狐と歌姫はかくもなく・上
降霊術とは外来用語でシャーマニズムとも言い、宗教や地域によって形式は違えどあの世などと言われる場所から故人の魂――霊魂を現世に呼び出す術である。
七法において陰行第二位の術とされ、最も天の恵みから離れた、「ヒトの力」による技術となっている。
死んだ者の魂を呼び起こし、元は荒ぶる魂を制する為に編み出されたと言われる。だが、時に霊魂を悪用して、死者と生者のどちらも苦しめる者も居る。
よほど強い力を持つ霊魂でもなければ常人には知覚することも出来ず、才能を持つものも酷く稀にしか居ないことから、才能があると広言している人物を胡散臭そうに白い目で見ることも多い。
七法の中でも特に酷い弾圧や偏見を受けていると言えるだろう。同じ陰行の術である呪法も迫害を受けるとされるが、生き辛さでは降霊術の使い手が勝ると思われる。なにせ才能いかんによっては、常に浮遊霊や地縛霊といった、現世に漂う霊魂が見え、その声が聞こえてくるのだから。
善き霊であれば害は限りなく少なく済むものの、強力無比な悪霊を相手にする場合は術者にも命の危険が伴う。術者本人への危険性というのは陰行の術全般に言えることだが、自身の才能や技術でなく悪霊の力の強さも事故等に関係するという点もあるため、魔術や呪術よりも危険と言えるだろう。
それが八十年ほど前の、降霊術の評価であった。――
『降霊術の興りから滅亡まで』より
********
「美味しいねー! ハナ!」「もぐもぐもぐもぐ」
「
「「はーい」」
ふわりふわりと、不思議な柔らかな歩き方をする純白の髪の女。見目が美しいこともさることながらどこか浮世離れした雰囲気を持っており、先を歩く子供に優しく声をかけているものの、どこか近寄りがたい感覚を受け、行く先の人々が道を開けていく。
「息抜きに皆の居るエキドナに跳んで来たけれど……凄いヒトの数」
「こわーい」「すごい!」
見た目は人間であれば七歳や八歳ほどであろう、小さな男の子と女の子の二人組がリンゴ飴やチョコバナナなどを頬張りながら、仲良く女性の前を歩いている。女の子の方はいわゆるおさげ髪をしており、男の子は少し癖っ気のあるショートヘアーだ。
見れば女性も女の子と同じくおさげ髪で、落ち着いた言動ながら可愛らしさも感じさせる。
「そうだね……修学旅行先なんかを、思い出すかも」
「しゅーがくりょこーって何―?」「聞かせて!」
「……夜にでも聞かせてあげる。と、二人とも、ちょっと止まって」
「どうしたの?」と二人が立ちどまって振り返った所で、ポケットからハンカチを取り出して女性は二人の口元を拭ってあげる。
「マオウどうしたの? 体調でも悪い?」
「……なんでもねぇさ」
「大丈夫だよゼルシエ。ちょっとへそ曲げてるだけだ」
「マオウがへそを曲げるって何があったのよ……」
隣の道で、七人組の男女が談笑をしながら歩いて行く。花の騎士一行だ。
マロン及びレイラとレオンの姿は見当たらず、後ろの方をミイネが無言で付き従っている。何を考えているかはわからないというかわかりたくないが、何を見ているかはアリサにもすぐわかった。
「リリアちゃ、あれ買って!」
「まだ食べる!?」
「だめー?」
「ヴッ……わ、わかったよぅ……シャリ―姉最近あざとい……」
アホの子なりに学習したのか、財布を握っているリリアに上目使いでねだるシャルロッテ。瞬火の村でも猫人族の少女に萌えていたところもあり、どうにもリリアにはロリコンの気があるようだ。
「むー……」
「良し拭けた。バタバタして他のヒトに食べ物つけたりしないようにね」
「「はーい」」
ハナと呼ばれた女性が双子の口元を吹き終わった頃、花の騎士一行は遠くの方まで歩いていた。しゃがんでいたためかヒトの波に隠れて姿が見えなかったのだろう。三人の居る場所だけ不思議と空間が開いているとは言っても、身長が高くなければ隣同士の道とはいえ、露天を挟んだ空間の把握など出来るはずもなく。一行で最も背の高いマオウも、珍しく意気消沈していて周りを見るような状態では無かったため結局誰も気が付かなかった。
「あ、こんにちは」
「……なんで貴女がココに居るの……」
「聞いたんでしょう? あの子達のこと。話すのは構わないけれど……まだ、時では無いよ」
「そう言われても。私にはどうしようも無いです」
ハナが立ち上がると、背後で硬直していた女性にごく自然に話かける。七尾の尾持つ人狐族の女。篠生 萌華を名乗る“九尾”の人狐族である。
「あ、そう言えばココに私が居る理由ね。それはまったくの偶然。なんとなくあの子達の様子を見に来ただけで……あなた達が張ってるのは、知ってたけど」
「相変わらず食えない
「あの子達のお蔭でね」
ハナそう言って、悲しそうにはにかむ。そんな姿を見た双子が心配そうな顔で自分を見ているのに気付いて、二人の頭を軽く撫でてあげる。萌華は頭痛がするという様に頭を押さえ、実際に気怠そうに溜息をついた。
「はぁ……わかりました。まだとどまるように説得はしておきますが、過度に期待しないでくださいね」
「ありがとう。……最近目に余るのはたしかにそうなんだけどね……」
「私には理解できないでしょうしもう結構です。……あ、お礼にと言うのもなんですが」
いいことを思いついたと萌華はポンと手を叩いた。ハナがどんなことを頼んでくるのかと勘ぐっていると、ハナの両手に自信の手を重ねて軽く握った。
急に手を握られればなんだと思って目を丸くするという物で。
