殲滅戦・上

 永夜の山麓地方の全住民に中央神獣院より通達。


 日付・白月地月八日、時刻・一三○○より魔法都市エキドナ及び周辺市町村に住む、幽霊への対抗策を持つ戦力のほぼ全てを動員した大規模作戦を行われたし。

 目的は幽霊の撃退および殲滅である。尚幽霊の王を滅した場合、その時点で作戦は終了したものとして扱うものとする。

 作戦の総指揮官は神獣・酒呑童子。及び代理を茨木童子。


 当作戦の要はエキドナの魔法戦士団及び羅刹劫宮親衛隊であり、彼らを主力として作戦を行う。

 詳しい作戦内容を記した文書を各町村の代表者宅、及び各組織長の元に送付した。戦闘員は各自確認し、疑問がある場合は各町村や組織の代表者を通じて羅刹劫宮及び神獣院・エキドナ支部へと問い合わせること。

 尚、下記に記された条件に当てはまる者は作戦に参加せずとも良いモノとする。


 ・妊婦及び一歳以下の子供を持つ母親

 ・重大な持病を持つ者、及び脚部等の骨折、精神疾患を患っている者

 ―――(以下略)―――



 ********


「大規模作戦って……」

「こんなの初めてじゃない?」

「いえ、過去にも同じく神獣院主導の下で似たようなこともあったけれど……それにしても珍しいことには変わりないわね……」


 ホープ家に届いた一通の封筒。政府から届く正式な文書である事を示す、スミレと百合と藤の花が描かれた印が記されている。この印を神獣院と関係の無いモノが用いれば、即、死刑ともなる絶対的なモノであるため、よほどの詐欺師などであっても手を出すようなことはしない。

 そこに記されているのは、花の騎士の誰も経験したことの無いような驚くべきもので。年長組のゼルレイシエルやアリサですら目を見開いて文面を覗いていた。


「これ、魔法戦士団って書いてあるけど……このタイミングってことは私達の事だったりとか……?」

「たしかに。騎士王に酒呑童子に、鵺に角王……既に四柱も神獣と会ってるしな」

「にしてもヤバいだろこの作戦規模。戦争でも始まるのかってぐらい」


 エキドナとその周辺の市町村の戦える者すべてを動員した、幽霊ファントムの殲滅を目的とした大規模戦闘。後世に伝えられるであろう程の戦い。

 中央大陸全土を支配する神獣院の、本気がそこから見て取れた。


「おぉ……敬愛なる天の花々よ……どうか我々をお守り下さい……」

「ママ、気持ちはわかるけどそれ私達の前で言う?」


 アルマスの言った戦争という言葉を聞き、恐怖を感じたレイラの母親が天の花々に祈りを捧げる。レイラの父親は魔法学園長グラニスの直系の息子で、優れた魔法の才を持っており、緊急時の場合のみ出動する民兵のようなものとしてだが魔法戦士団にも在籍している。仕事は魔法学者や教師ではなく、役所で働く公務員なのだが。

 一方で母親の方はいたって普通の家庭出身であり、争いごとの苦手なおっとりした性格の女性であった。


 なお二人のなれ初めとしては魔法学園で出会い、互いに恋をしての結婚である。ホープ家ほどの魔法使い族の名家ともなれば、跡継ぎの配偶者も同等の家格であったり優れた人物にする……のが暗黙の了解という名の伝統であったのだが。

 その時点の家長であったグラニスが良くも悪くも革新的な人物ということもあり、父親が破門覚悟で結婚をしたいとの報告をしたときに、耳掃除をしながら軽いノリで「あー良いよ良いよ。好きな相手と一緒になるのが一番じゃし」などとのたまったことはホープ家では今でも伝説のエピソードとなっている。


「どこから私達が花の騎士だってことが伝わったのかしら……」

「わりと色んなところで正体バラしてるからなぁ。瞬火の村、俺の故郷、朱衣全の村、騎士王、角王、レイラのご両親と爺さん、酒呑童子……あと萌華さんとグロースブってのと、鵺、か」


 過去の行動を振り返り、あまりにも思い当たる節が多いことを知って軽く絶望するアリサとゼルレイシエル達。疲れたような声を出しつつも、なんだか物理的に距離が近いように見える。


「多いな……」

「多いね」


 そんなに色んな人と会ったかなぁといった表情で、まじまじと文章を見つめるシャルロッテ。穴が開きそうなほど睨んでいるが、いくら睨んでも作戦が覆るものではない。


「鵺はどうなんだろうなー。あのヒトはあんまそういう画策せずに真っ向から潰すタイプだと思うんだけど……」

「よく鵺の肩を持てるな……」

「俺は言われてるほどそんなに怖いヒトだとは思えないんだけどなぁ……」


 アリサの発言にレオンが引きながら横槍を入れる。噂で相当ヤバい存在だと聞いていたが、体育祭で乱入してきた際に遠目からだが、荒ぶる鵺を目撃し、実際に全身が総毛立つような強さを感じた。

