真実見抜くは白き焔・下

 まずはボクシングのジャブのようなもので木を軽く殴る。いくらか殴るとストレートも織り交ぜ始め、フック、回し蹴りなどの攻撃も行われた。脚にも神聖銀(ミスティリシス)製の防具がつけられているため蹴りつけてもあまり痛くはなく、それでいて使用者の認識如何によって、神聖銀は重さをほぼ無いかのように変化させることができるため、かなりキレのある蹴りである。

 アルマスの乱打により木はボロボロになっていくが、与えられていくダメージが見た目以上に少ないのは寸止めに近い攻撃であるためだろう。生物の体や堅いものに寸止めでの攻撃を行えばダメージを与えやすいものだが、若い木はよくしなるため、いまいちダメージとなりにくいのだ


「シッ!」


 最後の最後に猫剛掌(ねこパンチ)を木の幹の中心部に打ち込んでへし折る。ガサリと音をたてて木の上部分が地面に落ちるのと同時に、アルマスは大きく息を吸い込んだ。人獣であるため汗はかきにくいのだが、激しい運動の影響で全身が汗で濡れている。リリアが拍手をしつつアルマスの方へと向かって行き、手に持っていたタオルを差し出した。


「お疲れ様かな? やっぱり拳で戦うのってかっこいいね」

「ん? そうか」

「うんうん。こう、鍛え上げた己の拳だけで敵を打ち倒す! みたいなさ」

「手甲も使ってるけど」

「それはそれ、これはこれ。腕壊しちゃったら元も子も無いじゃん」

「お、おう」


 突如始まったリリアの熱弁に気圧されるアルマス。顔をタオルで押さえつつ、一応話をしっかり聞き取っている。

 恋愛というものをしてみたいとはいえ、今まで一度も人を好きになったことが無いため、自身が今まで読んだ恋愛小説の男キャラを思い出しながら語るリリア。男性からすれば残念な会話としか言いようがないものの、一応耳を傾けて真摯にアルマスは言葉を返す。

 一見ふざけた光景が四分ほど続いたあと、ふとリリアのおしゃべりが止まった。


「そういえば……話急にかわるけどごめん。アルマスってマザーとの戦いの時、マオウ兄に当たりそうになってた触手弾いてなかった?」

「あぁ、まぁ先端の方だけだけどな。普通に腕もめっちゃ痛かったけど」

「やっぱり? でもどうやってやったの? あれって私でもたぶん大変だったと思うんだけど」


 タオルを首にかけ、少し考えるように黙るアルマス。


「あれ? 教えちゃ駄目だった?」

「……いや、人狼族の奥義なんだけどさ。コツ……さえつかめれば誰でも使えるんだ。……まぁその、コツが難しいんだけどな。たぶんリリアとかマオウが使えば俺よりもっと強い威力になる、とは思う。確証はないけど」

「へぇ。どんなの?」


 興味深げに聞き返すリリア。自身の方が強くできるという言葉に惹かれたのだろう。


「……説明が難しいんだ。慣性って力のこと、知ってるか?」

「カンセイ……ごめん、わかんないや」

「まぁ良いさ。知ってるヒトのほうが珍しい知識だと思うしな。俺も偶然ネットで得た知識だし……しかしまいったな……どうしたもんか……」


 どうしようかと再びアルマスが黙る。どう説明するか考えているのだろうとそれを見たリリアが想像していると、背負っていた自分のショルダーバックに入っている携帯端末が鳴った。


「電話? お母さんかな」

「出ていいぞ」

「ありがと」


 ショルダーバックを右手に持ち、ファスナーを開くリリア。すると、小さな鉤状の物体が一つ落ちた。アルマスは気が付いたがリリアは携帯を取り出していたため気が付かず、そのまま画面を開いていた。


「おい、リリ「どうされました?」


 アルマスが声をかけようとしたとき、リリア達から見て右手。家の外壁の影からタイミングよく現れたのは村長と名乗る真っ黒な鳥人。

 烏天狗と呼ばれる特殊な鳥人のさらに特殊な突然変異体であり、通常種よりも小柄だが隠密性と飛行の静けさ、そして不吉のなかの不吉とも呼ばれることのある種族。影鴉かげがらす族の村長であった。


