舞踏会の夜・上
吸血鬼ドラキュラのモデルとなったワラキア公ヴラド三世。オスマン帝国との戦いのおいて多数のオスマン兵を串刺し刑とし、後にツェペシュ(ルーマニア語。日本語では串刺し公と言う)と呼ばれて恐れられた男だ。
オスマン帝国は串刺し刑となったオスマン兵の山を見て戦意喪失し、撤退した。ヴラド三世は自国兵の退路を断たせて奮起させるために敵兵の串刺しを行ったと言われるが、結果として戦わずして勝ったのである。(無論、それ以前にオスマン帝国との戦いを行っているが)
(中略)
ヴラド三世がドラキュラと呼ばれることは、彼の父であるヴラド二世がドラゴン騎士団の騎士に叙任されたことによる。このドラゴンが由来し、ドラキュラという添え名が生まれたのだ。ドラゴン騎士団はハンガリーの王であるジギスムントや妃のバルバラ・ツェリスカが創設した、れっきとした騎士団である。
彼もそんなドラゴン騎士団の一員だ。彼は一国の王でありつつ、ハンガリー王国に忠誠を誓う騎士の一人であった。その人生の多くが、オスマン帝国への復讐の為にあったとはいえ――
********
文化祭最終日の夜。
三日間に及ぶ文化祭は夕方には終わりをつげ、騒々しさも徐々に収まりつつある。なのだが、学園を包む空気は妙にどこか浮き足立っており、塔内のすべてが何かを待っているような雰囲気すらある。
さて、男子寮の一室でも妙に興奮している野郎がおり、ベッドに置かれた服を見ては枕にヘッドバッドをかまし、うむむと唸りながら右往左往している。現在は見栄えそこそこに着替えやすい着崩し方をした浴衣を着ていて、ベッドの上には
「うーうーさっきからうるせぇな!!」
「だって仕方ねぇじゃん緊張すんだもんよ!!」
洒落た黒いタキシードが置かれている。
業を煮やしたマオウに怒鳴られたのが誰かと言えば、つい昨日、マオウを説教していたアリサであった。時刻的には一日も経っていないためあまりにも早い立場逆転である。
部屋の中にはレオンも含めた男子勢全員が揃っており、他三人が落ち着いている中で独りだけアリサだけが妙にそわそわしていた。
「むしろマオウはともかくとして、レオンとかアルマスが落ち着きすぎでは? なんなのお前ら」
「俺はさっきので疲れてるし踊らねーつった」
「それでいいのかよ……」
「これ以上注目浴びてどうすんだめんどくせー」
ぐだっとだらしない姿勢でソファにもたれながら、気怠そうに答えるレオン。やはりヒトというものは慣れないことをすると変に疲れるもので。体力は割とある方なのだがそれを凌駕する倦怠感がレオンを襲っていた。
「甘いもんでも食べるか? チョコとかでも」
「要らね。ちと十五分ぐらい寝るわ」
ふらつきながら起き上ってレオンは自分のベッドに戻っていく。あまりに足取りが不安定なため見ている方が心配にもなってくるが、しっかりベッドに戻って自分で横になったためにアリサは良しとした。
レオンを見送ったのち、アリサはジトッとした目でアルマスを睨む。バツが悪そうにアリサの目線から顔を背けると、ボソッと呟いた。
「体術なら見よう見まねで習得出来るし……」
「体術!? ダンスって拳法とかと同じ枠組みなのか!?」
「……俺の感覚ではな」
「はぁ~? 意味わかんね。てかそれ緊張してない理由になってねぇ!」
キレ気味で放たれたストレートパンチというツッコミを、いともたやすく手を捻るだけで明後日の方向にいなすアルマス。相手の力量を信頼しているからこその遠慮の無い一撃だったが、あまりにも遠慮が無さ過ぎてか、アルマスはお返しとばかりに鳩尾に軽めのフックをお見舞いした。
「うぐおぉぉ……」
「お前こそ誰かに怒られろ」
「まぁ今のは完全に八つ当たりみたいなもんだしな……」
昨夜はマオウが腹が減った為にアリサに八つ当たりしてしまったが、今度はアリサがアルマスに攻撃する始末で。説教をされたマオウは勿論だが、部屋の外に出て時間つぶしをさせられたアルマスも好感度が下がるには十分であった。そのうちこんなことも笑い話になるのだろうと思っている為、根に持つようなこともしないが。
第一、アリサと違って二人とも鈍感などでないため、何を悩んだり迷っているのかもあたり前のように察している。幼少期のトラウマから自分の技量を磨くだけの生活をしていたのも知っているため、この後のイベントは勇気なども居るだろうと想像はつく。
「すまん、なんか落ち着かなくてさ……」
「殴られて正気に戻ったか。今度からぶっ飛ばせば良いな」
「アルマスとかレオンの拳ならまだ良いけど、マオウのは勘弁してくれ……」
鳩尾を押さえて立ち上がりつつ、マオウの申し分を断る。レオンは比較的に
「じゃあリリアのやつで」
「勘弁してつかぁさい……ほんとにすまん……」
かなり落ち込んだ様子でマオウとアルマスに平謝りするアリサ。溜飲がいくらか下がったマオウは、クカカと機嫌よく笑った。
「今までも色々と行事だのあったけど、女性を誘って踊るってのが……」
「何今更照れてんだよ」
「今更では……?」
「えぇ!?」
アルマスとマオウに言わせてみれば、なんだお前という話で。一行の中では一番仲が進展しているだろうに、まったく自覚していないのだから腹パンでもしたくなる話であった。
「散々っぱらイチャイチャしてるくせに、ほんとなんなんだよ……」
「い、イチャイチャ!?」
「お前の故郷の時も
「えぇぇ!?」
全力で驚いた様子のアリサを見て、ウゼェと顔を顰める二人。女性との恋愛などに微塵も興味がないマオウすらムカつくのだから、他人にこの光景を見せれば袋叩きに合いそうである。
あまりの鈍感のウザさに、もはや一度そうなれば? という感じだが。
「俺……ゼルシエと……」
「すまないが、お前呼びさせて欲しい。……お前ほんとにウザいな」
「はぁ……」
「ちょ、待って!」
花の騎士一行の中でも(肉の事以外なら)冷静なアルマスも毒舌を浴びせるレベルで。氷のように冷めた目線をマオウと共にアリサにぶつけている。
アリサと言えばやたらめったらに取り乱しているが。
「え、じゃあ……俺って、あの女(ヒト)のことが……」
「はぁぁぁぁぁぁぁ……うぜぇぇぇ……」
「一度とは言わねぇ、二度死ね」
「ひでぇ!」
衝撃の事実に気づいて動転しているところに、罵詈雑言を次々と投げつけられて悲鳴をあげるアリサ。やさぐれたような表情で顔を背けていた二人が、酷いと言うアリサの声で振り向くと微妙に驚いた表情になった。
そんな変化に気付いたアリサが後ろを振り向くと、丸めた雑誌を手に持った非常に不機嫌な顔のレオンが立っていて。
「うるせぇ寝かせろ」
スパァンと良い音を立ててアリサの頬を叩き抜くのであった。
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