 それこそ花の騎士達が総出でかかっても一蹴されるであろう程の。魔獣でもトップクラスの怪力に、ヴォルト達を従えていることによる強力無比かつ広範囲を攻撃できる雷撃。さらには幻人類よりも優れるとされる知能を持ち、神獣故の驚異的な生命力を持つ。

 雷撃を回避できるのは花祝の力を使ってもゼルレイシエルとレオン、それにマロン程度となり、それも連発されれば対処が非常に困難となる。アリサは無効化どころか吸収出来るものの、一人だけでは牙や爪、鞭のように襲いくる尻尾などで容易くやられてしまうであろう。

 鵺の一件後に他の花の騎士も一緒に、イメージトレーニングのように議論してみたもののどうしても勝つことがイメージが湧かない存在であった。


「まぁ良いけど……」


 文化祭の日、偶然起きたとされる謎の停電がヴォルトによって引き起こされたかもしれない……ということは誰にも語っていない。言えば絶対茶化されるのはわかっているのだ。その時の事はゼルレイシエルとの絶対の秘密である。


「ひとまず代表者ってヒトのところに行ってみるしかないんじゃ。戦士団の団長かな?」

「あー……待てよ。連絡来てるかも……」


 母親をなだめつつ建設的な提案をレイラがしたため、これ幸いと携帯端末を開いて話の話題を変えるアリサ。メール機能を開いてみれば、丁度魔法戦士団からメールが届いたところだった。


「全戦士団員に通達、これより本部または各所属支部に集合せよ。大規模作戦の説明を行う為、至急参られたし」

「めんどくせぇ……」「回りくどいことせずに、ぶっ潰しゃ良いのによ……」


 珍しくも意見の合うレオンとマオウ。なのだが、それが互いに嫌だったらしく、マオウは舌打ちをしてレオンはミントタブレットを噛み砕きながら顔を逸らした。他の者からすればそんな彼らこそ面倒くさいのだが。


「そういうわけにもいかないんじゃない? 幽霊との戦いって、ただ単純に戦うわけじゃなくて、魔法を使いながら戦うから妙に疲れやすいし」

「そんなに疲れるー?」

「シャリ―姉とマオウ兄は消費魔力のコントロールが上手いから疲れにくいだけでしょ……」


 魔法学園の初等科を卒業した花の騎士達だが、やはり学園生活の中で一番きつかったのはシャルロッテに魔法学を覚えさせることであった。頭が悪くはあるが、流石に算数や国語レベルは出来るため上半期の頃は一人で理解出来ていたが、下半期ごろの授業になると一人ではついて行けずに頭がショートしているようで。天性の才能なのか、実技の授業ではトップクラスの成績を叩きだすあたり、本当に極端なものであった。


「はいはい、とりあえず皆、準備して行くわよ」

「うい~」

「あら? そう言えばミイネは?」

「ほえ?」


 可愛らしくゼルレイシエルの指示にシャルロッテが答えるなか、ミイネの姿が見当たらないことに気付いてキョロキョロと姿を探す。


「なんでミイネそんなに重武装してるの……」

「皆様に変わって、私がこっかじゅうとやらの親玉を倒そうかと。大丈夫であります。これでも最高成績ですので」

「なんでそう言う所で増長してんのさ、別にいいから!!」

「っちょ、ママー!!」


 自分が装備できる武器一式を背負い、弾薬などを肩にかけながら、どこで学んできたのかドヤ顔で語るミイネ。彼女――この機体が語っている通り、初等科をトップの成績で卒業したのはゼルレイシエルやマオウでもなく、ミイネであった。

 現代の魔法学というのは数学と化学と言語学が合わさった総合的な学問である。上級魔法などの複雑なものは難しいかもしれないが、初等部で習う程度の魔法の計算など、機械であるミイネには容易いモノで。一通りの化学反応についても頭脳に当たる部分に記録されているため、正確無比な魔法の発動でかなりの評価を得ていたのだった。

 魔力の供給を魔石から吸収することに依存していて、そのお金を捻出させるのにリリアを泣かせているのだが。


 ミイネが銃等を背負っているのを見て、持ち直した母親が気を失ってしまい、レイラが叫びながら慌てて支えた。


「頭部に強い衝撃……」

「いったーい!!」


 暴走するミイネを成敗しようとリリアが頭をはたくも、金属製の頭という事もあって両者ともダメージを受けていた。


 なんやかんやと騒がしい仲間達の様子を見て、マオウが一言。


「馬鹿じゃねぇの」

「おまいう」

「殺す」


 レオンが横から喧嘩を売り、マオウが買っていく。そんな形で騒がしさの輪が広がっていくのを頭を抱えながらアリサが見て、嫌そうに唸った。


「ここお前らの家じゃないんだから、いい加減にしろやぁ!!」

「アリサさんの家でも無いでしょ!!!」

「ハイごもっとも! レイラ以外に言ってます!!」

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