狐と歌姫はかくもなく・下
変な伝統の多いエキドナの魔法学園。そんな伝統の最たるものの一つとして、文化祭における後夜祭への参加条件がある。機械ゆえかデリカシーが無いとも評されるミイネは、真面目な顔をしながらヒトによっては傷付く質問を投げかけ、ゼルレイシエルの肝を冷やさせた。
「皆さんはどうなさるんですか?いつもいらっしゃる方々で考えると……女性が一人……」
「それは私が。特にメリットもデメリットも無いでありますし」
「そうですか……? ……うん?」
なんだか釈然としない様子で目を瞑って唸る萌華。自身が考えているデメリットが見方によってはメリットと言えなくもないが、どちらも無いとはどういう意味なのだろうと不思議に感じたのだった。
「ミイネは一途に遠距離恋愛中だからな。あんまり気にならないとかだっけ?」
「遠距離恋愛……? とは「ミイネったらとぼけるの上手なんだから」
アリサとゼルレイシエルの協力プレーでなんとかはぐらかす。一応ミイネのアンドロイドという正体についても秘密にしているのだった。勿論、素人の大根演技であるため嘘だと言うことは余裕で見抜かれているのだが。
「とりあえず俺達は……男女ペアとかで参加しようかなと。男同士で手ェ繋ぐとか嫌だし……」
アリサが隣のアルマスやらマオウをチラリと見ながら言う。だいぶ嫌そうな感情が籠った目で見られたためモヤッとするものはあるが、言っていることはかなり共感するので二人はとりあえず頷く。
するとすかさず、
「私は良いと思うであります「ミイネは黙っとこうな」はい」
ミイネが割り込んできたのでアルマスが語気強めに命令して黙らせた。単純に男同士で手を組むだけなら良いのだが、後夜祭会場に入る為には“カップルとして二人組で手を繋ぎながら”でないといけないという条件があり、かなり変な誤解を受けかねないのだ。LGBTも尊重しているため同性同士のペアでも可能なのだが、既にミイネに何度変な事を言われたかもわからない花の騎士の男性陣としては絶対に避けたいことであった。
「そうだ。私の実家からお菓子が届いたんです。皆さんいかがですか」
「お菓子!」
萌華がポケットから数回使い切りの安価なカプセルを取りだして両手で丁寧に開ける。お菓子と聞いて、興味無さそうにしていたシャルロッテがすぐさま萌華の方に体を向けた。
「はい。狐葉堂名物の水まんじゅうです」
「冬に水まんじゅうって……」
シャルロッテの表情にちょろいちょろいと萌華が思いつつ、お菓子を取り出したところでアルマスから入る野次。いつもの性格の良さはどこへやら、人狐族相手になると酷く意地の悪くなるアルマスであった。
煽りを意にも返さず、逆に煽り変えすような口調で自分の知識をひけらかす。
「あら、御存じないですか? 水まんじゅうって元々は冬の食べ物なんですよ?」
「そうなの?」
「えぇ。水まんじゅうというより、葛を使った食べ物なんですけど。葛餅とかは痛みやすいですから、冷蔵技術が発展していなかった昔は冬しか食べられなかったらしいです」
「ほー」
そんな豆知識を聞いて興味深そうに頷くゼルレイシエルとアリサ。一方煽ったアルマスは恥をかいた為に、低く呻きながらそっぽを向いた。
「ミイネさんはいかがですか?」
「いえ、私は結構ですのでシャリ―姉様にでも」
「そうですか……」
一応ミイネにも進めるが、やはり食べることは無い。レオンが一緒に居ない場合に、ミイネに何か食べさせられたことは一度も無いのだ。なんとも言えない気分になるが、顔には出さない。
「まわりがぷるぷるしてて甘い!」
「もう一個食べますか?」
「食べる!」
満面の笑みを浮かべて萌華から追加の水まんじゅうを貰うシャルロッテ。恥らいというものがないのか、遠慮なく一口で水まんじゅうを口に放り込むと、とても幸せそうに水まんじゅうを食べる。
あまりに美味しそうに食べているためか、元々全部のお菓子を渡して餌付けというわけでもないが懐柔しようとしていたのだが、観察している自分までお腹が食べたくなってしまい、残りの一個に竹楊枝を刺した。
