殲滅戦・下

「すいません遅れました!」

「始まってないからまだ大丈夫だよ」

「あ、ありがとうござ……って、ジギルさんじゃないですか」


 慌てて大会議室に入ったアリサ達に、入口近くにいた人物が優しく教えてくれる。お礼の言葉を述べつつ相手の方を見ると、見知った顔の鳥人が椅子に座っていた。

 黒い羽毛の鳥人は入室してきた人物の顔を良く見ていなかったようで、名前を呼ばれて振り返ると驚いたように口を半開きにした。


「おお! アリサさんじゃないですか、お久しぶりです!」

「ほんとですね。しかし何故エキドナに?」


 烏頭の鳥人……もとい希少種族である影鴉族であり、影潜みの村の村長を務めるジギルは立ち上がってアリサと握手を交わした。人間に近い姿をしている種族出身のアリサには表情を読み取ることが出来ないが、声から察するに喜んでくれているのはわかった。


「丁度買い物をしに来ていた所でして。それを言えばアリサさん達も」

「いやぁ……色々とありますんで、この後お茶でもどうです?」

「良いですね。エキドナで雰囲気のいいカフェを知ってますよ」


 影潜みの村滞在中、なんだか仲良くなった二人である。弟だというハイドの姿をした幽霊ファントムの情報を提供した折に、気を紛らわせようと話をしたら妙に話が弾んだのだ。マロンの魔力回復を待っている為に二日間ほど滞在したが、その間にSNSや電話番号を交換するほど仲が良くなっていた。


「ゲェッ!? テメェらは!?」

「あ、いもりマン」

「井守じゃなくて家守だ!! ちげぇ! 蜥蜴人リザードマンだっつってんだろ!!」


 アリサの背後からやってきた花の騎士達が、誰と話をしているのかとジギルを見る。ゼルレイシエルは一緒に村長宅へと挨拶に赴いたことから面識があるため、ジギルにこんにちはと挨拶をするが、他の者達は面識が薄いので会釈をする程度となった。

 そのかわりと言ってはなんだが、ジギルの隣に座っていた蜥蜴人を見つけたマオウとシャルロッテの二人がいじり始めていた。


「りざあどまん?」

「合っちゃいるがすげぇ馬鹿にされてる気がする」

「利坐亜怒万だろ?」

「ぜってぇ馬鹿にしてるよなぁテメェら!!?」


 大声でキレるリザードマンの声を聞き、周囲のヒトビトがうるせぇぞと怒鳴り始める。それを聞いた人から伝播して大声で注意する者が出て、赤ん坊が大声に驚いて泣きはじめる。会議場内は大騒ぎになり、あまりの騒音に耳の良いアリサを含めたヒトビトが耳を押さえてうずくまった。


「はいはい皆さん静かにしましょうねぇん」


 パチパチと会議室前方で拍手が鳴った。それと一緒に、女性のような口調ながらドスの効いた男性の声が聞こえる。それだけではヒートアップしたヒトビトには何ともないのだが、意識してなのか魔力ダダ漏れで室内に入ってくる人物の気配を察知し、室内が徐々に静まり返っていった。


「こんにちはじゃZOY」

「ぐ、グラニス・ホープ!?」


 戦士団一般隊員の誰かがその人物の名前を呼んだ。名を呼ばれてもういいと判断したのか、魔力の流出を止め、ホホッと好々爺然とした笑顔を見せる。顔の部分にツタのような紋様が刻まれており、老化によって白くなった髪に反して雑多にデコられたサングラスをかけている。

 グラニス・ホープ。“世界最高の魔術師”の異名も持つ、当代最強の魔法使いである。


「またお爺ちゃん……」

「お腹大丈夫……?」


 グラニスの姿を見て、反射的にお腹を押さえてうずくまるマロン。生粋のお爺ちゃん子ではあるが、人前で変な事をされるのは嫌なようで。花の騎士の一員となった後、仲間達の前に現れた時にはストレスでお腹が痛くなるようになってしまった。


