羅刹と鹿と騎士・上

 九人は大道芸や買い物客によって大いに賑わう大通り商店街を通りつつ、小さな八百屋の脇にある裏路地に入る。

 大都市なだけあって市場に隣接した路地であれば、あたかもフリーマーケットでも行われているかのごとき数の露店が軒を連ねている。小説や漫画などで良く見るような怪しい壺や陶器を売っている古物商に、海の向こうの大陸から伝わってきた香辛料を売る者、宝石を使用したネックレスなどの装飾品を固定器具付きのガラスケースに入れて販売する者など。大陸中から多様な種族が集まることもあり、エキドナという都市は混沌に満ち満ちているが、まさに混沌をそのまま形として現したようなまとまりの無い露天の数々である。


「この甘い匂いは……さつまいも!」

「そういえばご飯まだだった……」

「軽食は取ったけれど、やっぱりお腹は空くわね……」


 色気より食い気のようなことを言い出す女性陣。旅暮らしをしているからか微妙に美意識への感覚が麻痺しているため、生活における優先順位で食事や睡眠、休息というものが上位を占めてしまっているのである。


「女なのに服飾より食い物かよ」

「マオウ兄にだけは言われたくなかった」

「うるせぇ」


 勿論彼女達自身も危惧していることではあるのだが、一つの村街に長くとどまることが無いため中々治りにくく、治ったとしてもすぐに旅に出る為早々にまた同じ症状が起きてしまうのだ。大食漢のマオウに指摘され、リリアやゼルレイシエルは微妙に気分を暗くする。


「ま、まぁ先に何か食べて行こうよ。この街なら私の口座からお金も降ろせるし、驕るからさ」

「うぅぁぁぁ……口座とか現実的な生々しい話は聞きたくなかったぁぁぁぁ」

「いや、好きだから続けてるのもあるけど一応仕事だから……そりゃお金は入って来るでしょ」

「今日のお前、ほんとうるせぇぞ」


 またもやマオウに小言を言われるリリア。どうやら都会に来て微妙にハイになっているようで、毎日のように誰かにやかましいと言われるが、現在のうるささはいつもの比ですらなかった。


「まぁ……お言葉に甘えて食っていいのか?」

「うん。良いよ。あ、でも今は下ろせないから立て替えだけお願いしていい?」

「了解了解。でもそんなに余裕無いから買いたい分だけお金渡すから、食べたいもの見つけてから声かけて」


 ショートパンツのポケットから財布を取り出し、リリアはしっかりと握りしめる。スリやひったくりを警戒してのことだが巨人族の膂力に勝てる者もそう居ないため、実際かなり有効な手段ではある。


「わかった。一応迷子になると困るからこの路地内だけでな。路地外のは皆で集合した後」

「はーい」

「じゃあ解散」


 まとめ役のアリサが保育士と呼ばれる、小さい子供の世話を仕事とする者達のようなことを述べ、シャルロッテがそれに間延びした声で答えた。


「……さて、何食うか。……てかお前らはなんで俺についてくんだよ」

「レオンについてった方が味は確実だしな」

「めんどくせぇからやめろ」


 解散と言いつつも、レオンの後を何故かアルマスやアリサがついて行く。レオンはそれを見てイラついたように睨みつつ反論を述べる。


「てかよ、俺が料理するってんならともかく露天はどう考えても関係ないだろ」

「大丈夫、お前なら漂ってくる臭いだけで味の可否がわかるはずだ」


 レオンに向かって拳を握った状態で親指を立てる、いわゆるサムズアップをしながら言った。レオンは微妙に頭痛を覚えながら溜息をつく。辺りの女性達が三人を見て誰々がカッコいい、かわいいなどと言っているのも聞こえ、さらにレオンは頭が痛くなる。


「勝手にしろや……」

「勝手にするわ」


 ストレスの為かミントタブレットを口に入れて噛みしめるレオン。軽く舌打ちをしながら、辺りの屋台を物色し始めた。


「リリアちゃ、金ちょうだい」

「はやっ。何買うの?」

「かき氷!」

「できればお腹にたまるものにしてほしいかな……あともう肌寒い時期なのにかき氷ってどうなの。とりあえずかき氷は食後にね」


 思わずシャルロッテにツッコミをリリアがいれる。傍にいたゼルレイシエルはそのやりとりに、微笑ましそうに笑みを浮かべた。そして密かにざわめく道行く周りの男達。


「何やってんだあいつら」


そんな三人のやりとりを横目に見たのち、マオウは目の前の屋台に視線を戻す。


「らっしゃーせっー!そこの体の大きい兄ちゃん、何か買ってかねぇかい?うちは早い安い多い美味しいの四拍子が揃ってるよ!」

「自分で言うなよ」

「まぁまぁ、兄ちゃん買っていきなって!」


 マオウが買うかどうか酷く微妙そうな表情をした後、ふとあるものを感じとって大通りの向こう側にある路地を見た。

 あるものとは、強者の気配。


「ここらでさかなでも買うかぁ?」

「うっす! 茨木様!」


「茨木童子だぁ……?」


 マオウの視線の先に居るのは、マオウよりも更に大きい背丈を持つ額に二本の角が生えている女性。白い絹糸のような髪の毛は獅子の如く逆立っており、あたかもその激しい気性を体現しているかの如く、歩くたびに髪が揺れる。女性らしい豊かな胸等のプロポーションを持っているが、遠目に見てもしっかりとした筋肉があることも確認できる。