(うぅ、渡すためにわざわざ裏羽に頼んだのに……この子の食べ方が美味しそうだから……また運動しないと……)
などと、心の中で微妙に涙を流しながら水まんじゅうを頬張る萌華であった。
「美味しいぃ……」
☆
『さあみんなー! 惜しむらくも、あと残り二曲になります!』
「「えー!!」」
『そしてラストに私と一緒に歌う方がいらっしゃるのデース!』
ザワザワと会場内がざわめく。昨日の歌謡大会を見ていればどんな人物かはわかるため、期待半分嫉妬半分のような状況だ。
『突如現れた、脅威の歌唱力を持つ男。レオンさんでーす!!』
レイラの紹介をうけて舞台袖から歩いてくる小柄な人影。すぐさまスポットライトが当てられ、眩しさで目を細めつつだが、堂々とステージ上を歩んできた。
『俺はレオンって言います。身長は低いですが……レイラさんより年上ではありますんで。そんな感じで』
『もっと良いですかー? 自己紹介?』
『緊張してるんで、歌わせて貰えるとありがたいですね』
『それもそうですね! 百聞は一見にしかず、いや百見は一聞にしかずって感じでしょうか! それじゃあ、まず一曲目を!』
そう言って流れたのは、マロンがライブで毎回歌う曲にしてデビュー曲。歌詞などが酷く稚拙で世間一般の評価は低いが、最も感情の籠った歌。
デビュー時と比べて曲もリミックスされているが、悲しげな印象の残る歌であるのは変わっておらず、ゆったりとした伴奏がホール中に響く。
二十秒ほど音楽が鳴って、レイラから、歌い始めた。
『星々があなたを見おろす中、
夢を語ったあなたの瞳に私は映っていました。
夢を語った私の瞳にあなたは映っていました。』
歌うレイラの頬に、一筋だけ涙が伝う。
本来ならば事故とも言えるのだが、レイラは構わず歌い続ける。
心の中で思い浮かべられるのは、小さな頃に双子の妹と交わした他愛のない会話。眠かったけれどなんだか二人とも寝れなくて、両親に内緒でベランダで空を見た記憶。
歌詞に星と書いてあるが、そう言えばエキドナでは星は見えなかったなと。なんとなく寂しくなる。
『あのときのあなたは一人で一人。
いまのあなたは二人で一人。』
レオンの優しい声色が隣から聞こえて、ステージ脇のスピーカーからも聞こえてくる。
『辛い日もうれしい日も悲しい日も、
いつもあなたと一緒。』
レオンの歌声は傷付いた心に対して、酷く突き刺さるものだと思う。
突き刺さって、広がって、じんわりと心を癒してくれる。優しさで出来た、素晴らしい声。
初めて耳にしたときから、虜になってしまった。
『『あの日の言葉はうれしくて悲しくて苦しかった。』』
歌声に癒されながら、自分の歌声で傷つけていく。
傷付いた先から治るから、いくらでも感情が歌に乗せられた。
『『それでもあなたが好きってことは変わらなかった。
あなたが私をどう思っているのか。
私があなたをどう思っているのか。』』
これはレイラとマロンという二人の姉妹を書いた歌。
レイラにとっての贖罪であり、マロンにとっての慰めの歌。
自分が事故に会っていなければ、すぐに死んでいればこんな事態にはならなかったのだから。妹を、苦しませたくなど無かった。
あぁ、癒されていく。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
どうか。
『『すぐにわかるよ。
あなたと私は一つだから』』
私を、恨んで下さい。
デュエット曲の一つが終わった。会場中からすすり泣く声などが聞こえ、ぱちぱちと控えめながらも、人数の多さから盛大な拍手が鳴り響いた。
泣き声や拍手はメイン会場だけに限らず、サブの会場からも、会場の前の廊下で立ちどまって聞いていた人々からも巻き起こった。
レイラは気が抜けたのか、ステージ上にへたりこむ。
それを見たレオンが、マイクの電源を切って「大丈夫か」と話かけると、レイラは気を取り戻して笑顔を作る。
レイラはアイドルなのだ。
人々に感動や勇気を与える存在だと再認識して。
勢いよく立ち上がる。
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