閃雷花の騎士よ。戦いに終止符を・上

 花の騎士とエントの九人はそれぞれ巨大な盾の裏で、飛来すると思われていた金属片や肉塊の衝撃に備えていた。しかし、衝撃はいつまでたっても来ず、誰しもが訝しげに瞳を開けた。


「おい、お前ら後ろだっ!!」


 マオウは一番筋力があるということで、盾を構える彼らのなかでも先頭を務めていたが真っ先に一行の背後に出現していた銃器付きの触手の存在に気が付き、その存在を唱えた。

 地面から幾本も伸びた金属製の触手。短い金属製の筒が何本にも連なることで形成される触手の先端には、闇夜に溶け込むような色合いの機関銃がそれぞれ付属し、更に深い闇色を湛えた銃口が九人に向けられようとしていた。


「シッ!」


 瞬時にシャルロッテやリリア、そしてマオウとエント以外の男三人が反応した。触手の群れをひとつ残らず切断し、貫き、粉砕する。十五本ほどあった触手たちは完全に無効化されたようであった。

 マロンらは目の前にそびえ立つ山を見上げた。それは丁度、マザーコンピュータが飛ばした金属片などが山へとぶつかり、九人の下へと降ってくることのない。そんな理想的な大きさと傾斜を持つ山であった。砕けていないというのも驚きではあるが。


「な……ん……で?」


 山の存在を見て、驚愕に目を見開き、呻くように言葉を絞り出すマロン。それは彼女の想像と予想の範疇を超えたものであった為である。


「凄いじゃない、マロン。こんなにすぐ作れるなんて」

「い、いえ、違います……。『母なる大地の造形美 ガルガムーシュ』……というか、私の能力だとどうしても植物は生成することが出来ないんです。あ、あそことかです」

「……アルマス?」


 マロンが指差した先には青々と生い茂る植物があった。夜目の利く自身の青色の瞳が捉えた植物の存在と、マロンが呟いた言葉から背後に居たアルマスをゼルレイシエルが振り向いて見る。しかし期待していた反応とは裏腹に、ゆっくりと否定するように首を左右に振っていた。


「俺じゃないですよ。もしかして……破邪の騎士とかじゃ」


「敵前で悠々と話をするというのは、不愉快極まりないことだな」


 平原に響くマザーコンピュータの声に、一斉に得物を構える九人。エントも刃先が恐怖によってブルブルと震えつつも、体は騎士団の剣術の型を基本に忠実にとっていた。アリサはそんなエントを見て、アリサは心の中でその行為を吐き捨てた。


(所詮、自己防衛の為じゃねぇか……怯えるだけで戦う気はない構え。道を違えば俺もあぁなってたと思ったら、かなり。気分が悪い)


 夜の暗闇よりも暗く、太く、異様に長いとある影に、縦一列に数人が包まれた。一同はその影の長さなどを見て瞬間的に左右に分かれて駆け出し、回避行動を取った。そして直後に影の下へと落ちてくる、触手と酷似しつつも圧倒的にサイズが巨大な物体が落ちてきた。それはマザーコンピュータの下部の台座に付属する四本のパイプの一本である。


 パイプは自重と機械の運動によって追加された力によって地面を盛大に穿ち、砕けた地表の砂礫が容赦なく九人を襲った。ついでに蜘蛛型の機壊も潰されたが、数本のネジなどが飛んだのみでベシャリと綺麗にパイプの形に潰されていた。

 盾に変形させるよりも素早く防御行動へと移行できるため、ハルバードの斧の部分を巨大化して扱う事のあるマオウと、大剣という剣腹の面積の大きい武器を扱う事のあるリリアは即座に武器の形を変化させる。二人は近くにいた仲間をその腕力を持って無理矢理得物の影へと引き寄せ、なんとか仲間のダメージが最小限になるように行動した。

 砂礫が金属にぶつかり、豪雨のごとく激しく、人によっては不快感の酷いけたたましい程の高音が鳴り響いた。アリサやシャルロッテ、それにマロンは苦手な音のようで、うずくまって思い切り耳を塞いでいた。


「ぐっ……」


「そういえばお前はエルフだったな。お前が最も邪魔だ。ここで殺す」


 マザーコンピュータは新たな山の斜面に垂直に立っていた。下部の台座についた三つのたパイプを電磁石に変化させ、山に刺さった鉄くずを強制的に引き寄せることで体勢を維持しているのである。

 その後、九人を潰さんと振り下ろしたパイプ内部に入っている機構のみを使い、本体から見て左側に薙ぐようにそれを動かした。自重が加算されていないためかあまり速度は速いとは言えないものの、標的となる五人はどうしても逃げ切れる距離ではなかった。

