付きが出たことで、エルドとアリスはホッと胸を撫で下ろした。


「協力するのは構わないのだけれど、ひとつ条件があるわ」


「じょ、条件?」


 エルドが固唾を飲むと、ベリルは不敵な笑みを浮かべた。






 三日後の朝、仕立屋の前にはガレンと立派な荷馬車が停まっていた。そして、ガレンが木箱を荷台に積み終わる頃に、アリスとベリルが店の中から出てきた。

 ベリルはいつもより少しだけ気合の入ったゴスロリチックな衣装を着ていた。

 アリスはというと、ベリルお手製の服を身につけていた。ベリル程ではないがフリルなどの装飾がなされた半袖に、本人希望の動きやすいショートパンツスタイルだ。

 だが、普段の二人と明らかに違うところがもうひとつあった。

 それは、胸部にできた小高い丘である。これは勿論、エルドの能力『胸の秩序』によるものだ。


「条件ってコレかよ……」


「ええ。歩く度に胸が揺れる感覚を一度味わって見たかったのよね。……思った以上に不便だわ。次の新作は『固定力』に重きを置いてみましょう」


 ベリルは膨らんだ胸を見つめて、次なる新作への構想を模索していた。


「どうでもいいけど、何でお前までついて来るんだよ。店はどうするんだ?」


「店の心配はいらないわ。前から雇っている腕の良い従業員に後を任せてきたから。それに、付いて行く理由なんて決まってるじゃない。面白そうだからよ」


 アリスは、ベリルがこういう性格なのを嫌というほど理解しているので、それ以上は何も言わなかった。


「よし、そちらの準備もできたようだな。では荷台に乗ってくれ。ゲートに向かおう」


 ガレンに言われるがままにアリスとベリルは木箱の入った荷台に乗った。ガレンは二人が乗ったのを確認すると手綱を操って馬を発進させた。




 B地区とC地区を隔てるゲートが見えてくると、馬車に乗っている全員が少しずつ緊張していってるのがわかった。

 ゲートにはA地区の時と同じように二人の武装した門番が見張っていた。片方は元気が有り余っているような若い門番で、もうひとりは逆に年季を感じさせる老門番だ。


「はーい、停まってくださーい」


 若い門番が荷馬車の前で両手を広げて停止させた。ガレンは馬車から降りて、通行証を老門番に渡した。


「これはガレン殿。最近はよく来られますなぁ。妹御に頼まれたものは調達できましたかな? ……おや、そちらの娘さん方は?」


 荷台から降りてきたアリスとベリルを見て、老門番は少し驚いた様子だった。なにせガレンはC地区からこのB地区に来るときにはひとりだったのだから当然だ。


「あ、ああ、この間知り合った子たちでね。孤児だったみたいだから、C地区にある妹の施設まで送ろうと思ってな」


「……ガレン殿、大丈夫なのですかな?」


 老門番は先ほどの和やかな表情とは打って変わって真剣な顔で尋ねた。

 C地区に行くということはつまり、このゲートを通らなければならないということ。もしスキャンに引っかかれば誰であろうと無事ではすまないということは、この老門番は嫌というほど見てきた。だが、それはガレンも同じだった。


「大丈夫だ。二人とも成長期のようでな。かなり発育は良い方だ。だから安心してくれ」


「……ガレン殿がそう言うのであれば大丈夫でしょう。では……おい、早く積荷の確認作業をしろ」


「あ、ウッス! 今やります!」


 老門番は、馬とじゃれ合っている若い門番にそう命令した。元気に返事をした若い門番は遠慮なく荷馬車の中へ入っていった。


「か、確認作業をするのか⁈」


「ええ、数日前に騎士団長からの伝令が届きましてな。なんでも、『ゲートを通る運搬物の点検作業を強化せよ』との御命令で。おそらく、数年前の惨劇を踏まえての事前措置ではないかと。申し訳ありませんが、ご協力を」


「な、なるほど、わかった……」


 エルドが王宮から逃亡したことは、聖騎士クラスの、それもガレンを含めた少人数だけにしか知らされていない。

 理由としては、兵士や国民たちに混乱や不安感を与えないようにするためだろう。だからエルドの捜索を大々的に行えないので、ゲートの警戒強化を図ったのだとガレンは推測した。


「こ、これは……! せ、先輩っ! ちょっと来てくださいっ!」


「ん⁉ どうしたっ!」


 若い門番の慌てた声に呼ばれて、老門番も荷馬車の中に入っていった。その様子をガレン、アリス、ベリルの三人は鼓動を早めながら見守った。


「こ、これを見てください……女性物の下着ですよ!」


「……はぁ。まったく、お前というやつは……」


「いやいやいや! だって女性物の下着ですよ⁉ こんなの滅多に見られないじゃないですか! この機会に拝んでおかないとでしょ⁉」


 笑顔で熱弁している若い門番とは対照的に、老門番は呆れて溜め息をついた。


「お前もまだまだ青いのぉ。……よいか? 下着とはな、身に付ける女が居て初めて価値が生まれるのじゃ。そうでなければそんなもん、ただの布切れ同然じゃわい!」


「せ、先輩…………さすがッス! 一生ついて行くッス!」


「……バカじゃないのかアイツら」


「……愚かね」


 荷台で盛り上がっている門番二人をアリスとベリルが冷ややかな眼差しで見ていた。だが、二人の門番はその視線には特に気付かず確認作業を続行し、数分して荷馬車から出てきた。


「はいっ! 確認作業終了ですっ! 異常ありませんでしたっ!」


「うむ。ではガレン殿、どうぞお通り下さい。そちらのお嬢さん方はひとりずつ順番に通常のゲートからどうぞ」


「皆さんお元気でっ!」


 賑やかな二人の門番に送り出され、ガレンは荷馬車を引いてエクストラゲートへ。アリスとベリルは時間差でひとりずつ通常のゲートを通った。




「……ふぅ。どうにかバレずに通れたな。殿下、すぐに出しますので少々お待ちを」


 無事にC地区に入ると、ガレンは人気のない路地に馬車を停め、積荷を一旦外に出して荷台の床を綺麗に剥がした。するとそこには、仰向けに寝転がるエルドの姿があった。

 この馬車は、元々ガレンが乗ってきたものをベリルが改造したものだ。荷台の床に、人がひとり入れるくらいの隙間を残し、その上にもう一枚床を敷いた二重底になっている。古典的ではあるが、無事に門番の目を掻い潜り、C地区に入ることができた。


「イタタタ……。ありがとうガレン。ベリルも協力してくれてありがとう。アリスも……あれ? アリス?」


 エルドが起き上がり周りを見渡してみるが、アリスの姿だけが見えなかった。


(まさか……アリスッ……!)


 エルドは慌てて荷台から降りて、通常ゲートの方を見た。


「いやースッキリした! コレ窮屈で早く取りたかったんだよね! ……あれ? どうしたエルド?」


 ゲート側とは反対の茂みから現れたアリスは、片手にブラを持って出てきた。

 心配して損をした気分のエルドは、勝手にブラを外したことに対してベリルに説教されているアリスを、しばらく助けないでいようと思った。

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