第二章 一節 B地区と仕立屋
「ここが……B地区かぁ……」
A地区の工場から出る黒い煙の影響で、空は変わらず灰色に覆われている。
加えて、B地区の街並みはA地区と比べてそれほど差があるわけではない。建物が多少小綺麗になった程度で、明確な差といえば人々が街を普通に出歩いているということだ。ガラの悪い連中もいるが、女性や子供もよく見かける。A地区に比べれば比較的安全なのだろう。
「さてアリス、まずはどうする? 今夜の寝床を探す? それとも、先にエリスを探すかい?」
「エリス! 街中にこれだけ人がいるんだから片っ端から聞いて回って、そのついでに安い宿も探そう!」
エルドの問いに元気よく答えたアリスは早速歩き出し、二人は聞き込みをし始めたのだが……。
「はぁ~。全然見つからない……。なんで誰も知らないんだよぉ……」
三時間ほど聞き込みをして回ったが、目立った収穫は無く、アリスはベンチに座ってうな垂れていた。
そもそも、『聞き込み』ということ自体に無理があったのかもしれない。アリスの知っている妹の姿は六年前のものだ。六年も経てば見た目が変わっていても不思議ではない。
だが、アリスの「いやいや、私の妹だぞ?」という謎の説得力により、聞き込みは続行されたのだが、結果は見ての通りである。
「はい、お水」
「さんきゅー……。んくっ……んくっ」
エルドは近くの井戸から水を汲んで、アリスの持っていた水筒にいれてきたのを手渡した。
バスト王国の大地は恵まれていて、清潔な湧き水が出ることで有名だった。あのA地区の街にでさえいくつか井戸が設置してあり、国民が水不足に悩むことはまずありえなかった。
「さっき水を汲んでいるとき、たまたま通りがかった街の人に話を聞いたんだけど、この街の『仕立屋』の店長がかなりの情報通らしい。少し休んだら訪ねてみようよ」
「へぇ……仕立屋か。うん、そうだな。ちょっと足休ませたら行ってみるか!」
そうしてエルドとアリスは二人並んでベンチに座ったまま空を眺めた。空といっても煙に覆われているので、まるで曇りの日のようだったが、時々晴れ間が見え隠れしていた。
おかげで意外にも気温は高く、ポカポカと陽気な気候だった。
「……なあエルド。お前、騎士になりたいのか?」
エルドがA地区の門番に言った言葉がアリスの中でずっと引っかかっていたのだろう。アリスは空を見上げたまま、少しだけ真面目な雰囲気でエルドに質問した。
「ああ、あれは方便……いや、詭弁だよ。ああでも言わないと、あの門番は通してくれないと思ってね」
「……ふーん、そっか」
アリスは少し安心したようで、曖昧な返事をしてこの話を終わらせた。
アリスが複雑な気持ちになるのも無理はない。騎士は本来外敵から国民を守り、王を守る役目があるのだが、今では国民を不当に取り締まり、イヴァン王の膝元で甘い蜜を吸っているという悪印象しかない。
「よしっ! そろそろ『仕立屋』ってところに行ってみるか!」
「うん、そうだね。行こうか」
エルドとアリスは腰を上げて再び歩き出した。
仕立屋の場所は先ほどの妹探しとは対照的に、通り過ぎる人に聞いただけですぐにわかった。
大通りに面した一角に他の店と同様、普通に営業しているようだった。
「こ、ここが仕立屋かぁ……。なんて言うか、普通に服屋って感じだな」
「そ、そうだね。とりあえず入ってみようか」
エルドはドアを開けて中に入り、アリスもそれに続いた。
店内には新作と書かれたプレートの前にいくつかの服が展示されていて、試着室も用意されていた。
外装からも察しがついていたが、ここの店で売られているものの多くは、女性向けの衣類ばかりだった。もちろん男性向けの衣類もあるが、女性向けと比べると圧倒的に種類は少なかった。
そんな店のカウンターには、黒髪ロングの少女が本を読んでいた。背丈はおそらくアリスとあまり変わらないように見える。無気力そうな目に加え、フリルやレースが多めの服装をしているのも相まって、まるで人形のような印象を受ける子だった。
その少女は、エルドたちに気がつくと本を閉じた。
