舞踏会の夜・下
「むぐむぐむぐむぐ」
「酒まだねぇか? 全然飲み足りねぇ」
立食式の晩餐会も兼ねている舞踏会。巨大なホールの後方部や左側の壁付近にはバイキング的にたくさんのご馳走が所狭しと並べられており、誰もが食べられるように解放されている。和洋折衷の料理で、どれも手が込んでいる。
カプセルのお蔭で熱い食べ物は出来たてのように温かく、冷たいデザートも冷蔵庫などから出したばかりのようにひんやりとしている。
そんな一角で、バクバクと遠慮なく食事に興じているのはマオウとシャルロッテ。入場時に手を繋いでいたが、会場に入るやいなや手を放して猛烈な勢いで料理の山へと特攻して行った。
「俺はあいつらの仲間だとは思われたくねぇぞ」
「もうとっくに認識されてるから諦めろ」
それぞれお茶や柑橘味のジュースを飲みつつ、後方でわき目も振らずに飯を食っている二人の方を睨むレオンとアルマス。やれやれと思って居る所に何人かの綺麗に着飾った女性達が二人の下にやってきた。
「あのー……すみません」
「はい。なんでしょうか」
「よろしければ、私と踊っていただけませんか?」
「私とも、是非!」
おずおずとアルマスに話かける女性達。レオンは半歩ほど下がり、コップの中のジュースを飲み続ける。
「あー……えっと」
アルマスが困ったようにレオンの方を見るが、レオンは露骨に嫌そうな顔をしてあっち行けと言った風にジェスチャーをした。女性に興味など無いので、絡まれたくないのだ。普段は自分の幼く見える容姿を嫌っている所があるが、今回は幸運に思っているようである。
だがそんな上手くことが進むわけもなく。
「あの、レオンさん、ですよね。昨日ステージで歌われていた……」
「……人違いじゃないでしょうか」
「す、すいません! でも、その……とっても綺麗な歌声で感動しました! 良ければ私とその……」
流石に失礼だと思うのか嫌な表情をせずにずっと真顔のままであるが、いつ毒舌が飛び出すかわかったものでは無いと、傍で聞いていたアルマスはずっとヒヤヒヤしていた。
「お待たせしました、レオンさん。っと、お邪魔でしたかね?」
「きゃ! レイラちゃん!」「め、目の前に!」「ふぇ!?」
レオンの肩を背後から叩く手があり、レオンにダンスの相手をお願いしていた女性達は誰だと若干敵意の籠った目線で見るも、それがレイラだとわかった瞬間に黄色い声をあげ始めた。
「こんばんわ~あ、握手でもしましょうか?」
「え! 良いんですか?」「ぜ、ぜひゅい!」「ほ、本物だぁぁぁ」
もはやレオンそっちのけで、レイラのファンサービスを受ける女性達。片手だけの握手かと思いきや、さらに開いた手で包まれるという事までされ、もうそれだけで満足したのか女性達は頭を下げて仲良くどこかへと去って行った。
「ほら、感謝してくれてもいーんですよ?」
「はいはい、あんがとさん」
「全然心籠ってないじゃーん! ま、良いっすけど☆」
レイラが底抜けに明るい笑顔でレオンに話す。遠慮も何もない全力の笑顔は非常に可愛らしく、周りで遠巻きに見ていたヒトビトはモチのロンで、レオンもわずかに照れて顔を逸らした。
「アルマス、一曲だけ踊りましょーっと、あ、皆さんの後でいいや」
「いいのか……んじゃあ、貴女からで……あの、言っときますが俺そんなに上手いわけでも無いですしそれでも良ければでお願いします。あと今ここにいる方としか踊りませんからね。流石に疲れますんで……」
飲み物を取りに行っていたリリアが戻ってきてアルマスをダンスに誘うも、目の前に集っていた女性達の群れを見て能天気に譲った。普段の性格の明るさ通りと言うべきか、リリアはわりとあっさりとした性格をしており、花の騎士の男性陣が女性に迫られていても女性を応援していたりすることもある。アリサの場合はまた別なのだが。
