風花守護騎士団・中

 森の中を鴉が舞う。

 木々の間を飛び回り、鋭利な爪で幽霊の喉をかき切る。木を蹴ったかと思えば地面へと降りたって短刀を振るう。


「カァァァァァ!」


 野太く強烈な音量の叫び声で幽霊を威嚇するのは、影潜みの村の村長であるジギル。戦闘力によって村の長に選出されている者らしく、その全力で持って幽霊達を圧倒していた。相性の関係上、鎧や甲冑を身に纏った幽霊は同行者に任せているが。


「じ、ジギルさん早すぎです!! 〔火炎弾ファイヤーボール〕!!」


 火属性の初級呪文で鎧姿の幽霊を焼きながらジギルの下に駆けてくる青年。サーベンティン・オキサイドであった。真冬ながらずっと走っていたために汗をかいており、荒く息を吐きながらジギルに向かって文句を言っている。


「すまないすまない。戦いは好きでは無いが、こう戦い始めると興奮してしまってね」

「それは戦いが好きと言うのでは……」


 ジギルの物言いに冷静にツッコミを返すサーベンティン。まったく頭の痛い話だが、ジギルはさほど気にしたそぶりも無く、むしろ「そうかね?」とおどける様に返していた。


「むっ」

「どうしました?」

「何か嫌な感覚が……」

「……そうですか?」


 ジギルの背中にザワッとしたものを感じたが、何かは解らなかった。強烈な存在感の元がどの方角からなのかも察知したが、サーベンティンはわからないと言った顔である。人鳥族の亜種の影鴉族かげがらすぞくである為に、野性的な勘が強いのか、はたまたサーベンティンが未熟なのか。


「何があるかはわかりませんが、ちょっと行ってみませんか」

「待ってください」

「……どうしました?」


 怖くなってしまったかとジギルが勘ぐったが、その予想は良い意味で裏切られた。


「まずは魔力の回復など、準備を整えましょう。無闇に突っ込んでは危険ですよ」

「確かにそれもそうだ。私の能力も魔力に依存しているからね」


 二人はそれぞれ鞄の中から、ドライフルーツやジャーキーなどといった食べ物を取り出し、もぐもぐと食み始めた。

 魔力回復薬などもあるにはあるが、空腹を満たすことも兼ねて乾燥させた食べ物にしているのだった。喉が乾くため、お茶なども一緒にだが。


「また奴ら集まってきましたかね……」

「補給完了してないのだがね」


 高速で顎や嘴を動かして食べ物を咀嚼する二人。良く噛んだ方が消化は勿論、魔力の吸収も早い。必然的にシュールな絵面になるのだが仕方がないのだ。


「二、四、六、八……ん? ジギルさん?」

「どうしたかね」

「いや、そうでなく……ど、ドッペルゲンガー?」

「……ハイド……」


 二人の視線の先に現れたのは、ジギルとうり二つの姿をした人鳥族の男。鴉の頭に、手にしている装備などもかなり酷似していた。サーベンティンは何が起きたのかと目を丸くし、ジギルは静かに剣を構えた。


「ジギルさん」

「アイツは私が倒します。手出しは無用です」

「理由だけ聞かせてください」

「私の弟なので」


 ジギルはそれだけ語った。聞き手のサーベンティンは簡潔すぎる説明に眉を顰めたものの、持前の頭脳で意味を察して自分も杖を構える。


「援護しますよ。気持ちはわからなくもないので」

「ありがとう。とはいえ幽霊は魔法が使えないので、生前のように私より強いなんて事は、無いのでしょうが……」


 どこかジギルが寂しげに笑ったように、サーベンティンには見えた。同時に悔しさも垣間見えた気がして、少しだけ親近感を覚えたのだ。


「『真の憧れとは、駕することを目指して努力するという意味だ』」

「なんだい?」

「いえ、なんでも」


 サーベンティンが好んで読む本の一節を、小さな声で口ずさむ。幼児期に読んだ、陳腐な内容の王道冒険小説だったが、主人公の生き様は泥臭くとも格好よく、まさに物語の主人公という男だった。

 サーベンティンは主人公の師匠である中年の騎士が、弟子である主人公に進むべき道を示すシーンにおいて語った言葉を密かに大事にしているのだ。


(ジギルさんが弟さんに憧れてるのかはわからないし、僕の勝手な想像かもしれないけど)


 成長して大人になりつつある今では、その言葉も素直には受け取ることが出来なくなりつつあり、憧れの別の意味を知った。だがそれらは全て紙一重だとも。


(僕が憧れたあのヒトは無事だろうか。憧れというには遠すぎる高値の花だけれど……どうか無事で、ありますように)


