『禍災片元』The Emperor of the Phantom・上

 幽霊ファントムという黒花獣は最も恐るべき敵だ。

 常人の心胆を寒からしめる絶叫を発し、生者への恨みから見境なく攻撃を行う。

 通常の幽霊でも十分に危険なのだが、更に注意すべき存在が居る。


 まず前提として、幽霊とは生前の写し身であり、多くの場合は死ぬ前の姿が反映される。

 和服を身に纏いながら死んだのならば和服を身に纏った幽霊が。

 甚平を羽織っていたならば甚平を羽織った幽霊が。

 と、言ったようにだ。

 そして、手に持っていた物なども例外ではなく。

 剣や槍などの武器を持った、幽霊が存在しうる。


 また、幽霊の持つ技量スキルも死亡時の状態が反映される。

 だから、剣や槍、弓を持ち。鎧などを身に纏った幽霊は危険なのだ。

 そういった存在の多くは、戦いの果てに死んだ騎士や狩人であり、ヒトを殺す術に長ける。

 ――――


 『幽霊ファントムの生態報告・一巻』より抜粋


 ********


「砕け散れや!!」

「砕けるもんなのか……?」


 目の前でたむろしていた幽霊三体に、ハルバードで薙ぎ払って攻撃を加える戦闘中毒者バトルジャンキー。久々の命を懸けた戦いであるためか、凶悪でありつつ実に楽しそうな笑顔をしている。

 神聖銀ミスティリシス製のハルバードは淡く白い光を放っており、同時に木漏れ日を反射してギラリと刃が輝いていた。


「うるせぇ言葉の綾って奴だ」

「さいで」


 マオウの言い訳をサラリと流しつつ周囲の音に耳を澄ませる。それと同時に森の暗がりに目を向け、目を細めながら注意深く観察した。


「ヒィアァァァァァァ!!」

「耳がキンとなるからマジでやめろ……」


 背後からヒステリックな甲高い雄叫びをあげて半透明の女性が飛んでくる。その手には包丁のような刃物が握られており、猪もかくやという勢いでアルマスの目がけて一直線に迫ってきていた。

 わりと距離のある時点から叫んでいた為、アルマスは振り向いて包丁を容易く避けると、顔面に躊躇なく手甲を付けた拳を叩きこんだ。幽霊の顔にめり込んだ拳はマオウのハルバードと同じような淡く白い光を纏っており、その影響からか本来は生者が触れ得ない幽霊に、物理的なダメージを与えていた。


「ギィア」


 致命傷を受けた幽霊が、煙が霧散するかの如く形を崩して、やがて消えた。最後っ屁のごとくアルマスの足元に手に持っていた刃物を落とすも、軽やかに回避。


「あぁぁぁぁぁx!! 雑魚共がウゼェんだよ!」

「キレるなキレるな。敵の主力と出会ってないんだろ」

「ゴミと戦おうが何も面白くもねぇ!」


 敵からしてみれば理不尽極まりないキレ方をしているが、二人に同行している戦士団員からすれば心強いものである。二人の邪魔をしないように配慮しているような形で、魔法使い族の戦士達が協力して周囲を警戒するように円形状に陣形を組んでいた。


「つえ……」

「これが他の地方の戦士……」


 自分達には己の肉体だけで戦う技量などまったくないのだが、それでも強いという事実は肌で感じ取ることが出来た。痺れるほどカッコいいと言うか、突然現れて姿を消すような幽霊を相手にして、いまだ無傷なのだ。息が切れているような様子もなく、(雄叫びをあげてはいるが)淡々と敵を倒していく姿には安心感すらあった。


「……おい、進むぞ」

「は、はい」


 マオウがひそひそと話していた魔法使い族達に、不機嫌そうに声をかけた。戦う相手の歯ごたえが無いと本気で怒っているようで、魔法使い族の戦士達が若干困惑した声で答えるのを聞いたアルマスが代わりに手を合わせて謝るようなジェスチャーを送る。やはり気の利く男であった。


「強い奴はいねぇのか……」

「そう居てたまるかって」


 まだまだ余裕のあるアルマスやマオウは、向かって来る敵を斬り、殴り、突き、蹴っては幽霊を祓って行く。二人の後を追うように同行している魔法使い族達も、周囲に幽霊を見つけては魔法をぶつけて攻撃をしている。近距離攻撃が主体の二人では遠くで漂っているような幽霊は攻撃出来ない為、なんだかんだでありがたい存在であった。花祝の力を使えば可能ではあるのだが、正体を隠しているため可能だが不可能という状況なのだ。


「チッ……」

「俺達が戦うべきところまで温存しとけってことだろ。俺ともかく、マオウの方は簡単に素材手に入らんのだし」

「うるせ。わかってるわ」


 アルマスが諌めるのに対してまたもや機嫌が悪そうに答えながら、マオウは森の中を進んでいく。時折アルマスと魔法使い族が行く先を確認するための作業に、止められつつ。


 ☆


 その頃シャルロッテとマロンは二人で森の中を突っ走っていた。

 二人で、というか。シャルロッテが敵を倒しながら一人でずんずんと進んでいくのを必死でマロンが追いかけるというような構図なのだが。


「ま、待ってください~!!」

「あははははっ!! ぶっ壊れろ~!!」


 無邪気に笑いつつランスをぶんぶんと振り回しながら、近寄ってくる幽霊を祓うシャルロッテ。いつもケンカしているマオウとは対照的に、彼が弱いと称する幽霊が相手でも実に楽しそうに戦っている。

