第一章 五節 推薦状
「ち、ちょっと! なんでだよっ! エルドはあたしの護衛だぞ!」
「コイツは男だ。胸だけで通過できる女と違って、男は学力や仕事なりで実績を積むか、その他の能力で自分の有用性を示さなければならない。見たところお前はそのどれも持ち合わせていないようだが?」
「……アリス、少し待っていてくれ。すぐに行くから」
エルドは優しくアリスに微笑みかけると、アリスは心配そうな顔のまま頷いた。
「カッコつけてるとこ悪いけどな、こっちの質問にも答えてもらおうか? 何か示せるものはあんのかって聞いてるんだ!」
「……騎士団への入団を希望する」
その言葉に、アリスを含めこの場にいる者たち全員が驚いた。
騎士団とは、国王イヴァンの側近である騎士団長ジークハルト率いる王国最強の武装組織だ。入団希望者は最高職である『聖騎士』の推薦が必要である。
推薦を受けるためには力を示さなければならないのだが、この門番の階級は聖騎士よりも低い『従騎士』なので、エルドを騎士団へ推薦することはできない。
そうなるとエルドとしては、この門番に『聖騎士』に繋いでもらいたいのだが……。
「くっ……がっはっはっは! お前みたいなガキが入団希望? くっくっく……いいぜ、このザック様が直々に見てやるよ。お前の実力をな!」
ザックと名乗る門番のひとりがゲート前の広場に立ち、槍を構えた。
「……お前は従騎士だろう? 聖騎士でないのなら推薦資格を持っていないはずだ。無駄な時間を使いたくはない。早く聖騎士を連れてきてくれ」
「マヌケ。お前ごときのために聖騎士様をこんなスラムなんかに呼べるかってんだ。だが安心しろよ。聖騎士様は呼べねえが、代わりに俺の持ってる『推薦状』をやるよ」
「ザック! それは師匠からもらった推薦状だぞ! 聖騎士になるにはその推薦状を持参しないといけないのは知っているだろう? この仕事が終わればようやく聖騎士になれるのに、いくらなんでもそれは……」
「わかってんよ。だから、コイツが俺に勝ったらの話だ。もちろん俺は殺す気でいく。それでも構わねえな?」
「……わかった。納得したら推薦状を渡してもらう」
エルドはそう言ってザックの前に立ち、腰の剣に手を添えた。異を唱えていたもうひとりの兵士はやれやれといった感じに溜息をつき、腕組をして戦いを見守ることにした。
「生意気言いやがって……! 後悔すんなよガキが!」
ザックは勢いよく前進し、凄まじい速さで槍を突いた。小手調べのつもりのようで、内臓を避けた腹部や肩など、致命傷にならない程度の部位ばかりを狙っていた。だが、そのことごとくをエルドは紙一重でかわしていた。
(ちっ……このガキ、ちょこまかと……! だが、避けるのが精一杯のようだな。剣も抜けずに反撃できねぇでやがる。仕方ねぇ。少し痛い目見てもらうか!)
ザックは致命傷を避けた攻撃の中に、一撃だけ内臓を狙った突きを繰り出した。
するとエルドはその一撃が放たれた瞬間、後ろへ大きく飛び退きザックとの距離をとって回避した。
「へっ……。避けるのはまあまあってとこだな。でもよ、そんなんじゃ俺には勝てねえぜ! まったく、時間の無駄だな! こんなんじゃ、いつになってもあのチンチクリンとB地区になんか行けねえぜ? がっはっはっは!」
「……それはこちらの台詞だ。こんな茶番をいつまで続けるつもりだ? やる気がないなら通してくれ。アリスを待たせてるんだ」
「こ、この野郎ッ……! いいぜ、今度こそ本気で殺してやるよッ!」
ザックは先程以上のスピードで突きを繰り出した。しかも、そのどれもが頭や心臓をはじめとした急所を的確に狙っていた。
……だが、結果は同じだった。ザックの槍はエルドにかすり傷ひとつ与えることができなかった。
「ゼェ……ゼェ……くそっ! なんで当たんねぇんだっ! ゼェ……ゼェ……」
ザックは相当消耗したらしく、呼吸が乱れ、肩で息をする有様だった。その反面、エルドは息ひとつ乱さず、未だ剣すら抜いていない。
「……もう充分だろう。実力の差は見ての通りだ。いくらやってもお前では俺には勝てない。ここは通してもらう。息が整ったら推薦状を渡してくれ」
エルドはザックに背を向けてゲートへ歩き出した。ゲート前にいたもうひとりの門番は、冷静にエルドの実力を認め、鉄格子を開けた。
開かれた鉄格子の向こう側にはアリスが笑顔でエルドを待っていた。
「ったく、心配させやがって! ま、あたしにはわかってたけどな。エルドがこんな連中に負けるわけがないって……危ないエルドッ!」
エルドはアリスの叫びで背後に迫る殺意を感じ取り、反射的に身を百八十度翻し、迫る何かを避けながら背後を見た。
目の前の全てがまるでスローモーションのように映った。真横には投擲された槍が通り過ぎようとしていて、前方にはその槍を投擲したザックの邪悪な笑みを浮かべた姿があった。
そして、エルドが避けたことにより、槍の次の目標が直線上にいたアリスになっていることに気づいた。
エルドは居合を体得してはいなかったが、それに匹敵する未だかつてないほどの素早い抜刀を用いて、通過する槍を真横から切り落とした。
一瞬だが死を覚悟したアリスは、力が抜けて尻餅をついた。エルドは、瞬間的に凄まじい集中力を発揮した反動で、肉体的にも精神的にもかなり消耗した。
ザックは悪びれた様子も無く、腰の剣を抜いて次の戦闘準備を整え始めていた。
「がっはっはっは……! 悪ぃ、手が滑っちまった。しっかし惜しかったなぁ。もう少しで二人仲良く串刺しにできたのによぉ……。おら、来いよガキ。早く来ねえとまた手が滑っちま…………っ!」
エルドは先程までと纏っている空気が明らかに変わっていた。この場にいるすべての人間が、エルドの周囲だけ温度が低くなったような錯覚を覚えた。
そして、エルドは身も凍るような暗く冷たい眼でザックを睨みつけていた。
(なっ、なんだコイツ⁉ 何かわからんが、コイツはヤバイッ!)
