魔法都市エキドナ・上

 鼠は聞いた。

「お前のその言葉はどこまでが本気なんだ?」

 愚者は答えた。

「私が語った、全ての言葉が本気である」

 鼠は聞いた。

「全てが本気か。疲れないのか?」

 愚者は答えた。

「来たるべき時に備え、自己を鍛錬するための心構えである」

 鼠は呆れた。

 愚者は鼠のもとから立ち去り、鼠は一人ごちた。

「生きるも本気。死ぬも本気とは、どれだけ疲れる一生だろうか」

 鼠は馬鹿にするように呟いた。

「一度しかない生命を、ヒトの為に使うとはなんと馬鹿らしいことだろう。そう思わないか?」

 鼠は背後にいる子供達に聞き返した。


      『鼠の旅』より抜粋


 ********


「そろそろ見えて来ても良いと思うんだが……」


 森の中をさまよい歩いていた花の騎士達とミイネの九人。さすがに日も暮れてきた時間で、鬱蒼と生い茂る森の草木によって夕日も当たらず辺りは真っ暗闇であった。レオンが取り出した懐中電灯を各人に渡し、それで足元を照らしながら歩く。

 【繁茂せし獣果の森】地方までとはいかないが魔法使い族達が居を構える通り、【永夜の山麓】地方はマナが豊富で、精霊が多く住んでいると言われている。そのため一般的な土地よりも植物の成長と枯れるまでの速度が桁違いに早く、昨日は無かった場所に根っこが張っていて転んでしまうなどということは日常茶飯事なのである。現に昼間でもゼルレイシエルや、パソコンに気を取られていたアリサが転びかけるという事態が幾度も起こっていた。


「あうぅえぇと……」

「どうしたのマロン」

「あのえっと、私のバックから小物用のケースを出して貰えませんか?」

「良いけれど……ちょっとごめんね」


 突如奇声を上げ始めたマロンの頼みを聞いて肩に下げられたバックを開き、少女らしい丸みを帯びた字で『小物』と書かれたシールの貼ってある黒いケースをゼルレイシエルが取り出した。マロンは片手で杖を握り続けねばならないため、片手で出すのにも一苦労するが故の頼みである。


「上が黄色で下が緑のカプセル開いて貰えませんか? それが必要なので……」

「……黄色と緑……これかしら?」

「は、はい。それです」


 落とした程度では開かないようにできているケースを開くと、人差し指の爪程の大きさのカプセルがスポンジにいくつもあいた穴に一つずつはまっていた。カプセルごとに上下の色の組み合わせが異なっており、上部が赤で下部が青というモノもあれば、上部が赤で下部も赤というものもある。ゼルレイシエルはマロンに言われた通りにカプセルを一つ取り出すと、手で握りしめることでカプセルを開く。


「ん……これって、ローブとサングラス?」

「ぐらさん!」

「急に叫ぶな」


 横からやりとりを見ていたシャルロッテが唐突に叫び、レオンが不快感を前面に出しながら睨んだ。無論、拗ねたシャルロッテにレオンは突っかかられるが、シャルロッテの苦手とするミントタブレットを大量に口にぶち込むことによってレオンは回避する。なおぶち込まれた少女は辛さと吸い込む時の空気の冷たさに悶絶していた。


「これって……?」

「……いや、あの……」

「……ヴィップ」

「あぁ……」

「なんですかこの間。断固として抗議しますよ」


 威嚇の為にわずかに杖を持った手の指から砂をこぼすマロン。意味深長に聞こえる台詞を吐くアルマスとレオンの連携に微妙にムカッときた様子である。しかし半分以上は冗談であるようだが。リリアがマロンを落ち着けるように肩に手を乗せつつ、「まぁまぁ」などと呟いた。


「変装道具です……レイラの人気で、あんまり見つかると大変なんですよ……今は活動休止中ですからなおさら目立つと……」

「やっぱりか。けど、レイラの姉です! って感じに通せば大丈夫なんじゃねぇのか?」

「……信じて貰えないんですよねぇ……」

「……まぁドンマイとしか」


 アイドルという職業にもついているが故の、日常生活に生じる支障をぼやくマロン。杖を落とさぬよう持つ手を変えつつ、膝下より長いフード付きの真っ黒な外套を着て、サングラスをいつでも取り出せるようにローブのポケットにつっこんだ。そんなマロンを見て顔を顰め続けるシャルロッテが質問した。


「あれ? でもなんであの変な村でつけなかったの?」

「……いやあの……すっかり忘れてたんです。いやだって仕方ないじゃないですか……! あんなことがあったら」

「なにも言ってないからド―ド―」


 誰も何も言ってないのに必死に弁解しようとするマロンに、両脇のゼルレイシエルとリリアが落ち着けと肩を叩く。


「そろそろ時間もヤバいし村を見つけたいもんだが……」

「先進むぞ」


 赤黒く染まった夕焼けの空が覗いて見える木々の合間を見上げながらアリサが呟くと、マオウがその背中をバシンと叩いた。マオウからすれば軽めの力加減ではあるが、油断していたアリサにとっては相当の威力に感じたようで二人目の悶絶者が現れることとなった。