「どうなさったんですか?」
「今日の夜の後夜祭なんですが、私と一緒に会場に入っていただけませんか。入った後は結構ですので」
「はぁ……それぐらいなら大丈夫ですが……」
やったと素直に喜ぶ姿を見せる萌華。割と本気で嬉しいことだったのか、尻尾を小さいながらも左右に振っているのをハナは見逃さなかった。とりあえずなんであろうが、花の騎士達を支援出来るならば萌華の頼みを聞いてあげようとハナは考える。
普段クールな性格だと思っていた彼女があからさまに喜んでいるのを見て、可愛いと思ったという部分もあるが決して相手や自分の名誉の為にも口には出さない。
萌華はハッとしてハナの手を離すと、周囲を見渡しつつ耳を澄ませた。右斜め前あたりの方向を向いたところでピンと耳を張った。
「それじゃあ私達は彼らを追いかけないといけないですから。これで」
萌華はそれだけ言ってハナと双子たちに向かって軽くお辞儀をすると、足早に雑踏を駆けて行った。七本の尾を揺らしながら遠ざかっていく知人を見て、ハナは少しだけ寂しさを覚える。
「ハナ……」「僕たちも、傍に居るから」
「ありがとう。もう少しだもんね。大丈夫」
破邪の騎士は朗らかに笑う。
「私達も見てみようか。レイラちゃんのライブ。まだ時間あるけど……それを見てから、またお願いね」
「わかったー」「わかたん」
双子はそう言ってそれぞれ別の方の手をハナに向ける。仕方ないなぁと笑って、まるで親子のように、両手でそれぞれの手を握ってゆっくりと歩きだした。
◆◇◆◇
『ハロー! エブリワン! アイム、レイラ・ホープ! とかって! ま、言葉より先に歌の方が刺さるよね! 一曲目~!』
超満員の会場内で、緊張の声音も見せずにハイテンションで一曲目のタイトルを叫ぶレイラ。フリル付きの可愛らしい衣装ながら、満開の笑顔でファン達に笑いかけている。
観客席はペンライトを持ったファン達で埋め尽くされており、レイラが舞台上に上がった時から思い思いの歓声をあげている。中には手作りと思わしきレイラの名前やらモールなどのついたうちわを持ったファンなども居る。
勿論リリアもそんな集団の一員である。
ライブの始まりという事もあってアップテンポな曲だ。音楽はロックのような感じであるが、へヴィメタルほど騒がしいような曲でも無い。歌詞の内容としては非常に希望に溢れた歌で、悲しい時に聞けば元気が出るなと思わせられるものである。
「良い曲だなぁ。こんなん歌うのか」
「聞いたこと無かった?」
「なんつーかその。アレに精一杯で、他のことに興味示してこなかったもんだからつい……息抜きで雑学は良く知ってるようなったが……」
リリア以外の花の騎士達が居るのはサブの会場。レイラ本人が歌っている場所とは異なり、大きな音を立てなければ飲食も可能な緩い会場である。ライブはステージ上で立体型スクリーンに映し出されており、レイラの歌声もスピーカーから流されている。そこそこ最新の技術であるが生で見て聞くことと遜色ないとアリサは感じる。
ガチなファンを広言しているリリアにはあり得ないと一蹴され、メインライブ会場で観覧可能になるチケットをいつの間にか入手していたのだが。
メイン会場にいるレイラとリリアと合わせて、レオンも居ないのだがその理由は一行の中でも周知のことだ。
「あら皆さん、こんなところに。偶然ですね」
「またテメェかクソ狐、追いかけまわしやがって。尻尾の毛毟ってやろうか」
「なんて野蛮なのでしょう。これだから人狼は……」
「グルルルルルル……」
「キュゥゥゥゥゥッ……」
顔を合わせるやいなや、互いに暴言を吐き合うアルマスと萌華。もはや狼と狐なのに犬猿の仲な二人である。何をどうすればここまで仲が悪くなるのかわからないが、もう何度も経験している状況であるため面倒くさそうにしつつ、萌華をアルマスから離れた場所に座らせた。
よくよく考えて見ればメインとは違ってサブの会場は複数個存在ずるため、こうも偶然に出会うというのは考えにくいのだが……萌華と鉢合う状況も何度も経験しているため、もう考えない様にしているのが現状である。もっとも、今回の場合は人が一番少ないと思われた露店街から一番離れた会場に一行もいたため、同じことを考えていたと考えれば納得も行くが。
危害を加えてくるわけでも無く(アルマスとの不仲は例外として)、いつの間にか居ると思えば他愛のない会話をしているのが
そもそもの目の前の重要な問題として、金策であるとか試験におけるシャルロッテの勉強、『
問題を解決するために無理をすれば良いと言う話でも無く、むしろ効率的に消化するために英気を養えるようにと、各々の自由時間がしっかりとれるように心がけている。そういうこともあって、花の騎士であることは萌華に仕方がなくも教えているが。花祝の力や天の花々との関係などについては、既に教えていること以上のことは語らない様にしている。
「萌華さんは後夜祭に出席されるのでありますか?」
ふとミイネが萌華に尋ねた。わりとデリケートな問題であるためゼルレイシエルが微妙に眉を顰めるも、萌華はニコリと笑って答える。
「ちょっとミイネ……」
「いえ、大丈夫ですよ。……行くのは面倒ですけど、行かないのはもっと面倒くさいでしょうし、知り合いも来てるのでそれで済ませようかと」
「なるほど」
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