第一章 三節 ゲート

 二人が向かった先は、先ほどの話に出た区間に設置されている『ゲート』……を監視できる廃墟の建物だ。ここからなら誰にも気付かれずにゲートを出入りする人間を監視することができる。


「ほら、あれがゲート。そんで、あのアホ面下げた二人が門番」


 アリスの指差す方を見て、エルドも確認する。

 ゲートは、A地区側とB地区側に一枚ずつある、太く重々しい鉄格子で塞がれている。

 門番をしている兵士は、騎士団のシンボルが彫られている甲冑を着ていた。その装備は二人とも剣を腰に差していて、片手に槍を携えていた。


「あれは……正面突破は厳しいだろうね。頑丈な鉄格子に、門番もかなり腕に覚えがあるみたいだ」


「ああ。だから無謀な正面突破はなしね。それに、もし仮に鉄格子と門番をなんとかできても、あのゲートは突破できない」


「それはどういう……?」


 エルドの質問には答えず、アリスは無言で再びゲートを指差した。ゲートの方を見るとひとりの小汚い女が門番に近寄っていた。


「止まれ。何か用か?」


「えぇ……。聞いてくださいよ兵士さん。私、やっと胸が成長したんですぅ……」


 女は服越しに胸を強調するように腕組みをして見せるが、門番の表情は一切変わらなかった。


「……そうか。では入るといい」


 門番はあっさり鉄格子を開けて女を中に入れた。エルドは奇妙に思い、より一層目を凝らした。

 女は鉄格子を越えた途端、全速力でB地区側の鉄格子へ向かって走り出した。だがその勢いも虚しく、B地区側の重く硬い鉄格子をピクリとも動かすことはできなかった。


「クソッ! 開けなさいよ! 早く開けてっ! ちょっと聞いてるの! 早く開けてってば! お願いよっ! 早く!」


 女は必死の形相でB地区側の鉄格子に体当たりするが、B地区にいる門番は鉄格子から少し離れて、ただ女を見ているだけだった。


「早くして! はやっ…………あ……あ、あぎゃああぁぁあがぁああぁぁあぁぁ!」


 エルドは、いま目の前で起こっている出来事に目を疑った。

 鉄格子に挟まれた『ゲート』と呼ばれている場所は、鉄格子を含めた地面・壁・天井に特殊な仕掛けがしてあるようで、女が入って一定時間が経つと、高圧の電流が流れたようだった。

 女は感電し、体は焦げき、白目を剥いてその場に倒れ込んだ。それを確認したA地区側の門番は鉄格子を開けて女を回収し、ゲートから少し離れた裏路地に投げ捨てて元の配置に戻った。


「あの女、運が良かったな」


 エルドはアリスの言葉に耳を疑った。あの惨状を目にして何故『運が良かった』などと言えるのかと。その視線にアリスは気づき、慌てて弁解する。


「い、いや、違うぞ⁉ そういう意味じゃなくて! ……あのゲートの仕掛けはランダムなんだ。皮膚が溶けるほどの高熱で焼かれたり、無数の棘で串刺しにされたり、レーザーで細切れにされたりね。だ、だから、今回の電撃は一番生存率が高いやつだったんだよ!」


 それでアリスは『運が良かった』と言ったのかとエルドは納得した。その言葉を裏付けるかのように、さっきの黒焦げになった女がもう意識を取り戻したようで、地べたを素早く這いずって帰って行くのが見えた。


(ここの住人、逞しすぎるだろ……)


 だがエルドには、もうひとつの疑問があった。


「……そもそも何故、あの女の人はゲートに入ったんだ? あの様子だと、ゲートの仕掛けを知っていたようだし……」


「それはたぶん、胸に何かしらの詰め物でもしたんだと思う。でも見ての通り、あのゲートには『身体スキャン』っていう機能がついてるらしいんだよね。だから、小手先の偽装じゃすぐにバレるんだよ」


 身体スキャンはその名の通り、特殊なセンサーによって得た情報を点や線などに分解して、それらを電気信号に変換してゲート内にいる者を分析することができる代物だ。これにより男装やパッドによる偽装、薬品等での豊胸などは容易に発見される。

 イヴァン王が『胸囲の格差社会』という圧政を成り立たせることができたのは、ひとえにこの技術があったからだと言われている。


「……理屈は何となくわかったけど、これからどうする? 偽装も正面突破も無理となると、何か奇策でも思いつかない限りは……」


「ちっちっち。だからこそ、ここは正攻法でいくわけよ」


 アリスは無い胸を張って得意げに言うとそれ以上は語らず、二人は廃墟を出て一旦アリスの家に引き返した。






 アリスは家に到着して早々、先程の床下から例の『豊胸剤』が詰まった小瓶を取り出した。


「これであたしの胸を成長させて、堂々とゲートを通ってB地区に行く!」


 またもアリスは得意げに無い胸を張った。確かに豊胸剤を服用して、アリスの胸自体の成長を促せば『ゲート』を難なく突破できるだろう。……その薬が本物ならば。


「アリス、その薬を一粒見せてくれるかい?」


「ん? ああ、構わないけど……食べるなよ? 男が食べたって意味ないんだからな」


 アリスは小瓶から薬を一粒取り出し、エルドに渡した。


(この薬に彫られてるマーク……どこかで見覚えが……)


「…………ペロッ」


「舐めるなぁぁああああ! どーすんだそれ⁉ たしかにあたしも舐めるなとは言ってないけど! ふつう舐めるか⁈ もしそれをあたしが食べたらか、かかっ、かんせつ……」


 アリスは顔を真っ赤にしてエルドの胸ぐらを掴み、前後に激しく揺らしながら叫んだ。


「おっ、おち、落ち着いてアリスっ……! これには理由がっ……」


「理由っ⁈ どんな理由だ言ってみろっ! 答えによっちゃぶん殴るぞ⁉」


「こっ、この薬はっ! 豊胸剤なんかじゃないっ!」


 エルドの叫んだ言葉を聞いてアリスは掴んでいた胸ぐらを離し、力無く呆然と立ち尽くした。


 アリスはあまりのショックで言葉にならなかったが、目線でエルドに説明を訴えかけていた。その視線の意図を理解したエルドは静かに口を開いた。


「……これは、騎士団員に支給されてるビタミン剤だ。この味に、なんとなくだけど覚えがある。たぶんここじゃない別地区の薬屋では普通に手に入る代物だと思う」


「……じゃあ、これを飲んでも、胸は大きくならないってことか……?」


「少なくとも栄養を補うことはできるはずだよ。……でも、それが直接胸の成長を促すわけじゃない。仮にその薬の栄養が胸に行くことがあっても、あのゲートを通れるようになるまで、いったい何年かかるか……」


「………………ちっくしょうがっ!」


 アリスは怒りに任せて小瓶を壁に向かって投げつけた。当然のように小瓶は割れて、中に入っていた薬はバラバラに飛び散った。

 兵士に騙された悔しさや自分の不甲斐なさに、やり場のない憤りを感じて涙目になっていたアリスに、エルドは何かを決意し、静かに声をかけた。


「……アリス。服を脱いでくれ」


「……………………はぇ?」

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