 五人とは丁度同じ方向に逃げていた、耳を押さえている三人とリリアとレオンの五人であった。金属製のパイプの直径は五メートルほどはあるだろうか。レオンは横にいるリリアを見たが、「無理だ」と、首を横に振った。立ち上がったレオンとリリアの足元には三人のダウンした仲間が居り、リリアの力で受け止めようとしても三人の安全は保障できないのだ。

 レオンは舌打ちをしつつ、脳内でどうすればよいか考え、そして一つの賭けに出た。


「『穿甲針がこうしん』」


 レオンは自身のハンマーを担ぐように、中途半端な形で得物を振り上げた。レオンがボソリと呟いた瞬間、目の前に金属は針というよりも釘に近い形状をしている金属の物体が浮遊しながら出現した。


「アリサ!」

「大丈夫ですか!!」


 迫り来るパイプの向こう側にいるゼルレイシエルとエントの二人が心配そうに声をかけた。一方、アルマスとマオウは五人の心配をしているのかしていないのか、山の傾斜を駆け上がりマザーコンピュータの脚のように使われているパイプを、一本でも破壊せんとしていた。


 大きな迫り来る物体に阻まれ二人の動きなど知る由も無いレオンは、釘で言えば頭と呼ばれる上部の平たい面を思い切り得物でぶっ叩く。上部がレオンの頭の方へと向き、釘の先がレオンの数歩先に辺りにある、斜めになった状態で浮遊していた。釘はレオンの打撃を受けると、まるで地面の砂に穴が開いていたのかというように易々と突き刺さった。


「『穿甲針』『穿甲針』『穿甲針』『穿甲針』『穿甲針』『穿甲針』」


 レオンが言の葉を紡ぐたびに金属を叩く騒がしい音が鳴り、長さにして一メートル以上はあるだろう釘が、斜めに地面に突き刺さって乱立している異様な光景が出来上がった。


「伏せろ!!」


 レオンの声にすかさず地面に倒れるようにして伏せるリリア。レオンも同じく伏せると、マザーコンピュータのパイプはすぐそこまで迫ってきていた。しかし、そのパイプは地面に深々と突き刺さった釘の群れによって上空に向かって弾かれ、五人を巻き込んで薙ぎ払うという事象は起こることが無かった。レオンは危惧していたことから逃げる為、パイプが自分達の頭上を通り過ぎた瞬間にレオンはアリサを担ぎ、リリアに女性二人を担がせた。


「逃げるぞ!!」


 そう叫ぶと、パイプの力によってアーチ状に折れ曲がった釘の間を通り抜け、全力疾走でゼルレイシエルとエントの下へと走った。


 ☆


 ゼルレイシエルから見れば、パイプは大きく明後日の方向へと薙ぎ払われ続けていた。ある程度まで移動するとパイプは急に運動を停止し、そして急にほぼ直角に曲がったパイプをそのまま真上に持ち上げる。

 ふとゼルレイシエルは五人が助かったことに安堵しつつも、そのマザーコンピュータの動きを見て、頭の中で何かが引っ掛かった。


 山を駆けのぼり、マザーコンピュータの一本の脚にアルマス達が迫った。外側から客観的に観察できたゼルレイシエルだからこそ、その行動に気が付くことが出来たのだ。

 上部を向いたパイプを地面に降ろした後に、数秒遅れてアルマス達が攻撃を加えたパイプが回避行動のような物を取ったのである。


 ゼルレイシエルは半信半疑ながらも、声を張り上げて言った。


「マザーは同時に複数の行動をすることが出来ないのかもしれない! 今の所、一動作ごとに動きを止めているように見えるもの!」


「くだらぬことを語るな」


 平原にマザーコンピュータの声が響いた。ゼルレイシエルの周囲に地面から先端に刃物のついた触手が幾本も現れた。接近戦の能を持たないゼルレイシエルは瞬間的に萎縮してしまい、その場にへたり込む。それを見たエントが意を決した表情をし、腰に帯びたミスリル製の剣を抜くとその現れた全てを一刀で切り捨てた。


「あ、ありがとう……」

「いえ……これぐらいしか、俺には……」


 金属音によるダメージからある程度回復し、一度ゼルレイシエル達のもとへと下がってくる三人。リリアとレオンはパイプの破壊に向かった二人を援護するために山を登っている。未だに地面にへたり込むゼルレイシエルをアリサは見ると、珍しく自分から手を差し出した。


「大丈夫かよ。……ごめん」

「いえ……あ、あの……」


 アリサの行動を見て夢でも見ているのかというような表情をしながら走ってくるシャルロッテとマロン。ゼルレイシエルはアリサの手を取って顔を微妙に赤くしつつも、マザーコンピュータの観察を続けていた。

 アリサは助け起こしながらギロリと立ちすくむエントを睨んだ。目にはどこか明確な敵意などが浮かび、エントは思わず気圧されて半歩後ずさった。

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