「こんなところでどうしたのですか?」

「……ハイドさん、でしたか。すいません、失礼ですが……近づかないで貰えますか」

「なにか粗相でも……?」


 アルマスが村長の動向を注視しつつ、しゃがんで足元の爪を拾う。リリアも流石に電話を切り、村長への警戒を強めた。爪の位置を確認するため一瞬リリアの足元を見た時、リリアの脚の向こうに仲間たちが履いている靴とは一つも該当しない、真っ赤な革靴があった。


「リリア! 後ろだ!」

「え?」


 ケタケタケタケタケタ……


「きゃああああああああああ!!」

「消えろ!」


 即座にリリアが落とした爪を拾い、その爪を握りしめた手で、リリアの背後にいた幽霊ファントムの顔面に殴りかかる。アルマスに殴られる寸前、幽霊は煙のように姿を消し、その場に残響のような笑い声だけが響く。


 「狒々の爪は絶対に手放してはいけません」というマロンの忠告があった。アルマスはリリアの肩を抱きしめ、間接的にでも狒々の爪が触れるように配慮をする。部屋の中からはリリアの叫び声が聞こえたのか、バタバタと動く仲間たちの音が聞こえてくる。

 突然の出来事に携帯端末まで取り落し、涙目になるリリアにアルマスは爪をしっかりと持たせた。いつの間にか村長の姿は消えており、その事実がさらに異常さと今起きた現象の意味を嫌がおうにも思い知らされる。


「大丈夫か! 何があった!」


 村長宅から飛び出てきた仲間たちが二人の下へ駆け寄ってくる。地面にへたり込んで泣くリリアと肩を抱きしめて落ち着かせようとしているアルマスを見て、何が起きたかはわからなくとも、恐ろしい事態があったのだと察する。


「……この村は黒だ。間違いなく。爪をリリアが落とした瞬間、ファントムが出てきた。……大丈夫か?」

「……ごめん……腰ぬけて、動けな……」

「少しすまん」


 いわゆるペタン座りの状態だったリリアの背中を抑えて後ろに倒しながら脚を引き出し、上半身を空中に浮かして膝を曲げた状態になった、リリアの腰と太ももの下に手を入れて支える。そして一気に胸の前に持ち上げると、俗に言うお姫様抱っこの恰好になった。


「ふえぁ……!?」

「早く移動しよう、日が暮れちまう。アリサ、すまないけど足元にあるリリアの荷物拾ってくれ」

「「お、おう」」


 涙を流しながらも明らかに照れたような動揺したような表情をするリリアと、その光景を見てわずかに驚嘆する他の仲間たち。

 ひとまずアルマスの意見通りそれぞれが、村、のように見えるこの場所を立ち去る為の準備を始めた。リリアは恐怖よりも恥ずかしさや照れの方が勝ってきているようで、徐々に涙が少なくなり、逆に顔はどんどんと赤くなっていく。しかし恐怖の後遺症で抵抗する力が入らない様で、アルマスと目を合わせないようにそっぽを向きながら負担にならないように首に手だけ回した。


「大丈夫か? ……すまん、ほんと。恥ずかしいかもしれないが、こうでもしないと……」

「な、なんでアルマスが謝るの。ち、違うと思う。その……助けてくれて……ありがと」


 ごにょごにょとアルマスにお礼を述べるリリア。その言葉を聞いたアルマスが歩くのを一度やめ、数秒の間を置いて返答した。


「助けるなんて当たり前だろ。ファントムなんかに触れさせるもんかよ」


 リリアは相変わらずそっぽを向いているものの、耳まで赤くしながらどこか憎らしげにつぶやいた。


「ほんと、女たらし……」

「……そう思ったのか? ……もし狙って言ったとしたらどう思う?」

「さいてー」


 アルマスの冗談にリリアは一瞬振り向き、ギュッと目を瞑りながら舌をだして拗ねたような顔を見せた。リリアの行動にアルマスは朗らかに笑い、リリアもクスリと笑う。いつの間にか恐怖が薄れていき、アルマスの狙い通りにいつものリリアに戻りつつあった。