ザックは無意識に震え出した手を抑えようと剣を両手で握り、力を入れた。
その瞬間、ザックの視界からエルドの姿が消えた。どこへ行ったのかはまったくわからないが、ザックは本能的にエルドに殺されるであろうことを自覚した。
「エルドっ!」
アリスの叫びが、その場の者たちを現実へ引き戻した。
ザックは、エルドの握る剣の切っ先が自分の首元に突きつけられていることにようやく気づいた。アリスがエルドを止めなければ、確実にザックは喉を貫かれ、殺されていただろう。
エルドは剣を鞘に納め、再びゲートへ向かって歩き出した。エルドの後姿を見ながらザックは、命拾いした安堵感に包まれた。
そこでようやく、ザックは自分の手にしている剣の刀身が折られていることに気づき、エルドとの格の差を体感して剣を手放した。
尻餅をついたままのアリスの前でエルドは立ち止まり、手を差し伸べた。
「怖がらせてごめん。アリス、立てるか?」
「べっ、別に怖がってなんかない! …………さんきゅーな」
アリスはエルドの手を取り立ち上がった。アリスは照れ臭いのか、視線を逸らしたまま礼を言い、その子供っぽさに見たエルドは思わず笑みをこぼした。
「ふんっ! さっさと行くぞエルド! こんなところとはもうおさらばだ!」
アリスは大手を振ってB地区側へ歩いて行った。
エルドも続いてゲートに足を踏み入れようとしたとき、もうひとりの門番がエルドを呼び止めた。
「少々お待ちを」
「……まだ何かあるのか?」
「いいや、君の実力は見定めた。それについて文句はないよ。ザックがああだから、とりあえず僕が持っている推薦状を渡しておくよ。でもそれとは関係なく、ゲートを通過するときはひとりずつと決まっているんだ」
「……そうか。それは悪かった」
おそらくその決まりは、ゲートのシステムに問題があるからだろう。
ゲートは、二人以上をスキャンすることは容易なのだが、もし二人のうち一人でもスキャンに引っかかる者がいれば、ゲート内にいる者全てがトラップの餌食になってしまうのだ。
そうした事故を避けるため、ゲートを通過するときはひとりずつと決まっているのだろう。それはエルドも理解したので、この場は素直に謝罪した。
「いやしかし、君の剣術は本当に見事だった。ザックも従騎士の中では屈指の実力者だったんだけどね。君の剣術は我流……ではないね。意図的に隠していたようだが、それでも何か型のようなものが見え隠れしていたように思う。誰に剣術を習ったんだい?」
「答える義務はない。……それに、あいつよりアンタのほうが強いだろ?」
エルドは門番からの質問を冷たくあしらい、アリスがゲートを通過したのを確認するとエルドもゲートに足を踏み入れた。
「さてどうだろうね。まあ仮にそうだとしても、おそらく君には手も足も出ないだろうけど」
飄々とした兵士のことは気にせず、エルドは歩き始めた。
「……入団希望なら聖騎士様を探すといい。B地区にならひとりくらい居るはずだからさ。その推薦状を見せれば入団手続きをしてもらえると思うよ。でも気をつけて。推薦状だけで通れるのはセキュリティが一番甘いこのA地区くらいだから。B地区以降はこんな簡単には通れないよ」
先ほどまでとは打って変わった真剣な雰囲気にエルドは兵士の顔を横目で見たが、再び笑顔を張り付けた軽そうな兵士に戻っていた。
「……さっきの女の子はもう向こうに行ったみたいだね。それじゃ、気をつけて行くといい。……ああ、そういえば名乗り忘れていた。僕はニール。またどこかで会えるといいね」
エルドは軽口を言う門番に返事を返すことはせず、そのままゲートを通過してB地区にいるアリスと合流した。
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