アルマスは女性の一人をエスコートし、ダンスを踊る区画へと歩いて行く。向き合って女性の手を取ると、音楽に合わせてくるりくるりと舞い始めた。
「上手いじゃん流石ぁ」
「お、ゼルシエさん達だ」
丁度アルマスと女性が踊り始めたところでゼルレイシエルとアリサの二人が中央のフロアに入って来た。首から肩が大胆に出たドレスに、いつもは一つにまとめている髪を降ろし、宝石のついたネックレスや耳飾りなどを付けている。女性寮の部屋の明かりや暗い外ではわからなかったが、豪華にもシャンデリアの取り付けられた舞踏会の会場ではその美しさが圧倒的なほどに伝わってくる。
レイラは非常に綺麗であるのだが、美しいというよりも可愛さの印象が強い。一方で二十歳という人間ならば最も美しい年齢ともされるゼルレイシエル。出る所は出て要らない部分は引っ込んでいる抜群のプロポーションもさることながら、整った鼻筋に凛とした切れ長の目などと女性の憧れとも言える、美しさを艶やかさを持っていた。
「綺麗……」
「すごい……」
リリア達の事に気が付いたゼルレイシエルが片手を振った後、頑張ると表現するかのようにガッツポーズのようにして見せる。周囲にいた男性は自分に手を振ったと勘違いしたのか興奮していたが、リリアとレイラの二人は顔を青くして俯いた。
「まったくもう……」
「あー、リリア達か。あれなんだったんだ?」
「気にしなくて良いから!」
ダンス会場の端で、そんな他愛のない会話をする二人。アリサは周囲を見渡して皆が社交ダンスを踊っているのを確認し、ぎこちなくゼルレイシエルに片手を差し出した。
「しゃ、しゃるうぃーダンス?」
「ぷはっ……フフッ、発音が解らないなら無理に使わなくて良いのに。はい、どうぞ。よろしくお願いします」
差し出されたアリサの手を微笑みながら取る。まだ強張っているアリサを、ゼルレイシエルが中央まで連れていき、両手を社交ダンスの形に組み直させた。片手を手に持ち、もう片方の手を腰に当てさせて。
「久しぶりでダンスも忘れてるかもしれないから、その時はごめんなさいね」
「い、いや。それを言えば俺なんか初心者だし……」
ダンスの勉強をして知っていたとはいえ、かなり密着していることに照れるアリサ。一方で大人の余裕というべきか、幼い頃からダンスも習っていたために比較的慣れているゼルレイシエルは、真っ直ぐにアリサの目を見つめている。
「それじゃあ最初はゆっくり踊りましょうか」
「うん」
そして、ゆっくりと踊り始める。
経験の差が違う為にゼルレイシエルの方がリードをしている形であるが、アリサも早く慣れてゼルレイシエルの負担を減らしたいと、必死について行っているのがわかる。
くるり。くるり。くるり。
五分程踊ると、元々の運動神経の良さからかアリサも周りを見る余裕が出てきた。リリア達の所にいつの間にか萌華が居り、楽しそうに談笑をしている。マオウとシャルロッテが何を思ったのかダンスをしていて、どちらもめちゃくちゃ上手いというのにわざと相手の足を踏もうとしたりしている。それを見ていたレオンとアルマスが茶化して遊んでいる。
猛練習の成果もあってか、わりと自然に体が動き始め、アリサは目の前の
「ゼルシエ」
「なに?」
いつも通りの表情で、アリサの方を向く。旅が始まってから、優しい微笑みを浮かべていつも自分の傍に居てくれた
「俺は君の事が好きだ」
自分が一方的に愛していると思って居た相手は、その言葉を聞いた途端に何故か目に涙を浮かべて。
背後に、一瞬だけヴォルトが見えた気がした。
「実は、私もです。アリサ」
次の瞬間、ホールの電気が“偶然”にも消えた。
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