魔法都市エキドナ・下

「……案外ここだと人間だと思われないもんなんだな」

「エキドナが近いし、今は秋服で肌も隠れてるから……魔法使い族だと思われてるんじゃないかな」


 ローブに付属したフードをすっぽりと被り、冷静にレオンの台詞に言葉を返すレイラ。影潜みの村には宿があったためそこに金を払って泊まり、夜が明けた翌日の昼にはもう出発することとなった。

 マロンは宿についた後は泥のように眠りについたため夕食は取らず、宿屋に併設された食堂などに顔を出すことがなかった。食堂では夜は酒を飲む客などがいたが、朝は花の騎士達しか客が居なかったため食堂の女将にしか顔を見られることが無かったのである。微妙に幸運だったと人知れずレイラは嘆息していた。


 九人は村の正門へと向かって歩く。門の内側には昨日の蜥蜴人が立っており、足音を聞いて気が付いたのか、不意に九人の方を向いて睨みを利かせた。とはいえ殺気などではなく、怒りや警戒心というものが主な視線の構成要素であったが。


「お前らほんとに魔法使い族なのかよ。明らかにエキドナとは違う方向から来たしよぉ」

「うるせぇぞテメェ。散々そう言ってんだろうが」

「お前みてぇなゴリゴリな魔法使い族が居てたまるかってんだよ馬鹿が!」

「殺す」


 指を鳴らして蜥蜴人を殴りかかろうとするマオウの前に立ち塞がり、慌てて止めに入る仲間たち。


「邪魔だ! 売られた喧嘩は買わなきゃ気がすまねぇ」

「どこのヤンキーだよ! 良いからさっさとエキドナにい……帰らないといけないんだからやめろって!」

「戦うわきゃねぇだろ。お前らが魔法使いじゃなく、異常に強い戦士だっつーことくらい、気配でわかる」


 蜥蜴人の言葉にピタリと立ち止まる前衛の戦士達。蜥蜴人は呆れたように呟く。


「何で隠してるかは知らんが、明らかにお前らは武器持って戦いますオーラが出てんだよ。手袋くらいでもしとけよ。あらかたエキドナでなんかしようとしてんだろうが、俺みたいな戦士だとすぐに嘘だと見破れら」

「うーん、たしかにそうだねぇ……痛い出費だけど、ローブとかは買っておいた方が良いのかな……」


 蜥蜴人の正論に参ったなという様な表情を見せるリリア。魔法使い族というのは魔法での戦闘に重きを置く為、近接戦闘が得意な者は極めて珍しく、魔法使い族と名乗りながらも戦士としての雰囲気を纏う六人は異様そのものなのだ。


「まぁそのあたりは行きながら考えるしか無いんじゃ……」

「……まぁ知らねぇが、エキドナに行くなら門から出て真っ直ぐの道を行けばいい」


 片手に槍を握った影潜みの村の戦士は、村の外を指さした。リリアがそんな彼の言動を見てボソリと呟く。


「……ツンデレ?」

「誰がツンデレだこのアマ!!」


 ◆◇◆◇


 歩くこと三時間。おやつの時間から少し経った頃。

 エキドナと影潜みの村をつなぐ道は比較的良く人が通るようで、獣道のようにトンネル状の道になっているような場所が無く、マオウでもしゃがんだりせずに通ることが出来た。

 何度かカーブする森の道を歩くと、真っ直ぐな道に出る。魔法都市エキドナに近づくにつれ、徐々に森の先が明るく光って見えてきた。


「うわぁ……きれー……!」

「あの障壁が……童子のやつか?」

「そうね。あのドーム状の紅色っぽい半透明なやつが童子様のお札によって作られた結界」


 木々の間からでも見える、巨大な円柱状の何かが九人の目に映った。魔法とは違う力によって作られたそれは、どこか幻想的なものさえ感じさせる。


「あれって内側から見てもあんな色なの?」

「内側からはちゃんと空の色とかが見えるよ。近くに行くと紅いままだけど。商人とかが境目をわかりやすいように配慮してるんだって」


 久しぶりの故郷に若干声が弾んでいるレイラ。一本道に出たところで一度脱いでいたローブとサングラスをかけ、更に用心として黒いロングヘアーのカツラを被っているという準備万端ぶりである。カツラというのもジン毛を用いた高級品であるらしく、とても自然にマロンに馴染んでいた。