「茨木様! 今日は良い魚が入ってますぜ! 刺身なんて如何でしょう」

「バーロー! 刺身なんぞより肉だろ肉! 上質な燻製肉が手に入りましたがね!」

「うるっせぇなぁ! 喧嘩は良いからどっちも買ってやんよ!」

「「あざまーす!!」」


 身内での寒い漫才のようなことを繰り広げつつ、肉屋と魚屋から巨大な真鯛と燻製肉の塊を買う女性。一応おつりはちゃんと貰うようで、豪胆そうな見た目とは裏腹に几帳面な一面があることもわかる。

 マオウは背の高さをもって花の騎士達の中でもすぐに視認出来たが、しばらくしてミイネも含めた全員がその姿を視認出来たようであった。神獣達が持つ力によって、自分達の姿を見られればすぐさま花の騎士だと看破されることを知っているため、一様に体が強張っている。


「兄ちゃん、茨木様を呼び捨てなんかするもんじゃねぇぜ?」

「……あぁ、気を悪くしたか。わりぃな。俺は別の地方出身だからよ。あんまり実感がわかなくてな」

「そういうことか。まぁ茨木様はあんまり神獣って感じがしないからな、いい意味で。酒呑様でもだけど」


 気の良い店主が呟きを注意し、ぶっきらぼうめにマオウが謝る。ただの商人である店主は気付かなかったようだが、マオウの茨木童子という女性を見る視線には明らかに好戦的な光が宿っていた。喧嘩や勝負事が趣味の一つともいえる彼にとって、神獣とはまさに最も戦いたい相手なのである。


 花の騎士達の中でもシャルロッテと並んで最強と呼べる実力を誇るマオウだが、【星屑の降る丘】地方にて戎跡柴炭を訪れた時、神獣の一柱である騎士王と模擬戦を行う機会があった。しかしマオウだけのタイマンではなく、シャルロッテとの喧嘩ばかりしている関係を見抜かれて二人同時に手合せをする形での試合である。

 騎士王一柱に対し、花の騎士の二人。騎士王の得物は二振りの両刃の剣、たいして二人は扱う者によって多彩な攻撃の種類を発揮するハルバードと、二本のランスを用いた攻避どちらにも優れるとされる妖精式槍術。手数や攻撃の多彩さにおいてかなりの差があった。


 しかし結果は二人の負け。ほとんどの攻撃が流され、避けられ、防がれて首筋に剣を突きつけられた。多少の攻撃は当てられたもののすべて決め手にかける攻撃であり、騎士王が意図して回避する必要はないと見逃したものである。普段から喧嘩している二人だが、喧嘩するほど仲が良いと言うのか、戦闘では息のあった連携攻撃を行っていた。されど共闘という戦闘力が何倍にも膨れ上がるともされるものを持ってしても、神獣という強大な生物には全く届かなかったのだ。


 マオウはその時のことを思い返し、更に自身の闘争欲求を加速させた。リリアの“生命の灯火ライフ・トーチ”で今のマオウを見れば、炎が荒ぶっているように見えただろう。


「……だが、まだだな。今の俺じゃ勝てねぇのは解ってる」

「……兄ちゃん何言ってんだ?」


 マオウの漏らした呟きに首を傾げる屋台の店長に、気にするなというように片手を振った。離れた場所に居たとしても、全く戦闘態勢に入っているようには見えないとしても。骨身に染み入るようにしっかりと伝わってくる神獣の強さに、ゾクゾクと戦闘狂の血を滾らせ。マオウは男らしい端整な顔に凶悪な笑みを浮かべていた。


 ☆


 食事という名の買い食いを終え、今度こそレイラの家へと向かう一行。エキドナに着く前にレイラの両親に電話を入れておき、とりあえず家に一晩泊まることとなっていた。いくつもの道を通り、角を曲がることで住宅街につく。

 既に空の色は真っ暗なのだが、街灯が道の脇に等間隔で並んでいるため、道路が暗くて良く見えないという田舎特有の事態は起きていない。


「このあたり……瓦屋根……か?」

「洋風瓦だよ。これだと西北大陸のスパニア地方だかってとこから伝わる瓦なんだって。うちの瓦も似たようなのかな」


 アリサが指さして聞いたのは、とある一軒家の屋根。オレンジ色の陶器が規則的に並べられた屋根は、他の地方の大都市を見ても数が少ない形式のものである。良く見渡せばいたるところに洋風瓦とレイラが呼ぶ屋根の家があり、中央大陸の中でも北西大陸文化がよく見られるというエキドナの特徴が良くわかる。


「この角を曲がったら我が家が……ママ! パパ!」

「……レイラ!」

「あぁレイラ……お帰りっ」


 そこらに建っている家となんら変わり無い、つつましくも温かみのある雰囲気の家の前で、二人の男女が立っていた。男女ともに顔に細かな皺が見えるものの、アイドルの両親というのも頷ける美男美女であった。よく注視するとそれぞれ変わった模様のタトゥーのようなものが、首筋から頬にかけて覗いている。

 レイラは角を曲がって視界に男女を捕えると、ウィッグとサングラスを放り捨て、真っ直ぐ駆けだした。慌ててシャルロッテがウィッグやサングラスを落ちる前に受け止める。

 まずは女性の方に抱き着き、女性に抱き着き返され、男がさらに二人を上から抱きしめる。ほぼ半年ぶりとなる親子の再会であるため、感慨深いものがあるのだろう。

 ミイネ以外の七人はそんな様子をほっこりとした様子で見ながら、ゆっくりと歩いて近づいて行った。


「ただいま……」

「レイラ。この人達が、仲間の……」

「うん。とりあえず、中に入れる? パパラッチにでも見つかると面倒くさいし……」

「そうだね。皆さん、狭い家ですがどうぞ中へ」


 三角帽はかぶっていないが、ローブによって素肌を隠す魔法使い族ならではの恰好をした男性、レイラとマロンの父親が家へと一行を促した。

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