第二章 四節 王家

 すっかり夜が更けた頃、酒場でガレンと別れたエルドは、アリスとベリルの待つ仕立屋へ戻っていった。

 仕立屋の扉には『閉店』と書かれた札がぶら下がっていて、試しに取っ手を引いてみるが、やはり内側から鍵が掛かっていた。

 エルドは呼び鈴が無いことに少し戸惑い、仕方なくノックをしたがやはり返事はなかった。しかし、奥から光が漏れ出しているのを見て留守というわけではないのはわかる。

 ひとまず店の裏手にまわり裏口の取っ手も引いてみるが、やはりここもキチンと施錠されていた。

 だが入り口とは違って、二度のノックで扉の向こうからベリルの返事が返ってきた。

 扉を開けて笑顔で出迎えたベリルは仕事が一段落したようで、手にはお玉を持ち、元々のフリルやレースなどの装飾をあしらった服の上に、これまたフリルやレースがあしらわたエプロンを身につけていた。


「おかえりなさい。丁度良かったわ、いま出来たところなのよ。さ、早く上がって」


 そう言ってベリルに案内されたのは、店の奥にあるダイニングルームだった。

 そこでは食欲をそそる香ばしい匂いと、料理を口いっぱいに頬張っているアリスが少し遅い晩御飯を食べている最中だった。


「もぐっ……もごっ……んぐっ。おおエルド! どこ行ってたんだよ! さっきベリルが晩飯作ってくれたから、先に食べてるぞ!」


「うん、ごめん。ちょっと散歩に行ったら道に迷っちゃって……」


 エルドの話を聞いているのかいないのか、アリスは喋るよりも食べるほうを優先して口を動かしていた。


「もう少し味わって食べなさいよ。……そういえば、ガレン様には会えたかしら?」


 ベリルの言葉にエルドは目を見開いた。外出用にローブを借りただけで、行き先などは何も言っていなかったからだ。


「ど、どうしてそのことを?」


「あら。あんな表情でガレン様を見つめていたら、誰だってわかるわよ」


 ベリルのすべてを見透かしたような目がエルドを射抜く。今エルドが感じている感情は頼もしさなのか、はたまた恐怖なのか。

 そうした二人のやりとりを食べながら聞いていたアリスは、微妙に仲間はずれにされているような疎外感を覚え、少しだけ腹が立った。


「二人とも何の話してるんだよ! そもそも、そのガレンって奴は誰だ!」


「ああ、あの時アリスは試着室で気を失ってたんだっけ。……そのことで、二人に話があるんだ。実は……んっ」


 真剣な表情で語り出そうとしたエルドの唇にベリルが人差し指をくっ付けて、その先の言葉を遮った。


「待って。その話、御飯を食べてからでも遅くはないでしょう? せっかく作ってのだから冷めない内に食べなさい。貴方の分も作ったのだから……ね?」


「は、はい……いただきます」


 エルドに微笑みかけるベリルの表情は、色気と母性が入り混じる妖艶さがあり、見た目の幼さからは想像できない大人っぽさに少し見惚れてしまった。

 ……同じ様な体格のアリスとは何故こんなにも違うのだろうと、エルドは口いっぱいに頬張っているアリスを見てそう思った。




 晩御飯を堪能した三人は、エルドは食後のコーヒー、ベリルは紅茶、アリスはホットミルクをそれぞれ飲みながら一息ついていた。

 ようやく落ち着いたところで、エルドは先程の話の続きを切り出した。


「さてと……話をする前に、二人には知っておいてほしいことがあるんだ。驚かないで聞いてほしい。実は俺は……王家の人間なんだ」


「……ああ、そうだな」


「……ええ、そうね」


「…………え? え?」


 驚いたのはエルドの方だった。二人の口振りはエルドが冗談を言っているとは思っていない。つまり、二人は既にエルドが王家の人間だったことを知っていたようだった。

 エルドは、アリスとベリルを交互に見て疑問の視線を投げかける。


「い、一体いつから……?」


 そう問われた二人は顔を見合わせ、アリスは腕を組み、ベリルは頬に手を添えた。


「うーん……実は最初から。エルドを池から助けたとき、ホントはエルドが持ってた剣を売ろうと思ってたんだよね。でもよく見たら、剣の柄に王家の紋章が刻まれててさ。身なりも良かったし、盗品ってわけでもなさそうだったから『あ、コイツ本物の王家の人間だ』ってすぐわかったよ」


 本当に最初からだった。確かに思い出してみると、あの時アリスは剣を売らなかったもっともらしい理由を言っていたが、実はその時エルドはあまり腑に落ちていなかった。

 今になってモヤモヤが解消されたのは良かったが、エルドはそれ以上の驚きを感じていた。


「じゃ、じゃあベリルはなんで……?」


「なんでも何も、その剣をデザインして作り上げたのは私の両親ですもの」


 エルドはさらなる衝撃を受けた。そして、同時に世間の……いや、国の狭さを感じて、なんだか虚しくなった。


「なにヘコんでんだよ。そんなことより、話ってなんだ? お腹いっぱいでちょっと眠いんだ。手短に頼むよ」


 エルドなりに意を決して語った話を『そんなこと』と片付けられてしまったが、エルドはいつも通りのアリスを見ていて、ずっと気にしていた自分が馬鹿らしくなって思わず笑みがこぼれた。


「ああ、そうだね。話を続けよう。今日、仕立屋に来たガレンって聖騎士のことなんだけど、彼は俺の知り合いというか……兄のような存在なんだ。そのガレンの話だと、ガレンの妹がC地区に孤児院を営んでいるらしくて、ひょっとするとそこにエリスがいるかもしれないっていう話を聞いた」


「おおっ! じゃあ早速その孤児院に行こう!」


「……ちょっといいかしら?」


 気が早いアリスと違い、落ち着いているベリルはティーカップを静かにソーサーに置くと、律儀に挙手をしてエルドに質問した。


「C地区へ行くにはゲートを通らなければいけないのはご存知よね? この前聞いた話だと、アリスは胸を大きくすれば通れるでしょうけれど、貴方はどうするの? B地区のゲートはA地区と違って男性は国が発行した本人の通行証が必要になるのよ。だから、もしガレン様の通行証を使ってゲートを通過しようとしているのなら、残念だけどその手は使えないわよ。それに、通行証の発行は国が厳重に審査しているわ。偽の申請なんてしたら即、騎士団に捕らえられてしまうでしょうね。かといって正直に書いたところで、逃亡中の貴方にそんな許可が下りるとは考え難いのだけれど?」


 エルドはベリルに鋭い視線を向けられながらも、決して逸らすような事はしなかった。


「それについては、ベリルに頼みたいことがある」


「……私?」

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