「あ、あそこで魔女が空飛んでる!」

「どこどこどこどこ!」

「やかましわ」


 やかましく騒ぐリリアとシャルロッテの二人。思わずレオンがツッコミを入れる。そんなこんなしつつも、歩くごとに魔法都市との距離は縮まっていき、やがて円形の都市をまるまる一つ覆う、巨大な障壁の目の前にたどり着いた。一つの大都市を覆うだけあり、その障壁の高さも凄まじく、ミイネも含めて全員が首を真上に向けてその高さに驚いていた。


「たしか、年によってまちまちだけど250メートルくらいはあるんじゃなかったっけ……」

「高っ!? イルミンスールレベル!?」

「比べる対象がおかしい。どちらかと言えば白鐘の塔だろ」

「それもそれでどうなの」

「まぁ、ある程度離れた場所からだとこの障壁見えないし……近くだからこその迫力だよ」


 ふと、空を舞う鳥人の宅配業者が障壁の天井のような場所から飛び出す。ミイネの瞳で見れば鳥人の手には杖が握られて居るのを確認出来た。


「この地方に来る宅配業者って、やっぱり魔法覚えてるのみんな」

「そうだな。前にネットで見たんだが、会社によってお札だったりもするらしい」

「やっぱりそうなんだ。いやまぁそれだけなんだけど」


 九人はぞろぞろと障壁の中に入っていき、そして正面にある門を見据えた。街を取り囲む城壁と比べると酷く小さいが、一般的な村の門と比べれば三倍ほどは大きく見える。


「む、君たちは……商人か?」

「何故です?」

「いや……魔法使い族にしては変わった集団だと思ってね」


 門の外に立っていた、兵士を示すカラーである紅色のローブを身に纏う男性が九人を止めた。手にはいかにも質の良さそうな片手剣を携えているが、筋肉があるようにはとても思えない筋が見える手の甲から察するに、戦士としてはあまり期待できそうには無い。


「この八名に入街の許可を。私はこの街出身だからもう入るよ」

「えぇ……ちょ、待っ」


 レイラは自身の財布から魔法学校の生徒証明証を門番に見せて門の中へと入っていった。器用に名前と顔写真だけは指で隠し、住所などだけを見せるという技を使いつつ。

 残った八人が名前や年齢、入街目的などを用紙に書き込んで門をくぐったのは十分ほどかかった後。ミイネはリリアの姉の年齢などを借りて記入したため、勿論騒ぎや犯罪行為は起こすなとリリアに散々指摘された。


「すげぇな……」

「めっちゃきらびやか!」


 アルマスが溜息を洩らし、シャルロッテがはしゃぐ。

 城壁の内部は瓦屋根の建物と石造りの建物がいくつも建ち並び、今でも地方部では建っているのが極めて珍しい、ビルという建造物もいくらかその姿を中低層建築物の合間から顔を覗かせている。まとまりがない建物等のおかげで第一印象はごっちゃりという、あまり良くはないものに感じられるが……逆に言えばその雑多な様相がこの“魔法都市・エキドナ”という街の雰囲気をよく表していた。

 神獣の一体が治める街であるためか街の人口は非常に多く、地方に出現する黒花獣も最も安全と言われる種類であるためか、街の中に暮らしている人々の表情は明るく楽しげな様子である。その分喧騒も多く、更に訳の分からなさが加速しているのであるが。


 アリサら田舎出身の五人が呆気にとられているなか、ミイネはともかくレオンやマオウは超然とした表情を取っていた。キョロキョロとあたりの景色を見渡している五人の表情を見ると、マオウは愉悦の表情を取りながら哂う。


「こんなもんで口が半開きとはやっぱ田舎もんだな」

「「黙れ都会人」」


 無論、田舎生まれの五人から総ツッコミが入るわけだが。


「そんなとこで何してるの。早く行くよー」


 漫才のような物をしていた八人に、少し離れた場所から黒いロングヘアーのサングラスをかけた女が声をかけてくる。八人は空を飛び回る魔法使いや、街に馴染む多種多様な種族に目を丸くしつつもレイラに導かれるまま歩いた。

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