風花守護騎士団・上

 マオウのハルバードや騎士達の攻撃によって辺り一帯の木々がなぎ倒され、折り重なった倒木によって酷く足場の悪い樹海の一角。木々の一本一本の直系が1メートルを超える様な物ばかりで、さらには完全な円の形というわけでも無いため、お世辞にも戦場として適しているとは言えない。


 このような場所での戦闘に慣れているアルマスは、器用に木々の上を飛び回りながら移動に戸惑っている幽霊ファントムの騎士達を殴り祓っていた。呼吸を行わなわず、痛覚がない(厳密には痛みで叫ぶことがあるため存在する可能性もあるが、どんな怪我をしても襲ってくるため存在しないと言っても過言では無い)幽霊に対して絞め技や投げ技は効果いま一つであるため、もはや通常攻撃扱いになるつつある“描剛掌ねこパンチ”で金属鎧をひしゃげさせ、その下にある肉と骨を破壊する。


「グゥオアァァァァ!!」

「邪魔くせぇな! 寝てろ! 『鬼殺しの果実酒』!」


 果物の皮の中に果肉ではなく液体が詰まっているという変わった物体を創造し、腕を折られてもなお向かって来る幽霊に思い切りぶつけた。桃の形をしていたそれは、非常に皮が薄く、金属の鎧などに当たると容易く破れて中身がこぼれてしまう。

 液体と皮の残骸が鎧に付着し、幽霊が訝しげに見ていると、いつの間にかその足取りがフラフラとしていた。足元がおぼつかず、意識も朦朧としてきた様子で。横倒しになった木の上で右往左往した挙句に、足を踏み外して三メートルほど下の地面に頭から落ちて行った。


「酒くっせ……気付けにはなるけどなぁ……」


 アルマスは鼻を押さえ、酒が飛び散っている場所からバックステップをして距離を取る。酒の匂いに弱いわけではないのだが、花祝の業により生産されたこの酒は流石にアルコール度数が高すぎて辛いものがあった。自信の能力のため酔うことは絶対に無いのだが。まぁ気分の問題というやつである。


「おらかかってこいや!!」


 一方でマオウはと言えばアルマスのように身軽ではない為、木々の山の端にある少しばかり開けた土地で幽霊達と戦っていた。ハルバードで敵の攻撃を払い、鎧の隙間に棘の先端を突き刺し、時には強酸性の斬撃を飛ばしてどんどん祓って行く。

 その動きは、まさに無双で。生前は精強な騎士であったであろう幽霊達をも次々と倒していく。ハルバードを手足のように扱う技量もさることながら、なるほど古龍の筋力や物体を腐食させる強酸性の属性が非常に相性が良いようであった。


「『冥々たるクレマチス』」


 マオウは全方位を幽霊に囲まれたことを認識すると、新たな花祝の業を唱えた。すると自身の足元から黒い煙が生じ、マオウを含めた幽霊達の足元を覆っていく。空気よりも重い気体なのか、くるぶしほどまでの高さしかない。

 幽霊たちは何事かと警戒して後退しようとするものの、後ろが詰まっているため十体ほどが煙に脚を包まれる。


 濃い煙の影響で地面に何があるのか窺えないが、マオウは臆せず、ハルバードの石突を地面に叩きつけた。


「ギャァ!!」


 マオウの行動に応じたかの如く、黒い煙の中から棘のようなものが無数に飛び出し、騎士達の脚を貫いた。狙いなどまったくなく完全にランダムな位置に飛び出しているようだが、数が数だけに黒煙の中に居た全ての幽霊の脚に棘が――神経性の毒によって形作られたほのかに白く光る棘が突き刺さっている。


「グ、ア、アァァグゴォォォァァァ!」

「ガボッ……ブクッ……」


 幽霊に干渉する魔法を付与されたために、神経毒も幽霊の体内を侵し、騎士達は首を押さえて苦しみだす。棘は解除されたものの未だ足元に留まったままの黒煙の中に体を倒し、口から泡を吐くほど苦しむものもおり、やがて黒煙が霧散するのと一緒に姿を失っていった。