 戦闘中毒者と破壊好きの負けず嫌いというのは、本質的には異なるものということだろうか。


「ヒャハッハ―!!」

「なんだか笑い声も凶悪になってますからー!!」


 シャルロッテのように楽しければ体力無尽蔵のような体質でも無いので、冬でありながら汗を滴らせつつ走っていた。必死に追いかけていると急にシャルロッテが立ち止まったため、息を切らせながらシャルロッテの背後に駆け寄った、


「はぁ……はぁ……もう、シャリーさんってば……」

「あれ……」

「え?」


 シャルロッテがランスを持つ手を、力が無くなったようにだらんと垂らした。何事かとマロンが視線の先を追うと、一般的な幽霊とは明らかに一線を画す、一体の幽霊が居た。


「鎧武者……」


 戦いの人生を歩み、戦いの中で死んでいった幽霊。

 古い幽霊との戦闘記録から、危険種として警戒を呼びかけられていた武人系の幽霊。


「ねぇマロンちゃん」

「は、はい」


 シャルロッテは戦うことが好きなわけでは無い。無いのだが。


 己の武器を再び握り絞める。

 戦乱の時代であった百年以上前の戦う者に、自分の実力がどこまでなのか。現代の戦う者として、血が滾るというもの。


「手ェ、出さないでね!!」


 両手にランスを持つ、妖精流槍術の基本型を取りつつ、一気掛けでも目指す若武者のように幽霊の武者めがけて走るシャルロッテ。一方で取り残された形のマロンは一人目を丸くし、


「え、ちょっ」


 普段は言わないような台詞を述べながら走り去っていくシャルロッテを見送った。


「えぇー……」


 心底困惑した声をこぼしていると、目の前の木々の間から一組の母娘がこちらを見ていることに気が付いた。


「……〔ファントム・トーチ〕」


 静かに、とある魔法を無詠唱で唱える。それはリリアの花祝の業である“生命の灯火ライフ・トーチからヒントを得た魔法であり、完成した魔法の効果から、発想元の業より名前の一部を拝借したもの。

 和名としては安直ながらも解りやすいほうが良いと考え、“幽霊の判別”とした。


「『砂鞭サンドウィップ』!!」


 周囲にヒトの姿も見えない為、花祝の攻撃用の業を発動させ、手元の箒を大きく振りかぶる。母娘の居る方へと思い切り振り下ろすと、仄かに白い光を放つ砂の粒子が散弾の如く二人を襲った。


「キィィィ」

「ヒィァ」


 断末魔の叫びをあげて雲散霧消する母娘の姿をした幽霊。祓われた今では確認できないものの、マロンの目には幽霊が黒い光のようなものを放っているように見えていた。

 魔法の能力は幽霊と幻人類の判別。幻人類は白い光で視ることができ、幽霊は黒い光を放っているように見える魔法である。回復魔法と同じような複合属性の魔法であり、使用できる者は限られるのだが。ヒトに擬態する能力を持つようになった幽霊を看破出来ると言うのは、被害を押さえる手段として有用であった。


「ほんとに嫌だなぁ……あの声……」


 当の魔法の開発者であるマロンは、幽霊の叫びに辟易した声を漏らす。倒すたびに甲高い叫び声をあげるのだ。慣れこそはすれ精神力が削られるものである。

 マロンは術式を解析するための魔法を使えば、花祝の力も(情報量の整理などでかなりしんどいが)内容の解析が可能だと気が付いていた。イルミンスールの種が融合する前に情報の内容を確認出来たことからなのだが。


「っと、集まって来ましたね……」


 マロンの周りに幽霊達が集まってくる。現在のマロンは幽霊を寄せ付けない、という効果の魔法を発動していない。防霊魔法とも呼ぶべき術は時間当たりの消費魔力が非常に大きく、殲滅戦のような長い時間を戦うものには向いていないのだ。そのため、攻撃は最大の防御という精神で、自分を囮として幽霊を引き寄せ、祓っていた。


「シャリ―さんは戦ってるみたいですし、ここは私が倒さないと!!」


 マロンは“幽霊の判別”を解除し、周囲の幽霊に意識を向ける。


「一人だけで戦うのが、苦手だとでも思ってるんですか?」


 威勢よくマロンが挑発すると、意味を理解してか偶然か、幽霊の一体がマロン目がけて飛んできたのを皮切りに、周囲で漂っていた幽霊が殺到した。


「〔TU・RA・RAラビット〕!」


 またも無詠唱による魔法展開。自分の周囲に先端が外側に向けられたつららの形をした虚像が無数に現れ、続いて放たれた爆風によって高速で様々な方向へと吹っ飛んでいく。自分を中心とした広範囲への無差別攻撃と言うべきか。淡く白い光を放つ神聖銀製の箒、それを媒介にして発動した攻撃魔法は幽霊達を撃ち抜き、複数体を同時に倒していた。幽霊にぶつからなかった虚像が木々や地面に突き刺さっているのはご愛嬌である。

 なお、魔法の開発者は厨二病のグラニス・ホープだ。


「成仏してください……」


 魔法で倒し損ねた幽霊を砂鞭で仕留めると、マロンは幽霊達に向ける心持で手を合わせた。ハッと気が付いたように行った行為であるが、彼女の本心から生じた行為であった。


「敵将! 討ち取ったりぃ!!」


 などとシャルロッテが叫びながらポーズを取っているのを見て、マロンが人知れず溜息を洩らしていた。大丈夫かなぁと不安に思いつつ、シャルロッテの元に駆け寄っていく。

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