 ◆◇◆◇


「そこをどけろ」

「……どうしたのですか?」

「どけろって言ってんだろクソ雑魚がぁっ!!」


 ケタケタケタケタ……


「……ほんと気味わりぃとこだな」


 マオウが狒々の牙を手に持ちながらハルバードで門番に斬りかかる。しかしハルバードは門番をすり抜け、地面に突き刺さった。門番の姿をした幽霊は、やはり霧のように姿を消し、生理的嫌悪感を湧き起こす笑い声を残して消えた。

 村の包囲の中から脱出し、歩きながら吐かれたマオウの言葉に六人が同意するなか、足腰の力が戻り自分で歩いていたリリアが、急に立ち止まって両手のひらをジッと見つめた。


「どうした?」


 アリサの問いに答えずリリアは自分の顔の前で、マオウが絵を描く際に構図を決める為にするように両手の親指と人差し指をくっつけ、小さな長方形の枠を作り出した。


「『生命の灯火ライフ・トーチ


 一行が十メートルほど離れたところで振り向くと、門の内側で村人たちが集結し、誰もがジッと一行を見つめていた。シャルロッテの口から「ひっ」という声が漏れる。


「あの人たちは、黒い炎。村も黒く燃えてて、すごく、怖い」

「なに言ってんだ?」

「……私達は白い炎。生者は白、死者は黒。今の私なら、看破できる。……第三段階に、私もなったみたい」


 リリアが作った指の枠の角には、小さな炎が灯っていた。リリアが枠の中を覗けばヒトの胸の位置に黒か白、どちらかの炎が見える。


「……動物は普通の炎の色なんだね、そこの木にリスがいる」

「お前……」

「まぁ、いっか。とりあえず……まずは正しい影潜みの村に行こうよ」

「そう、だな」


 リリアの言うとおり、アリサがパソコンで地図を開く。

 アリサの続いて発言した第三段階の花の力による業。ファントムだと看破したこと。そしてそれが初めての支援型に近しい業である事。

 軽く流して良い出来事では無いのだろうが、話をする時間が無いのも事実であることは変わりないためまずは村を目指すことにした。


「〔反霊防護陣アンチファントムバリア〕」


 ファントム達の視線や遠くから聞こえる声に嫌気がさし、魔力が半分ほど回復したマロンが、爪と牙を手に入れるまでに発動していた魔法を再び使う。マロンから見て全員が白く点滅する光に包まれ、絶対に安全な状況へと戻った。

 魔法が使われた瞬間、全員がハッとした表情を見せた。村だと思われていたそこは、ボロボロの建物が居並ぶ廃墟で、村の柵など無く、街灯は存在せず、シンと静まり返った場所であった。


「これが……幻影(ファントム)……」

「……まためんどくせぇやつだな」


 村の正体はファントム達が生み出した幻影であった。

 爪と牙では、ファントム達から攻撃を加えることは不可能であったものの、ファントムの幻影や声まで防ぐことが出来なかったのである。

 これまで幻影が確認されていなかったわけでは無いが、マロンが知るなかでも村一つという幻影は存在しなかった。


「……天使様が南に向かえって言ったのも解った気がする。こりゃ、先に倒さないと駄目だな、たしかに」


 異常な程のストレスに、レオンは口の中にいくつもミントタブレットを放り込みながら言う。

 知能を得たことにより出現した恐怖の村。それはまざまざと、ファントムという黒花獣の危険性を見せつける。


「そのためにもまずは、学校に通わないと駄目ってことか……」

「変な話ではあるけど、仕方ないよ」


 九人は会話をしながら、向かうべき都市を想像する。【永夜の山麓】地方最大の都市にして、中央大陸最大の魔法学専門学校が存在する都市。『魔法都市エキドナ』のことを。


 やがてアリサが地図を開き終わり、八人に向かって言った。


「それじゃあ、進むか」


 一行はそれに頷いて返し、少しばかり早足で歩を進めた。

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