「クソが……」


 マオウは敵を一気に片付けたにも関わらず、苦虫を噛み潰したような冴えない表情をしていた。勝ちに拘る性格のマオウだが、それでも。


「ッチ……ぶっ飛べゴラァ!!」


 すかさず迫ってきた槍を強引にハルバードの斧の腹部分で叩き落し、流れるように後ろ回し蹴りを胴体に当てて思い切り吹っ飛ばす。


「おいマオウ大丈夫か!」

「テメェ自身の心配でもしてろ!」


 断続的に訪れる幽霊達を木の上で迎え撃って撃滅していくアルマスを横目に、自分に殺到してくる幽霊達を捌いていくマオウ。

 二人の戦い方や現在の業の能力から、離れてそれぞれで戦った方が良いと言う結論となり、それぞれ別の場所で戦っていた。先ほどのマオウの業など、棘の出現場所を指定できないため共闘では用いることが不可能である。


 マオウはアルマスの呼びかけに軽口で答えていたが、実際にはいくらかキツくはあった。死の危険を感じるほどでは無いが。

 脳裏で一人の仲間の姿が浮かんでいた。自身と同じく様々なものに特攻しがちな馬鹿の姿。


(重量級の雑魚ばかり……アイツじゃ相性が悪い気もするが……馬鹿がこれ以上馬鹿やらかすんじゃねぇぞ、クソチビ)


 ☆


「ミイネ! 上だ!!」

「お任せください。 ファイア!」


 ミイネの両足が百八十度開脚され、掲げられた右足部分が膝小僧の半ばあたりで分離した。胴体と直接接続された部分から上空の幽霊に向けてミサイルのような物体が発射され、綺麗に直撃した幽霊は体のほとんどが吹っ飛んで消えた。


「こんなものでしょうか」

「おう。……にしてもだんだんジリ貧になって来たな……おいリリアあんま離れんなよ!」


 レオンとミイネが背中合わせで合流する。少し離れた場所でリリアが人鼠族の幽霊を討ち取って二人のもとに合流してきた。


「喉乾いた……」

「今のうちに飲んどけ。動き続けで疲れるのもあるが腹も減って来た……」


 レオンが腹を押さえる。生物というのは空腹を意識すると途端に力が出なくなるもので。酷くしかめっ面をしつつポケットからカロリーバーの袋を取り出してもそもそと食べる。


「マオウ様がお腹が空いたと怒っていらっしゃいそうですね」

「いやぁ……アイツの事だからむしろ戦ってて空腹に気付いてないとかじゃねぇか……」


 腐れ縁らしく正確にマオウの現在を言い当てるレオン。ミイネはなるほど。と頷きながら幽霊の頭部に銃弾をぶち込んでいた。


「でも行けど戻れどボスが居ないけど……ほんとにいるのかな……」


 水を飲んだリリアが眉を落としながらとても悲しそうに呟いた。

 作戦開始からもう四時間ほど経っているものの、幽霊達のボスの痕跡など微塵も見つかっていない。最初の方で大量に湧いていた雑魚幽霊が少なくなり、強力な個体が増えていく一方であることもふまえ、徐々に弱気になってきていた。


「他の奴らが見つけてりゃ良いが……それにしては連絡来ないし」

「敵の攻撃が激しく、伝える暇もないのでは無いでしょうか」

「……無事なら良いけど」


 自分達も連絡をとる暇がないため、安否を確認出来ずにただ心配そうに呟くリリア。ミイネは無表情で幽霊を警戒していたが、二人と同じように心配しているのだろうなということは感じる事が出来た。


「……うんッ、弱気は駄目だ。レイラちゃんの歌みたいに前向きに前向きに」


 リリアが自分の頬を叩いて自分を叱咤する。友人であり憧れの歌手のことを思い出して、自分の意識を切り替えた。


「それもそうだ。心配したところでどうしようもねぇし」

「です。他の方が交戦されているならば、我々が出来る限りの幽霊を倒して、他の方の場所へ幽霊が向かう事を阻止せねば」


 アンドロイドであるミイネがそんな発言をしたことに二人が驚きつつも、至極もっともな発言であったためしっかりと頷いて返した。


「誰かわからんが早く勝ってくれよ。早く休みてぇからよっ!!」


 レオンが独り言のように呟きながら前方に現れた人蝙族じんこうぞくへと突っ込んでいく。飛べば面倒になるため、地面を歩いていた今のうちにということなのだろう。


「ミイネどうしたの?」


 リリアはミイネが口元に手を当てて何かを考えているような姿を見せているのに気が付き、どうかしたのかと声をかける。ミイネは神妙な面持ちで語った。


「どうしましょう。先ほどの台詞、機械にあるまじきわかりにくい文章でありました」

「ごめん、どうでもいいよ!!!」


 リリアはミイネへのツッコミなのか、大声で吠えながら目の前の幽霊を大剣のフルスイングでどこかへとホームランするのであった。

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