「いらっしゃいませ……あら? 貴方……ひょっとしてアリス?」
少女はアリスを見てそう言うと、無気力そうな目を少しだけ見開いた。
「ん? ……あっ! お前、ベリルか⁉ なんでこんなところに⁉」
「こんなところとは失礼ね。なんでも何も、ここ私の店だもの。それよりも……」
どうやらこのベリルという少女はアリスの知り合いだったようだ。だが、再開の挨拶よりも気になることがあるらしく、ベリルは視線をアリスからエルドへ移した。
「……アリス、こちらの殿方は?」
「ああ、こいつはあたしの護衛だ。エルド、こっちはあたしの幼馴染のベリル!」
アリスは無い胸を得意げに張ると、それで言葉を終わられせしまった。さすがに説明不足だと思ったエルドは、自分から名乗ることにした。
「はじめまして、俺はエルドっていいます。アリスにはA地区で行き倒れているところを助けてもらって、そのお礼に今はアリスの妹探しを手伝ってるんだ」
「あらそう……よろしくエルド。私はベリル。見ての通り仕立屋を営んでいるわ。それにしても、アリスの妹……? あぁ、いつもアリスの後ろに引っ付いていた子ね。離ればなれになっていたのね……まぁ、今のこの国では別に珍しいことではないけれど」
「そうだった! ここの店長にエリスがこの地区にいないかを聞きに来たんだった! なあベリルっ! 今ここに情報通だって噂の店長いる⁈」
ベリルは何だか物悲しい雰囲気を醸し出し、少し節目がちになったがアリスがその空気を吹き飛ばした。妹のことが話題に出たことで、アリスはようやくここに来た理由を思い出したのだ。
「店長は私よ。さっきもここは私の店だって言ったばかりじゃない。人の話を聞かないところは相変わらずね。……私が情報通かは知らないけど、おそらくこの地区に貴方の妹はいないわ。私もこのB地区での暮らしは長いから、この地区にいる人間なら大抵把握しているけど、心当たりはないわね。見たことがあればきっと覚えているはずよ。それが昔の知り合いなら尚更ね」
「……そっか」
さすがのアリスも幼馴染のベリルのことを信用しているようで、いつもよりあっさり納得した。だが、エルドとアリスはこれでまた振り出しに戻ってしまい途方に暮れた。
「今度はこっちから質問してもいいかしら? アリス、貴方どうやってこのB地区に来たの?」
先程までのベリルとは雰囲気が変わった。ベリルのすべてを見透かすような瞳がアリスを射抜く。
「えっ⁉ ど、どうって……普通にゲートから来たに決まってんじゃん! お、おかしなこと聞くなぁ……」
アリスは、側から見ても動揺しているのがわかった。内容的には嘘を言ってはいないのだが、隠していることがあるのは見え見えだった。
「……うふふ。仕立屋の店長を甘く見ないでくれる? 私が見たところ、今の貴方の胸ではあのゲートを通ることはできないわ。一体どんなカラクリでここに来られたのか、是非とも教えてほしいものね?」
「えっ……えっと……それはその……あれだよ……えっと……」
アリスは口ごもりながら、チラチラとエルドの方を見た。おそらくアリスは、エルドが胸を大きくできることは秘密にしておきたいのだろうと気を使い、ベリルに説明できないでいた。
かと言って、幼馴染であるベリルに嘘はつきたくないというジレンマがアリスにはあった。
この様子を見たエルドはとても関心していた。エルドに気を使っていることや、ベリルに対しても誠実であろうとする姿もアリスの性格が見て取れるようだった。ベリルも同じ気持ちになったのか、口元を少し緩ませ、先程までの詰問をするような雰囲気が無くなっていた。
「いいよアリス。あとは俺から説明するから」
エルドはアリスの肩に手を置いて、アリスを安心させるように微笑んで見せた。エルドもアリスの誠実さに答えたかったのだろう。もしくは、アリスの幼馴染であるベリルを信用してみようと思えたからなのかもしれない。
「実は、俺は胸の大きさを変化させることができるんだ」
「………………………ふぁえ?」
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