 決して口には出すことはない秘めたる想いを胸にしながら、サーベンティンは神樹製の杖を振るう。


 ◆◇◆◇


「まったくどうしたものだろうか! まさか我々が介入することになるとは!!」

「え?」


 死を覚悟したシャルロッテだが、凶刃は届かない。いや、阻まれていた。透明だがヒトの形に揺らいで見えるソレに。


「フォー……ストーム……」

「様を付けたまえ。とはいえ……」


 自分の命を救った存在を知り、茫然とした表情でその名を呟く。風と顕示の感情を司る天の使いが一柱、フォー・ストーム。

 遠くで地面から抜け出そうとしていたはずのオベロンの動きがピタリと止まり、突如として凶悪な笑みを浮かべる。


「「クカッカッカッカ……愚かな! 天使、貴様。“約定を侵した”な!!」」


 発せられた声はオベロンの声では無かった。

 というよりもオベロンの声に、まったく別のナニかの声が重なっていたのだ。同じ曲を別の人が同時に歌ったかのように。


「……私の独断ではなく、我々の総意だがね」


 フォー・ストームは性格に合わない慎重そうな声音で反論する。白鐘の塔で花の騎士となるためにフォー・ストームと戦った時、もっと自己主張の激しい性格だったとシャルロッテは記憶していた。


「「愚か、愚か、愚か!! こんな愚かな小娘如き救う為にとは!」」


 重なった声が天使とシャルロッテを愚かと断じて、重ねて嘲笑するナニカ。その声からは悪意しか感じ取る事が出来ず、純粋悪と決めつけることが出来そうなほどの狂気を秘めていた。シャルロッテは現状が理解できずにいたが、ナニカの言ったことに酷く心が痛かった。

 フォー・ストームが激昂する。自分ではなく、シャルロッテの為に。


「やかましいぞ黒が!! お前に愛し子達を笑う権利なぞ万に一つも無いわ!!」

「「テメェッ!!」」


 フォー・ストームにされた反論が癪に障ったのか、重なった声で耳障りな怒鳴り声を出すオベロンとナニか。しかし次の瞬間には何を想像したのか、高らかな笑い声が森の中に響いた。


「「今は使わぬ。いずれ、な」」

「下衆め」

「「どうとでも」」


 ナニかはフォー・ストームの嘲りを軽く流すと、「ククク」と怪しい笑いを残して消える。オベロンは幾秒か糸が切れたように動かなくなり、やがて体を起こして嗤った。


「クハハハハハ! なんと気分の良い。自分で自分の首を絞めよったわ!! あぁ愚か……嘆かわしい……こんなものを信奉していたのか!!」

「オベロン……」


 先ほどまでのように狂った話し方をするオベロンを前にして、フォー・ストームはどこか悲しそうに名を呟いた。自分のことを失望されたためか、それともかつての彼を良く知った者としての憐みからか。


 マロンは何が起きているのかと、シャルロッテが天使の名前を呼んだあたりから目を開けて周囲を見ていた。

 オベロンが突如としておかしな喋り方をし始め、幽霊の騎士達がピタリと動きを止め、烈風花の天使が降臨し、シャルロッテが一筋の涙を流している。


 マロンは自分が何かしてしまったのだろうと感じた。原因というよりも、第三者としての立ち位置で。


「私……」

「貴様は死んだぞ。マロン」

「え……?」


 透明な天使に、信じがたい話を突きつけられ、マロンは茫然と自身の頬をつねる。

 痛い。


「言葉が足りないようであるな」


 マロンが言葉の意味を理解出来ていないことを悟り、簡潔に語っていた言葉の意味を丁寧に話した。


「貴様は、今ここで死んでいただろう。シャルロッテが自分を犠牲にしなければ」

「そ、そんな……だってシャリーさんはとても強くて……」


 マロンは脳裏に自身の持つシャルロッテの姿を思い浮かべた。頭は良いとは言えないが、戦いにおいては常に戦闘を切り、一行を明るく照らす太陽のような人。


「たった十九に過ぎぬ娘だぞ」

「あ……」


 天使の示した事実に、マロンは石で殴られたような衝撃を受けた。当たり前の事だが、当たり前に受け取る事が出来ていなかった。


 シャルロッテは千翼空帝のように語り継がれている過去の英雄・傑物ではない。脚色されイメージが定められた存在ではなく、存在や印象というもの自体がひどく不安定な、いまを生きる者に過ぎないのだ。


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