真実見抜くは白き焔・上

 魔法使い族という種族はそもそも中央大陸で生まれた種族では無い。

 起源をたどればヴァンパイア族などと同じく、北西大陸オリュンポスに場所は移る。

 魔法使い族達がなんの生物から進化したものかは現在研究が進められているが、一般説として異種交配による突然変異体が始まり言われている。


 魔法使い族という名の通り、彼らは“魔法”について非常に高い適正を誇っている。

 この世に広まっている中位~高位階の魔法はほとんどを彼らが作ったものとも言われるほどだ。

 無論、流石の彼らとはいえ、人獣種の持つ獣化魔法(厳密には亜空間魔法の一種であるが)等の先天的魔法能力は使用不可能であることは一般常識にも等しい。

 さて彼らは永夜の山麓地方にて大都市を作り上げているが、実は北西大陸には目立った彼らだけの集落というものが少ない。さらに言うならば北西大陸が最も魔法使い族の人口が少ないと言われているのだ。

 それは、何故か。この問題について彼らの民族史から紐解いてみることにしよう――――


 『迫害された民族達・第三巻』より一部抜粋


 ********


「何かがおかしい」


 案内された村長宅の一室にて九人はまとまって座っていると、レオンが全員の意見を代弁するかのごとく呟いた。誰もが頷く訳ではないものの、皆の心中にはレオンの言葉通りのたしかな確信があった。

 ミイネは村に入ってから何故か一言も喋らず、ジッと黙って八人の会話を聞いている。ミイネの行動が気になりはするがあまり言葉を発したい状況、心境ではないため誰も話かけることはない。先ほどのレオンの呟きも誰に向けた言葉というわけでも無く、ただ自然に漏れただけである。


「……何も感じない。この座布団に座っても安らぎを感じない、木の壁を見ても温もりも生命の息遣いすら感じることはない」

「村長も、門番の人も心ここにあらずといった様子で……かと言って虚無感が伝わってくるわけでもない」


 何気なく口に出されたアリサの言葉に、マオウを跨いで隣に座っているゼルレイシエルが続いた。確信と共に、花の騎士全員の胸中に渦巻く一つの感情がある。それは漠然とした恐怖。

 七人はともかく、慣れているはずのマロンですら感じる恐怖。


 単純に判断がつかないのである。

 影潜みの村という、不吉とも取れる村の名前。二キロメートルという微妙な地図上のズレ。不可解な反応の村民と、何故か“何も感じることのない”建物。すべてが事実として確認が取れている事なのだ。


「とりあえず、情報収集でもするしかねぇだろ」


 現状を少しでも打破しようとマオウが提案する。マオウの性格からすれば建設的な意味合いではなく、単純に敵地である可能性があろうと暇だから動かないと気が済まないというようなことであろうが。


「私は、とりあえず休めるだけ休んでおきます。何かわかったら起こしてください」

「私も休んでいていいかしら。疲れちゃって……」

「……それでは私が二人を見張っておりましょうか? 私は自身が円滑にコミュニケーションが取れると思えませんし…」


 村の謎に首を傾げつつもマロンとゼルレイシエルが疲れた表情を見せる。マロンは魔力が底をつき始めているため疲れており、ゼルレイシエルは元々体力が無いことと、しばらく森の中を歩くことが無かったため森のなかでの歩き方を思い出すのに時間がかかり、無駄に体力を消費してしまった次第である。

 三人、正確には二人と一体の提案を承諾するようにアリサが頷く。一度他の仲間を見るが、五人とも承認の意を示す。


「了解。それじゃあ寝てていいよ。……とりま情報収集だが、一応二人一組で行動するようにしよう。何があるかわかんねぇし。適当でいいか? リリアとレオン。マオウとアルマス。俺とシャルロッテで」

「「お前らが不安すぎる」」

「え」


 ミイネとシャルロッテ以外に総ツッコミをうけるアリサ。キョトンとした顔を晒している所を見ると、自身が周りからどのような評価を受けているか知らないようである。すると一応関係のあるシャルロッテがツッコミの意味を理解し終えると急に立ち上がり、あぐらをかいて座るアリサの両手を掴んで無理やり立ち上がらせる。


