妖精の騎士・上

「ぐっぎっいィィィィぃぃ!!」

「ほう? 受け止めたか。二千二十四はこれで終わったものだが」


 巨大な樹木が紙のように容易く引き裂かれ、後ろにいたシャルロッテまでその怪腕が届いた。


 腕の力を鑑みれば、ヒトを殺すことに一切の躊躇も無い一撃。やはり、“コレ”は黒花獣なのだと再認識できるものだった。


 千翼空帝せんよくくうていの姿の幽霊が近寄ってくる気配を感じ取り、咄嗟に振り向いて防御の形でランスを構えたのが吉となった。しかし追撃は、マオウの全力の蹴りかと錯覚するほどの破壊力で、体重の軽いシャルロッテは後方に大きく吹っ飛ばされる。

 背後の樹木に体を打ち付けそうな勢いだったが、シャルロッテの天性の戦闘の才であろう。ランスの柄を後方に向けて爆風を解放することで勢いを殺し、ぶつかる寸前で着地した。


 風によって枝と木の葉が大量に舞い上がり、後方で隠れていたマロンの背中や頭の上に砂や枯葉が重なる。ある意味良いカモフラージュになった。


 敵の語る二千という不吉な言葉をひとまず流し、シャルロッテは両手にランスを構える。先の一撃で腕が痺れているが、悟られないように毅然とした態度で、敵をあえて煽った。


「私強いし」

「そうだな。受け止めたのはお前で三十一人目、避けたのは百九十一だったか。しかしこの腕で得物を破壊出来んとは初の事だ。ミスリルを用いた合金でも開発されたか?」


 シャルロッテの挑発は微妙に肯定されたことで不発に終わる。

 神聖銀はミスリルをベースに天の花々の力を注がれて作られたらしいため、ある意味では幽霊の話も合っているが。シャルロッテは理解らないため無言でただ、睨む。


「つまらん。お前はまことにつまらぬ。語らぬか。余はそれを望む」

「あなたは……オベロン?」

「ほう! 余を知るか。いかにも余こそが皇帝。妖精皇帝、オベロンそのものよ!」


 巨大な腕を翻し、キザったらしく頭を手で覆うオベロン。しかし黒い腕が大きすぎるせいか、顔のほとんどが見えなくなってしまっている。

 微かに聞き取る事が出来る程度だが、二人の会話を窺っていたマロンは会話に違和感を感じた。


 上手く言えないのだが、会話のキャッチボールが上手くできていない気がする。などと。

 シャルロッテが妙に言葉数少ないせいかもしれないが。


「余を讃えよ。そして死して誇るがいい。余に屠られることを!」

「……は?」

「さぁ刃向うがよい。生き延びて見せろ。満足させてみるがよい。さぁ! さぁ! さぁ!」


 一般的な幽霊と違って軽快に語っているが、やはり前後の文脈がおかしい。言葉の抑揚から察するに興奮しているのかもしれないが、それを差し置いても異常な程に言葉の“すじ”が通っていなかった。

 殺すと発言したかと思えば、次には生きてみせろと語るのだ。


「ガンネ、トゥワミ、サティアス。まずは貴様らがこの者の小手調べをせよ。全力だ。全力で殺せ! 余は指示など行わんからな」


 オベロンはシャルロッテに背を向けて元の広場に戻ると、周囲でジッと立ち止まっていた騎士の中の三体に声をかけた。すると三体とも一斉に腰に帯びた剣を抜刀し、正眼の構えのごとく中段で剣を構えた。

 シャルロッテはその動きを見て、後方に数歩下がる。


(強い)


 シャルロッテをしてそう思わせる程の強さを、三体の騎士から感じた。最初に戦った騎士との戦いなど児戯とも思えるレベル。生前は将軍などの地位に居たのだろうと、ふわっとした考えながら悟る。

 だがシャルロッテには戦闘経験があるのだ。彼らよりも遥かに格上の存在である“騎士アルフォンス”との。


 がしゃがしゃと甲冑で地を駆ける音が一帯に響く。なぜこの世ならざる者である幽霊の音が、鮮明に聞こえるのだろうと言われれば様々な説があるが。現在の問題はそんなところではない。

 シャルロッテは真っ先に目の前にやってきた騎士の一撃を大きく躱し、躱す際に体を捻った反動を利用して、右手のランスで敵を穿とうとする。

 機壊達を破壊したように、『風槍エアーランス』を発動しているシャルロッテの攻撃は金属を貫く事も可能なのだ。


「ぐっ」


 しかしシャルロッテの動きを見透かしていたかのように、もう二体の幽霊から袈裟切りと突きという妨害が入った。一体目の胴体に穴を開けてやろうなどと目論んでいたが、それを察知したシャルロッテは体を無理にかがめて、攻撃を避ける。しかし袈裟切りは何とか避けられたものの、突きの形から振り下ろされた剣に左肩を斬られてしまった。