「血気盛んな事は良いことZOY。何せこれから生死をかけた戦いに赴くんじゃからの。だが、その勢いは敵に向けなされ」


 グラニスは年寄らしくしっとりとした声音で会議場のヒトビトを諭した。彼が破天荒な性格である事は良く知られているだけに、あまりに穏やかで優しげな声を聞いてほとんどのヒトが静止する。

 無言で、右手で頭を掻き、言葉を探すグラニス。


「なんじゃろうの。ここでも儂らしく話すべきなんじゃろうが、興がのらんな」


 グラニスは緊張していた。齢、七十代も半ば。そんな彼でさえ緊張するような事態であった。


「命を懸けて戦うなんて初めてじゃからな儂も。あいや、ある事にはあるが、所詮は命綱のある戦いじゃYOU。ホッホ、儂らしく話せたの」


 【永夜の山麓】地方に出没する幽霊ファントムは、最も危険であり最も安全と称される。

 七法上の相関を利用した、呪法か魔法による障壁の内側にさえ居れば一切被害は無いのだ。その障壁を張るのも、定期的に届けられる酒呑童子が作った呪符を町や村の中央に貼り付けるだけでいい。大した手間も危険も無いなく、生活が可能なのだ。


 故に、この地方出身の者は酷く平和ボケしていると言える。


「儂も長いこと生きておるが、幽霊が普通に街の中に現れた頃なんぞ知らん。生まれた時から、幽霊ファントムなぞ、非日常の存在なんじゃ」


 魔法戦士隊と言えば聞こえは良いが、実際には消防隊のような仕事をしているだけの存在である。街を出なければ被害を受ける事は無く、街を出るにも魔法で自前の障壁でも張れば安全なのだ。

 【永夜の山麓】地方に住む者達は戦わない。魔法戦という“スポーツ”はあっても、戦う能力の経験値は無いのだ。


「七十数年、じゃが、たった七十数年なんじゃよ」


 黒花獣が現れたのはおよそ百年前。グラニスの年齢を持ってしても二十年以上が経過したあとに出生したのだ。それだけの時間があれば、ヒトは生活のもといを元の姿に戻すことも可能である。


「儂は年がいもなくビビッてしまってのう。……戦う事とは、怖いものなんじゃな。儂らは、平和に浸りすぎた」


 話を聞いて、自分でも知らぬ間に立ち上がっていたマロンは、グラニスと目が合った気がして、静かに一度だけ頷いた。

 グラニスが何を考えているのかはサングラスによって表情が隠れており、うかがい知ることは出来ない。それでも、言葉が続けられた。


「なぜ急に戦いが起きるのか、話そう。儂と数人の者しか知らない事じゃが」


 アリサとゼルレイシエルが頷くいた。


「実は、主力部隊は魔法戦士団と、親衛隊じゃと書かれておるが。その裏には花の騎士達が居る」


 静まり返っていた場内が途端にザワついた。隣に居る者と小声で話すなど、その言葉について自分の知っていることを語る為に。

 半年ほど前から【星屑の降る丘】地方で、黒花獣・機壊が見られなくなった。探索の先で姿を見たと言うことがあっても、置物のようにまったく動かず、時には雨風によって錆びついたものまで見つかっているのだ。


 機壊が滅びた。


 そんな噂が口やネットなどを使って徐々に拡散されて行く。

 そして、花の騎士が降臨していたという噂も生まれたのだ。ネット等では花の騎士と出会った、知り合いだという書きこみが見られたりしたが、よくあるデマなどとして相手にされることも無かった。