「いってぇぇぇぇぇぇぇっ」

「何者だ!」


 アリサの絶叫に、どこかから大声が聞こえて来た。一行がミイネを見ると、耳を澄ますかのごとく俯きながら音の人物を探る。


「四足歩行で近づいてきているであります……データベース上では該当の生物はいません。おそらく破損したものかと……」

「それは良いんだけどよ……大きさは?」

「中型です。我々と同じようなサイズかと」


 ミイネが前方を指さした。九人が歩いている木々の脇に獣道のような低く、狭い道があったことに今更ながら気が付いたゼルレイシエルが微妙に驚いた表情をする。獣道と言える通り一般的なヒトのサイズでは相当な前傾姿勢にでもならねば、くぐるのも難しいであろうほどの低さである。


「ヤモリ!」

「イモリだっ!! ……じゃなくてトカゲだっ! 変なこと言いやがるから間違えたじゃねぇか! てか、お前ら誰だよ!」

「「……いや、旅人だよ」」


 そんな獣道を通って突如現れた、シャルロッテやレオンと同じ程度の大きさをした巨大な二足歩行のトカゲ……真っ黒な鱗を持った蜥蜴人リザードマンにアリサとアルマスは揃ってツッコミを入れたのだった。

 シャルロッテのボケに吊られての事なので、蜥蜴人は被害者側なのだが。


 ◆◇◆◇


「ソンチョー。何か旅人だってよ」

「旅人? 行商人ではなく?」

「そうそう。とりあえずリーダー的な人らが話したいってさ」

「通してくれ」


 村長宅にて行われるそんな応対。村長と話をしていた黒い鱗の蜥蜴人が、村長宅の入り口前で待っていたアリサをゼルレイシエルを当の村長の下へと連れて行く。


「失礼します」

「おや……あなた方は魔法使い族で? 服の中に紋章が」

「そんなところです。 ……?」

「どうかなされましたか?」


 アリサは目の前に居る村長――真っ黒な羽毛の比較的小柄な鴉の鳥人をマジマジと見つめた。隣にいたゼルレイシエルも同じく気が付いたようで、ぶしつけな視線だと感じ取られたりしならないよう気を付けつつも、細かい顔のパーツなどを見ながら口を開いた。


「その……失礼だけれど……村長の名前を窺っても良いかしら……?」

「私の名前はジギルと申しますが……それが、どうしたのです?」

「い、いえ……そっくりな幽霊が現れたもので……」

「なんですと!!?」

「ご、ごめんなさい!?」


 アリサの言葉に机を思い切り叩きながら立ち上がり、怒鳴り声をあげて反応する影鴉族の村長。アリサとゼルレイシエルは怒らせてしまったのかと思い、どちらも頭を下げて謝った。村長は困惑しながらブツブツと呟く。


幽霊ファントム……やはり死んでしまうと……」

「あ、あの……ジギルさん?」


 アリサは頭だけ上げつつ、同様に困惑しながら声をかけた。ジギルという男性はアリサの小さな声を聞きとって机から身を乗り出して聞いた。


「まさかその幽霊……名前など……わかりません……ですよね」

「え? い、いや。ハイド……さん。って名乗ってましたけど……」

「……ハイド? ハイドと言いましたか……!?」


 村長はアリサの下へと詰め寄り、鳥のような手でアリサの肩を掴んだ。身長差があるためアリサが見下ろし、ジギルが見上げる形となっているため必然的に肩が疲れそうな体制となっている。


「そ、そうですが……な、なんです? 事態がいまいち飲み込めないのですが……」

「……ハイドは私の死んだ弟です! あいつが幽霊なんかになっているならこの手で倒さねば……成仏させてやりたいんです!」


 鬼気迫る表情でアリサに詰め寄るジギル。焦燥が浮かぶその顔を見てアリサは一瞬真顔になると、ジギルの手首を掴んで自分の腹の前に降ろした。アリサの脳裏に浮かんでいるのはかつての自分。


「弟……それはわかりましたが、落ち着いて下さい。焦っていても弟さんを助けられませんよ」

「は、はい…………」


 ゼルレイシエルがアリサを見てどこか嬉しそうな表情をする。ジギルや他の者にその姿を見られれば不謹慎と取られたかもしれないが、幸いにも誰も見ていなかった。

 アリサに腕を離されたジギルは一度深呼吸をし、頭を下げて二人に謝った。


「申し訳ない。客人にお茶も出さず……ひとまず、どこで見かけたのか教えていただけませんか」


 急須に茶葉を入れつつジギルが促す通りに二人はソファに座った。

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