 運よく傷は浅いものの、滲んだ血によって水色の服が赤く染まっていく。


「じゃ、まぁ!」


 本人の才能か。はたまた攻防両面で優れた妖精族に伝わる槍術のおかげと言うべきか。最初は攻撃を受けてしまったものの、体勢を整えてからは三体もの騎士の猛攻を弾き、回避して、カウンターを行っては着実にダメージを与えていく。

 疲れというものがない幽霊の騎士達の攻撃は留まるところを知らず、得物が木漏れ日を反射して、妖しい金属の瞬きが絶え間なく生じる。

 シャルロッテも(鉄などよりもいくらか軽いとはいえ)いくらか重量のあるランスを両手に一本ずつ抱えながら、踊るように対応して魅せた。


 場違いな感情ではあるものの、見事な剣戟の舞台を見ているような感覚に陥り、草むらから様子を覗いていたマロンは小さく息を飲んだ。


「うっざい! 『槍鼬やりいたち』!!」

「グギッ」


 敵三体の胴ががら空きになったタイミングを見計らい、花祝の第二のわざを発動させる。微かに白く光って見える三日月型の斬撃が、三体の幽霊を上下に分断してみせた。

 マロンは心の中で喜んだが、しかし。


「はぁ……はぁ……」


 シャルロッテは糸が切れたように、その場から動くことが出来なくなった。

 右手のランスを地面に突き刺し、それにもたれながら荒く呼吸をしている。三体の幽霊達の攻撃は、一撃でもまともに喰らえば致命傷となりうる鋭さで。それら全てを回避しながら反撃の機会を窺うというのは、精神力も体力も底を尽きかけるほどに苦しいものであった。


「あぁぁぁぁ!! 彼らがやられてしまった!!」 


 三体の幽霊が祓われたのを見たオベロンは、頭を抱えて全身を震わせながら絶叫する。

 怒っているような、惜しんでいるかのような。ともかく、いかにも発狂という様子で。


「弱い、弱いなぁ可哀そうに……どうしてやられてしまったんだ。余は悲しいぞギノ、ビビアノ、ジェリアー……死ね! 死んでしまえ! お前達のような謀反を企てていた者は死んで余の為になる! あぁ……お前たちの死ぬ姿は美しいなぁ。余はお前達のことを忘れはしない……アッハッハッハッハ!!」


 かと思えば急にさめざめと泣きだし、名前を叫びながら地面を殴って慟哭する。

 しかし先ほど三体を呼んだ名称とは似ても似つかぬ名前を叫んでおり、されど叫びには本気で相手を想う気持ちが籠っていた。


 次の瞬間には憤怒の形相で、近くの倒木に八つ当たりとして唐竹割のように拳を振り下ろす。朽ちかけていた木は突如襲ってきた衝撃に耐えきれずに爆散し、辺りに木片がまき散らされた。

 一方で周囲の幽霊はどのような状態かと思えば、木片が兜にぶつかっても黙したまま、静止したままである。


 オベロンの言動を見て警戒心が麻痺したのか、マロンが背中の枯葉や土砂を落としながら上体を起こす。表情として浮かんでいるのは、有体に言って戦慄であった。


「狂ってる……」


 狂気に憑りつかれていると、マロンは感じた。

 あまりにも情緒が不安定であり、いつ自分にその狂気が向けられるかもわからない状況も相まって、背筋の凍るような恐怖を感じる。


「そ、そう言えばシャリ―さんっ……!」


 マロンは弾かれたように立ち上がって、今だ呼吸が整っていないシャルロッテの元に駆け寄る。幽霊などわき目もふらず、心配そうに体をそっと支えた。


「大丈夫ですか……?」

「きちゃ、ダメ……」

「だってしゃ、シャリ―さんが……怪我を」

「これぐらい問題、ないよ。……あいつ、ヤバいから。隠れて……はやくっ」


 どこか突き放すような物言いのシャルロッテに戸惑いの言葉を漏らすマロン。回復魔法でもかけようと思ったのだが、いいから離れて隠れろと促された。マロンには異常性はわかるものの、危険性が明確にわかるほど近接戦闘の心得は無い。