 結果として、信ぴょう性のある都市伝説としてヒトビトに語られていた。


 そんな物事を、エキドナでもかなりの権力を持つグラニスが真面目な顔で直接語ったのだ。信ぴょう性など桁違いに高い。


「儂らが戦うのに合わせ、花の騎士が幽霊の頭を叩く。至極簡単に説明すれば、こんな作戦じゃYO」

「な、なんで俺達まで……花の騎士なんだろ!? 充分だろ、俺達なんて……」


 グラニスが語った作戦の裏を聞いて、一人の魔法使い族の男が怯えた声で話した。それを聞いた花の騎士達は、わかってはいたもののどこか心苦しかった。

 男が言うことは正論ではあるのだ。伝承では、花の騎士が現れて黒花獣を討つとしか書かれていない。だが、実際にはその真逆なのだ。

 アリサ、ゼルレイシエル、マオウ、シャルロッテ、レオン、アルマス、リリア、レイラとマロン。誰もが達人を凌駕する戦いの力を持ってるとはいえ、ただの“ヒト”なのだ。神獣のように、不老不死の力を持っているわけでも無く、核弾頭のように何もかもを破壊するような力を持っているわけでも無い。


 “花の騎士だけでは、無尽蔵に現れるような幽霊ファントムには絶対に勝つことは出来ない。”


「儂らがこの街、この地方に生まれた。そこで戦いを放棄し、逃げ続けた代償を。若者だけに背負わせる。そんなジジィは、嫌われちゃうからのう」

「……」


 グラニス・ホープは魔法研究者でありながら、魔法学園の教師である。

 自分を中心として何もかもを振り回す不思議な能力というか魅力を持つ彼だが、若い者と触れ合うことを好み、人一倍教育に力を入れていた。魔法研究だけが優れていれば研究者のままで良い。だが、学園長という地位は教育者として優秀でなければなる事は不可能である。

 若者の決心を尊び、若者の愚行を憐れみ、若者の命を守り、若者を愛する。


 普段の自分勝手な言動の裏に、そんな性格を隠していた。


「お爺ちゃん……」


 マロンとレイラがお爺ちゃん子となったのも、彼のそんな性格に由来するものである。小さい頃からグラニスの人となりを見つめ、その優しさに触れて。

 欲しがった物を何でもかんでも買い与えるような人ではないが、金には変えられない優しさを無条件に与えてくれる祖父である。


 物理的に距離こそあるものの、そんな優しさがじんわりと心に沁みてきた。


「じゃから、の。儂らオトナも、戦わんかね」

「そうだ……」

「花の騎士に若いとか年とかあるのか?」

「関係無い。俺が、俺たちが本来は戦うべきなんだ」


 一人の同意の声から波及して、団結の声が高まっていく。一部では不平不満が聞こえたりするが、段々とその声も前向きな言葉へと変わっていった。


「不甲斐ねぇなぁ……」


 アルマスはグラニスと、それに同調するヒトビト見て喜びながらも、歯噛みする。

 自分達だけで敵を討つ事が出来ない、力の至らなさに。


「違うと、思う」

「シャリー?」


 シャルロッテが静かに、否定した。こういった話題に彼女が参加してくるのは珍しく、ゼルレイシエルが名前を呼んで、続く言葉を待った。


「幽霊は集団で戦うから。私達も団結して、あいつら以上の力を超えていかないと、いけないんだと思う」

「……! そう……そうよね」


 いつも一人で特攻を始めるシャルロッテが、協力して戦うという旨の言葉を聞いてゼルレイシエルは感動を覚える。それと同時に、その言葉の内容を深く噛み締めた。

 幽霊の首領はいまだ判明しておらず、この戦いで討てるかもわからない。敵の総数も未知数で、わからない事も多いであろう戦い。

 けれど、決して、独りよがりでは勝てないというのは、明白であった。


「今回の作戦は二人一組、もしくは三人一組が部隊の最小単位となるわねぇ。命懸けの戦いだけど、仲間の命が危なかったら、直ぐに撤退してね」

「全力攻撃でありつつ、いのちだいじに。じゃYO。儂らが生きて帰ることも、若者の為になるんじゃから」


 そう言ってグラニスと同伴しているベリスが、詳しい作戦の内容の続きを語る。

 花の騎士も含めた会議室内の魔法戦士団の面々は、決意に満ちた顔をしていた。幽霊との決着を付けるという、戦いへの。

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