「な、なんだよ」

「先にいっぱい情報収集するし! 見返す!!」

「えぇ……ちょ、ま……」


 いつしかの光景の如く、シャルロッテに引き摺られるようにして後をついていくアリサ。身長差が四十センチ以上あるためか、アリサは前傾姿勢になって腰が痛そうな体制のまま部屋の外へとフェードアウトしていった。


「……なんでこれバトルになっているの?」

「なんでだろな」


 思わず疑問の声をあげるゼルレイシエルとそれに同意するレオン。ほぼ全員が困惑していると、マオウが急に立ち上がってアルマスに向かって叱咤する。


「おい早くいくぞ。あいつらより先に情報を集める」

「なんで勝負になってんだよだから……」


 マオウが扉の外へと出ていくのを疲れたように立ち上がりながら後を追うアルマス。アルマスが扉を出た後に閉められた扉は、勢いの割にまったく音がせずに閉じきった。室内に残っていた五人はしばし無言であったが、リリアとレオンは顔を見合わせたあとに連れだって廊下へと出ていく。

 棚の上に花瓶が置かれ、椅子が一つ置かれているだけの簡素な部屋の中に三人は残される。二人はとりあえず寝ようかと辺りを見回し、座布団を枕にでもして横になろうと行動を始めた。しかしとある事を失念していたことに気が付き、とある事の元凶をチラリと見た。


「どうしたのでありますか?」


 ニッコリと笑うミイネ。完成された見た目の女性の笑顔だが、二人には微妙に怖く見えた。


「「貞操の危機を感じるわね(ます)」」

「疲れている方では反応も面白くないですし、何もしませんよ」

「「疲れていなくてもやめなさい(てください)」」


 ◆◇◆◇


 一時間ほど時間が経ち、リリアとアルマスの二人は外へと出ていた。村長は独身、さらに何か仕事があるようで晩御飯は作れないとのことであるため、レオンとゼルレイシエルの二人が九人分の料理を作る為に部屋でキャンプセットを取り出して料理をしている。勿論開いた窓の傍で。ガスボンベ式のコンロを料理に使っているため、室内でも料理が可能なのだ。現状ではあまりマロンから距離を取ることは危険であり、まだ睡眠を続けているマロンの近くで即座に行動に移れるようにするための位置取りである。

 マオウとシャルロッテはどちらが良く調べたかと口論をし、アリサがそれを呆れたように見ながら情報を整理している状況である。なお、シャルロッテは邪魔をするばかりで主にアリサのおかげで情報が集まっていたわけだが。マオウもしかりである。


「……こんなもんで良いかな」


 部屋のすぐそばの庭で地面に自分と同程度の高さの木を生やすアルマス。その高さに伸びるまで五分ほどかかっているが、それでもどこか満足そうな表情を見せる。


「早くなってるの?」

「あぁ。やはりマザーを倒してから一分ほどだが早くなってる。だからと言って形を人型に整えられるわけでも無いけどさ」


 手の甲に纏ったガントレットの指の腹部分に鋭利な刃を生やす。その後、漫画的な彫刻家のごとくもっさりと葉の生い茂る木を削り、枝を折り、なんとなく人型に見える物体を作り出した。


「すっごい雑」

「ヒトによって癖とかも違うし形が違うのもそれはそれで練習になる」

「さいで」


 村長宅の壁にもたれながら様子を見守るリリア。アルマスがしようとしているのは日課のトレーニングであり、拳闘に興味のあるリリアが付き添う事になったのだ。


「うわぁ……女子の前で大胆」

「仕方ないだろ。動くから暑いんだ。地面に置くのもなんだし、持っててくれるか?」

「知ってるけどさ。はい、預かるよ」


 アルマスは着ていたパーカーを脱ぎ、持ってきていたタオルとウエストバックを一緒にリリアに渡した。やせ形の体ではあるが全身を覆うパーカーの中はしっかりと筋肉についており、機械達の金属の装甲を貫いていたことも頷ける。無論実際はアルマスの筋力だけで貫けるわけでなく、培われた経験と技量も合わさる事で堅いものでも貫くことが可能となっているわけであるが。

 その体を右から左からと揺れながら、不躾にまじまじと観察するリリアに若干呆れつつ、アルマスは不恰好な人型の木と向き合った。

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