舞踏会の夜・中
「どうしたのアリサ! 真っ赤に顔が腫れてるじゃない!」
「い、いやその……ちょっと転んで……」
「片側だけかと思ったら全部……? もう、気を付けないと駄目じゃない」
魔法学園の庭の一角で花の騎士一行が待ち合わせしていた。顔の半分を真っ赤にしたアリサを見て悲鳴にも近い驚きの声をあげたゼルレイシエルが、慌てて近寄り、具合を確かめる。顔が近いと感じたのかアリサは残り半分の顔も赤くなり、そんな姿を見た他の女性陣にニヤニヤと笑われていた。
「とりあえず冷やさないと……ちょっと待ってて」
「お、おう……」
花祝の力で氷水を作るため、一目の無い所を探して駆けていくゼルシエ。女性らしさと美しさが際立つ黒いスカート丈の長いドレスを身に纏っており、ヒールも履いているために走る事までは出来ていないのだが。
女性一人だけでは危ないと、ひとまず一緒に集合していたミイネもゼルレイシエルについて行った。
「それで、なんでアリサさんは顔が腫れてるわけ? そこんところ教えて頂戴プリーズ♪」
「う、うん……ちょっと耳貸してくれ」
「ほいほい」
超が付くほどの美人であるレイラも、顔にメイクを施して露出を押さえた黄色を主体としたドレスを身に纏っている。自身の持ち味を熟知しているからこそのドレスやメイクなのだろう。寒さを抑える為に厚手のショールなどを身に着けているが。近く寄られて、女性の扱いには慣れている方のアルマスですらドギマギしていた。
アルマスは顔を一度逸らすのに合わせてアリサの方を一瞥した。露骨に「言うなよ」と怒っているようだが、リリアとシャルロッテも興味を引かれて近寄ってきたのを見て、これ以上は堪ったもんじゃないと教える事にした。
「実は……」
「ふむふむ」「ほう」「?」
「聞こえてんぞアルマス!!」
聴覚の良いアリサが内容を聞き取って止めようとしているものの、面白がったマオウが後ろから羽交い絞めにした為に妨害できず、アルマスが説明を終えてしまった。
「あっははははは!!」
「ほ、ほんとに今更じゃん! ふふふっ」
「コイかー。なるほどー」
「シャリ―ほんとにわかってる?」
男性陣に呆れられ、女性陣に笑われるアリサである。ここまで来るといっそ不憫ではあるものの、自身の気持ちにすら気づいていなかったのだから仕方ないとも言える。本人はふて腐れているが。
「なんでこれから舞踏会があるってのに気分悪くしないといけねぇんだ……」
「ごめんごめん。アリサ兄が面白かったもんだから」
「そういう面白いは求めて無いから」
リリアの弁解に落ち込みながら即否定するアリサ。周りで聞いていた者からすれば面白いのは良いのかとなるが。アリサはしばらくそのまま顔を伏せ、何事かを考え込む。三十秒ほど経過して顔を上げると、妙に勇ましい顔になっていた。
「決めた」
「どうしたの?」
ビニール袋を二重にしたものに氷水を入れた簡易的なアイシング用の袋を持ち、ゼルレイシエルが帰ってきたところであった。勇ましい表情と同じく勇ましい声で放たれた一声を聞かれ、背後からゼルレイシエルに声かけられたアリサは「ヴンッ!?」などと変な声を漏らして、その場で垂直跳びをする。
「えぇ……!?」「ふふっふふふ……ッ」「なんだおめぇほんとに今日、くっ……くふゥ」「九十五点……ぷふっ……」「ヒーっ! ……漫画みたいなリアクション……駄目……お腹痛い……」
急に披露された反応が面白かったようで、アリサと今来たばかりのゼルレイシエル以外の花の騎士がみんなお腹を抱えて爆笑していた。図らずもヒトを笑顔に出来たわけだが、内容が内容なのでアリサは再び拗ねた顔になる。
「良くわからないけど……はい、アイシング。顔に当てて腫れが引くまで、とりあえずどこか座ってましょう」
「わかった」
「うえー! お腹減った!」
途端にお腹を空かせたシャルロッテが抗議の声をあげる。舞踏会ということでシャルロッテもドレスを着せようとしていたのだが、本当に嫌だという具合で尋常でないレベルで嫌がられた為に、仕方がなくせめてある程度のおしゃれをさせようと、ロングスカートなどで妥協させて着せている。外見は整えられていても、子どもっぽく感じる内面はそのままなのだが。