 そういった会話を行っているうちに、電池の切れたようにオベロンの動きが止まった。


「オォ……」


 小さく、幽霊らしい恐ろしげなうめき声を漏らす。そして


「……ッ! 『槍鼬』!!」

「ひっ……」


 怪腕をもって、足元にあった倒木の一つを持ち上げ、槍でも投げるかのような勢いでマロン達に向かって飛ばす。

 当たってしまえば即死は必至であろう、もはや兵器のような物体をシャルロッテが花祝の業によって破壊した。しかし消滅させたわけではないため、辺り一帯に木片が散る。


「うがぁぁぁぁぁッ!!」


 散らばった木片によって視界が悪くなったことを悟り、覇気の籠った声で怒鳴り声をあげながら、全身から爆風を放出した。

 風で目を瞑っているマロンを横目に、シャルロッテが前方に目を凝らす。敵が暴れ続けた結果、元の見る影もなくなってしまった広場には、幽霊達の姿が一体も見当たらなかった。


「マロンちゃ、こっち!!」

「うえっ!?」


 シャルロッテはマロンの腕を掴み、無理やり右後方に跳んだ。

 自身よりも背の高いマロンのことを抱き留めながら、ゴロゴロと転がって元居た場所から遠ざかる。

 まさに紙一重で、一秒前に二人がいた場所へ四方から怪腕や槍や剣が振り下ろされた。喰らえば、潰されていたか抉られていたか、斬られていたか。それとも。


 シャルロッテはある程度距離が離れたところでマロンを離し、素早く体勢を整えた。オベロン一体と、騎士の幽霊が目視できる数で四体。

 倒せる数では無い。


 自身の頭では打開策を見いだせず、シャルロッテは混乱する。数は数えられるが、それを活かす知恵は無いに等しい。斥候は出来ても、軍師の真似事など諦めていた。

 生まれつき頭の良いわけでは無かったが、せめて良い教育さえ受けられていればと。しかし思い返したり、境遇を恨んでも、どうにもならない。

 思考が袋小路に迷い込む。


「どうすれば……」

「シャリ―さん!」

「な、なに!」


 そんなシャルロッテの様子を知ってか知らずか。続いて立ち上がったマロンがシャルロッテの肩を掴んでガクガクと揺らしながら呼びかけた。

 シャルロッテなりに深い思考に入っていたのだが、あっさりと戻される。


「逃げましょう!」

「はぁ?」


 唐突な後ろ向きの提案に、思わずキレたような返答が漏れてしまうシャルロッテ。攻撃の回避などであればともかく、“倒せる敵”を前にして背を向けて逃げるというのは、シャルロッテにとって妙な話である。

 破壊衝動のある彼女にとって、戦いというのは『壊すか壊されるか』である。故に、逃げると言われてもすぐには理解出来なかった。


「あそこに居る敵の数は五。先ほどシャリーさんが倒された敵は三ですが、まだ広場に十体ほど騎士が居ました。残り六体の姿が見えませんから、ひとまず今の内に……」


 意味はすぐに理解こそ出来ないものの。それが打開策なのならばと、シャルロッテは提案を飲み込む。


「……わかった。でも、今のままだと難しいと思う」

「どうしてですか?」

「あいつら、疲れないから」


 マロンがシャルロッテの言を聞いて納得したというふうに首肯する。マイペースに会話をしているものの、都合良く幽霊達が攻撃の手を止めるわけはなく、得物を担いですぐ目の前へと迫ってきていた。


「潰えよ」

「『風槍エアーランス』!!」


 肉薄し、両の手で挟むように潰そうと襲ってきたオベロンの手の平に、シャルロッテは再びマロンを抱えながら全力のランスの突きを与える。

 やはりこと戦闘のセンスや勘については天才的と言うべきか。意識して射程距離を短くしていた『風槍』の先端部が手の平に触れた瞬間、シャルロッテは一気に射程距離を延長させる。

 伸びる力とオベロンが“押す”力が合わさり、シャルロッテ達は大きく吹っ飛ばされた。


「きゃあぁぁぁぁぁ!!」

「しっかり私のこと掴んでて!!」


 マロンに腰を掴ませつつも、花祝の力も使うことで器用に体を空中で捻った。  シャルロッテは吹っ飛ぶ先にあった杉の巨木へとランスを向ける。オベロンの手にはダメージを与えられないようだが、『風槍』は木材程度は容易く貫通する業。

 伸縮自在の神聖銀の特性を用いて、二人が隠れられるサイズの巨大なランスへと変形させて、砲弾の如く行く先の木々に穴を空けて通過していく。


「おっとと……!」

「な、何回ごろごろ吹っ飛ぶんでしょう今日……」


 目まぐるしく変わる状況に対応しきれず、くらくらと頭を揺らしながらマロンが立ち上がる。距離にして百メートルほどは飛んだだろうか。オベロンは怪腕の大きさが邪魔をしてすぐには追いつけない様で、邪魔な木々を豪快になぎ倒しながら徐々に追って来ていた。

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