『禍災片元』The Emperor of the Phantom・下
「そこっ!!」
水の銃弾が武者の銃弾を貫通していく。貫通力に優れる花祝の業は、いとも容易く金属性の物体を貫通する。
「シッ」
鋭い呼吸音と共に、電気を纏った刀が振るわれる。目の前で大上段に剣を構えていた騎士を一刀の元に切り捨て、返す刀でゼルレイシエルが撃ち抜いた武者に追撃し、致命傷を与えて倒す。
「いきなり強くなった……! なんだコイツら。いや正体は知ってるけど」
「
「そこまでは知らなかった! というかそれどころじゃ無いから落ち着けぇ!」
過去の武人の格好を見て歴女の血が騒ぐのか、珍しくも興奮した声を上げているゼルレイシエル。アリサがツッコミ役に回るという珍しい形をしつつも、的確に幽霊達に銃弾を撃ち込んでは無力化していることからするに、変わらず視野は広い。
もう一体の武装した幽霊を斬ると、アリサは一度後方に下がり、幽霊の群れから距離を取った。着物の一部が剣で裂かれ、その穴から血が流れているのが見える。
「キッッッッッツ」
「純粋に物量が多いし……たまにこういう」
弱音を吐くアリサの後ろで、ゼルレイシエルがおもむろに右手の方角に銃口を向けて発砲した。非武装の幽霊の眉間に銃弾が当たり、絶叫を上げる間もなく祓われる。どうやら頭や首、心臓にあたる部分を破壊して倒した場合、耳障りなく叫び声が発生しないようだった。
非武装とはいえ立派な剣や鎧などを纏っていないだけで、ヒトを殺すための武器は持っているため、武器がわりらしい鋭利なガラスの破片を取り落としながら消えていく。
「ゲリラ戦法を仕掛けてくるのも居るようだしね……」
「もう入り乱れ過ぎてて擬態とか関係なく、寄らば斬るって感じですらある」
だいぶ疲弊した声でアリサが続く一言。
「とてもつらい」
同情したゼルレイシエルが片手の銃を一時的に消して、アリサの肩をポンと叩く。アリサのような前衛役の苦労はそこまでわからないが、疲れた声を聞けば想像は出来る。
「ごめんなさいね……私が回復魔法でも使えればもっと支えられたんだけど……」
「……いいや、既に十分すぎる支援だよ。ありがとう」
刀を肩に担ぐように持ち、背後のゼルレイシエルに笑いかける。アリサらしからぬ心配を掛けないようにとの配慮だが、非常に男らしく見えるのでゼルレイシエルが顔を赤くして顔を逸らした。
「あ、そう。じゃあ、このままで良いわね……」
「うん。良いよそれで。つってもなんらかの回復手段が欲し……」
幽霊の武者や騎士が、それぞれの槍などの武器を担いだままじりじりと距離を詰めてくる。アリサの視界に入る敵だけでも7体ほどの武装型が居るため、倒す大変さを考えると気持ち悪くなってくるほど。
ゼルレイシエルはわからないだろうが、剣で幽霊を斬るとグニャッというかモニャッといった感じの変な感触があるのだ。腐った分厚い肉を斬るような感覚に近い。(腐肉など斬る機会もないので経験は無いが)
呼吸が必要ないので休みなしで怒涛の攻撃を行い、武人らしく多人数での戦闘が基本であるのでほとんど複数体同時に襲ってくる。斬っても斬らなくても厄介この上ない存在なのだ。
感触に関しては個人の好き嫌いと言えばそうなのだが。
「
アリサの独り言にゼルレイシエルが首を傾げる。両方の手にハンドガンを持ち直しており、戦闘再開に備えていた。
アリサは正眼の構えを取り、目を閉じて自身の体全体を意識する。何箇所か既に怪我を負っており、血がまだ出ているところもあれば、既に止まってしまった所もある。
「『
業の名を叫んだ瞬間、電撃が無効であるはずのアリサの身体に、ビリビリと電気が走った。
「ヴッ……!?」
「アリサ!?」
「あぁ〜……」
「アリサ!!?」
身体中を駆け抜ける電気に一瞬険しい顔になるものの、次の瞬間には蕩けたような表情で気持ちよさそうに声を漏らす。ゼルレイシエルが二段構えで驚きの声をあげるなか、アリサは目を見開いて目の前に迫っていた幽霊を切り捨てた。
「電気治療だこれ。めっちゃ気持ちいいぃ」
「急に何を叫び出したかと思ったら……心配して損したわよ……」
身体の中で微弱ながらピリピリとした刺激が走り続けており、そのおかげで全身の治癒力などが活性化されているような感覚がある。
「これなら行けっぺ!」
「方言出てるわよ!」
急に元気になって幽霊達と刃を交え始めるアリサに、ちょっとだけ悪態をつきながらゼルレイシエルが支援の為に引き金を引く。付き合い始めて互いに少し遠慮がなくなった二人は、見事な協力プレイを見せながら幽霊を祓っていった。
☆
近接役二人に遠距離役一人といった編成で組んでいるのは、レオンとリリアとミイネの三人(?)である。
槍などの長モノを持った幽霊にミイネが銃弾で牽制しつつ、リリアが大剣でまとめて薙ぎ払うという戦法だ。
レオンは打撃武器という得物の特性上、大型の幽霊や重装備の騎士などを相手にしていた。硬かろうがデカかろうが、生物(既に死んでいるが)ならば頭を叩けば致命傷になるのだ。相性は非常に良いだろう。大変だが。