「シャリ―達は先に行ってて良いわよ。私はアリサが治ってから行くから」
「別に大丈夫だが……」
「どのみちアリサが居ないと会場に入れないんだから。良いのよ」
「すまん」
「ごめんなさいと思ってるのなら、自分の体は大事にしてね?」
「おぉぉぉ」「流石……」「流れるように……」
仲間達から零れる感嘆の声の意味が解らず、ゼルレイシエルはレイラなどの顔をボーっと眺める。数秒後に眉間に皺が少しだけ寄り、次の瞬間には寒さを感じないはずの顔が真っ赤に染まった。
「ち、ちが! そ、そういうのじゃ無いから!!」
自身の眼前で手をわちゃわちゃと動かし、ゼルレイシエルが慌てて否定する。しかしそんな彼女を見たレイラとリリアの二人は、かなり失礼ながらも白い溜息をついて、ゼルレイシエルを茶化した。
「ワンパターンだなぁゼル姉もー!」
「わ、ワンパターン!?」
「可愛いと思うけど、もっと反応のレパートリー増やさないと、ねぇ?」
「ねー」
顔を見合わせて息ピッタリに煽る。対象のゼルレイシエルはと言うと、先ほどよりもさらに赤く顔が染まっていて。ついでに憤りからか頬もむくれているために、いつもより美しい恰好をしていたはずが、可愛らしい姿になってしまった。
「もう! 今日という今日は許さないから!!」
「あはははっ! 私達先行ってるからー!!」
「おーい、待てって!」
仲良く駆けていくリリアとレイラを見送り、ゼルレイシエルは怒りながらもアリサを連れて近くのベンチに座る。残った五人がそれについて行き、ミイネも自室へと戻っていくのでお礼を言って見送った。
他の花の騎士達が意識的に寒さを感じように花祝の力を調節し、火照った顔を冷ましていると、アリサが空いた方の自分の手の平をジッと見つめていることに気が付いた。
「どうしたの?」
「んー? 俺でもこんなこと思うんだなぁって」
「え?」
「いや、なんでもない」
はぐらかされたものの、その表情は至って真面目で。何があったのかは気になるものの、これ以上は追及せずにアリサの手を自分も見つめた。
復讐の為に、強くなる為に刀剣を振り続け、皮膚が硬くなった手。手当の為にマオウの手やアルマスの手を触れたことがあるが、彼らはそこまで硬く感じることも無かった。ゼルレイシエルが知る中で硬くなっているのは、アリサとレオン、それにシャルロッテとリリアの四人である。
勿論、マオウも生まれながらの筋力の影響で変化が薄いだけで、今の強さに至るまでに相当な訓練を経てきたのだろうと思うのだが。ゼルレイシエルは戦う為に硬くなってしまったアリサのような手がとても愛おしく感じた。
戦いの為に銃の扱いを磨いてきた。近づくことは危険だからと、遠くから攻撃するための戦い方。父にどうしても戦いたいならば銃にでもしなさいと、未熟な頃から実弾を使わせて貰えた。
大和でも有数の名家であるヴァルキュリア家だからこそ、そんな無駄とも言える練習が可能だったのだと思う。実弾一発でも金がかかるのだ。旅をして、一般的な家庭の実情を目の当たりにして、お金が無いと言う事を経験して初めて心から理解出来た。
貶しているわけではなく、戦う為に自分の体を磨き上げて戦う者達を今では心から尊敬している。酷く端的に言えば、銃は狙いを定めて引き金を引くだけだ。勿論、簡単だと嘲られれば断固として否定し、反論するものの。
強くなるためにボロボロになるまで戦い、得物を振り続け、どうすればさらに強くなれるのかと考え続けること。それを何百回、何千回。何万回も繰り返してやっと辿りつける境地。強くなったとしても上には上がいて、その道を選んだ以上は容易く変える事も出来ず。それでも尚諦めずに挑み続ける彼らを、誇り高く、美しいと思えないことがあろうか。
「ゼルシエ?」
「え? な、何かしら」
「なんだか心ここにあらずって感じに見えたから……」
「大丈夫よ。ちょっと考えごとをしていただけ」
「そっか……」
アリサの手を見ながら気恥ずかしいことを考えていたなど言えるはずも無く、ゼルレイシエルはわずかに紅潮した顔を伏せて隠した。
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