「でぃやぁぁぁぁ!!」
身の丈の三倍はあろうかという巨大な大剣を軽々と振り回し、幽霊達をまとめて上下に切断する。巨人特有の圧倒的な膂力に任せた一撃だが、神聖銀製の大剣の鋭さもあって抜群の破壊力であった。
肉や花のようなものを断つ変な感触で、大剣を振り切ったリリアの腕には軽く蕁麻疹が起きているが。
「レオンさん援護します」
ミイネが右手の指の第一関節部分をカプセルのごとく開き、そこで空いていた穴から銃弾を三発ほど発射する。レオンから金属を受け取り、体内(機体の中)で生成したものだ。指から発射できる銃弾は口径が小さい為に殺傷能力は低いのだが、援護の意味での牽制には十分すぎる威力である。
「頭を垂れろ」
「『
空を飛んで攻撃を仕掛けようとしていた飛竜の首にめがけて、重力を無視したような勢いで金属製の鎖が飛んでいく。レオンの現在の技量からすれば鎖などは複雑すぎて生成不可能なのだが、
金属の鎖が綺麗な形で頸部にぶつかり、偶然なのかはわからないが、ぐるりぐるりと三重ほど飛竜のクビに巻き付く。体躯が大きく竜の鱗によって、苦しさを与えられているようには見えないが、突然巻きつかれた金属製の鎖の重さによって地面にふらふらと地面に墜落した。
幽霊は強力な個体であるほど、現実の物理法則に近い制約のようなものを受けており、飛竜も例に漏れず重力という制約が課せられていた。
よく空を飛んでいる幽霊というのは、生前に農夫であったり商人であったなど、戦うすべを持っていなかった存在が多い。
「二度死ね!!」
もう一度大上段で得物を構え、レオンが飛竜族の幽霊の頭にバトルハンマーを打ち下ろす。鱗が硬いため衝撃で手が軽く痺れるものの、脳の直上を殴られた幽霊はあまりの衝撃に痙攣したように体を動かしている。
追い討ちをかけるように再度殴ると、霧のように体が消えていった。
「金属回収すっから頼むぞ」
「了解であります」「ガッテン承知の助」
レオンが周囲に強敵が少ないことを確認し、幽霊に使用した金属の回収を行う。
【星屑の降る丘】地方では機壊達を倒せば無尽蔵のように金属を回収出来たが、それ以外の地方ではそうはいかない。RPGのゲームのように都合よくアイテムを落としたりしないのだ。幽霊の場合はレアドロップ的に包丁やら釘などを落としたりするが、普通は石で殴りかかってくるなどの原始的なものだ。
最近ばミイネも金属を消費するので、出来るだけ回収するのは必要不可欠であった。
「ぎゃー! 同族が出たー!」
「巨人族と判断します。十メートル級……中央大陸では最高クラスの巨人でありますね」
木々を透過しながらどこからともなく巨大な幽霊が現れる。リリアが今担いでいる大剣とほぼ同サイズに見える剣を片手で軽く振り回しており、三人を見つけるとその怪力を誇示するように空に向かって吼えた。
「ほんと面倒くせえ……」
うるさく騒ぐリリアと、対照的に冷静にペラペラと喋るミイネも合わせて、巨人の幽霊の出現にレオンはため息をついた。
☆
シャルロッテとマロンの二人が、強力して強力な幽霊達を祓い続けていると。木々が密集しているのが常の永夜の山麓では珍しく、開けた空間があることに気がついた。
戦いの最中に鳥の鳴き声が聞こえたりもしたが、いつの間にか聞こえなくなっていて、異様な雰囲気を作り出していた。
「マロンちゃ、ちょっと待ってて」
花の騎士一行の偵察役も兼ねているシャルロッテが、広場の状況を調べるためにマロンを残して先行する。
音を立てないように、ゆっくり、ゆっくりと進み。広場にほど近い大木の陰に体を隠した。顔だけ出して広場を覗く。
五、六本の朽木が倒れている広場に、十数体の幽霊がいた。
「にゃっ!?」
そのうちの一体の姿を見て、シャルロッテは思わず驚きの声をあげてしまった。
金色の髪にダイヤなどの宝石類が惜しげもなく使われた王冠。腰に帯びた剣には星の紋様が付けられていて、シャルロッテはその全てに、見覚えがあった。一部を除いて。
シャルロッテの声を聞き取ったのか、その幽霊がゆっくりと立ち上がる。
その立ち振る舞いは典雅で、優美でいて。同時に醜悪であった。
「やあ、そこの君。ご機嫌いかがかな?」
シャルロッテの肌にゾクリと鳥肌が立つ。
幽霊が、あまりにも普通に喋っている。
擬態が出来る幽霊であっても、抑揚のない言葉である事が常であるはずなのに。
「そんなに怯えなくとも良い。なにせ」
両腕が胴回りと同じぐらい巨大な、異様な見た目を持つ幽霊が、息を殺して隠れるシャルロッテに笑いかける。
シャルロッテはその男の幽霊の姿を知っていた。
自身の先祖にして、妖精族最大の英雄。ユグドラシルを蝕む邪龍・ニーズヘッグを討った者であり、【最果ての楽園】地方を初めて統一した征服王。
“千翼空帝”の異名を持つ十英雄が一人、第十二代
「私は素晴らしき君主だからな」
そう言ってオベロンは、シャルロッテの隠れている木に向かって、躊躇なく怪腕を振るった。
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