禍災片元・マザーコンピュータ・下

「俺たちでも勝てなかっただろうな……」

「騎士団、すげぇよ……」


 静かにアリサとアルマスが呟いた。


 涼やかな夏の夜の風が、月光に照らされた彼らの間を駆けぬけた。シャルロッテの小さな体に近づいた流動し続ける空気は、その肉体に吸い込まれるように向きを変え、風というものが消失する。何かを感じ取ったのか、シャルロッテは意識して花の力を使う為の資源を集めていたのだ。

 何か違和感を感じたのは五人も同じのようで、彼らは一斉に立ち止まる。エントはそんな様子に動揺し、声を出そうとした。が、その動作はアルマスの口元に手を当てるジェスチャーによって意識的に止められる。


「……」


 リリアが手甲の指先の棘に、腰に巻いたポーチから取り出した金属の塊を取りつけた。指先を一つの機壊の残骸へと向ける。軽い爆発を指先で起こし、金属がほぼまっすぐに吹っ飛ぶ。それは機壊の残骸に当たり、キンッというような小気味良い音が鳴った。それとほぼ同時に、地面から金属の触手のような物が機壊の影から姿を現した。


 金属の触手の先端には三本の爪と、レンズのような物が爪の間につけられていた。アリサはそのレンズを見ると即座に指先を触手に向け、電撃を発射する。触手は感電したのか、その場に落下。突然の雷撃による閃光と空気を裂くような音に気がついたために、ゼルレイシエル達が自分達の下へとやってきている事にアリサは気が付いた。


「野郎、なんか居やがるぞ」

「わかってるよ。そんなことくらいすぐ気付くし」


 と、マオウとシャルロッテが言った。


「貴様らか。死んでいなかったのか。実に愚かしいことだ」


 と、機壊が言った。

 機壊の女王が言った。


「目障りな騎士団を滅ぼし、あの騎士王という敵の首領でも討ち滅ぼそうと思って居たのだが……貴様らが現れたのならば都合がいい。邪魔をしてくれる礼を、してくれようか」


 いたるところから聞こえてくる機械での音声。スピーカーか何かがいたるところに仕掛けられているのだろうと六人は考える。エントは突然の事態に動転し、レオンに尋ねた。


「な、なんなんだ? これは、一体……」

「エントさんはマロン達が来しだい、二人の下に。たぶん、背中を見せれば殺されます」

「えっ!?」


「貴様らに洗礼をくれてやろう! 受けるがよい!」


 機壊の女王――マザーコンピュータの言葉の直後、目の前の畏怖之山から途轍もない轟音が鳴った。形容しがたい程の大音量に耳を押さえる九人。そして、粉々に砕け散った畏怖之山の山頂の岩が、火山弾の如く彼らの下へと降りそそいできた。


 山頂から見えたのは、人の神経のごとき色をしたものがみっちりと詰まっている球体。そして球体を挟むように上下についた金属光沢を放つ巨大な台。台にはそれぞれ四本の触手と呼ぶには太すぎる、自由自在動くパイプが付属していた。マザーコンピュータの大きさと言えば、蜘蛛をも更に凌駕し、高さだけでも五十メートルを越していることだろう。


 しかし、そんな敵の姿形よりも花の騎士達にとってはまず降ってくる岩が問題であった。


「『雷光斬』!!」

「『鎌首』!」

「『水銃アクアス』」


 一撃の重い遠距離攻撃を持つアリサ、マオウ、そして合流したゼルレイシエルが上空の大きな岩に向かって業を放った。三人は連続して技を放ち、自分達の下へ堕ちてきそうな大きな岩は破壊した。


「小石は俺がどける。『茨爪ブライアネイル』!」

「砂邪魔!!」


 アルマスが両腕を背後まで振り上げると、その指の先に棘が無数に生えた植物が生えた。いわゆる、茨である。左右の腕に指の数だけ生え、その数は合計十。十二メートルほど茨の伸びた腕を思い切り前方へと、引っ掻くような構えで振った。いくらかの小石を拭き飛ばし、茨はボロボロになっていたが即座に元の形に戻り、アルマスは何度も前後に茨を振り続ける。更にシャルロッテの出した突風によって、小石や砂などはあらかた離れた場所へと落ちた。

 石などによるダメージも合わせ、次点で危惧されていた服の中に石や砂が入り、動きの邪魔をされるなどの弊害が起きなかったために、八人はホッと肩をなで下ろした。


「な、え、あ……」

「すみません。けど、こうしないと、彼奴には勝てそうに無いんです」


 エントは砂や石に埋もれた仲間たちを見て、放心していた。何度も起きる予想外の事態に頭が追い付かないのだろう。アルマスの言葉にも反応せず、虚無感を感じさせる瞳で八人を見る。そんなエントの様子に、珍しく人にキレることの無いアリサが舌打ちをした。


「あんたはそこで固まってるだけなんだな。地面にでも隠れとけよ。邪魔だ。何も前に進むためのことを考えることが出来ないあんたに、俺は守るべき意義を見出せない」


「なにを語らっているか知らないが、そんな調子ならばさらに洗礼を授けてやろう」


 マザーコンピュータの上部にある一本の触手、いや、巨大なパイプの先が九人のいる平原へと向いた。その先端。無数の人間ほどの太さの導線が詰まっているように見えるそこで、バチリと電気が瞬く。先ほどの山の爆発はこの電気を用いた技である。


「きゃぁぁぁぁ! 引っ張られる!!」

「ぐっ……」


 金属と電気により、マザーコンピュータのパイプの先は電磁石へと変化した。辺りに散らばっていた機壊の残骸や騎士の死体、武器が引っ張られ、高速でそのパイプ先へと収束していく。

 蜘蛛型の機壊は流石に重すぎるのか、微動だにしていないため九人はそれにしがみついていた。


「鉄、引っ張られてっ……うぅぅ!」

「ちょっと待っとけ」


 唯一鉄製のものを身につけていなかったアルマスが、それぞれ八人の足元を殴りつけてまわった。


「『草甲』」


 地面から生えた植物が八人の足に絡みつき、引っ張られるないように抵抗するのを補助した。


「あ、ありがと……っ」

「って、うおっ!?」


 体が飛ばないように腕立て伏せのような形で踏ん張っていたため、突如止まった磁力の影響で力余って蜘蛛型の機壊に頭をぶつけそうになった八人。前方につんのめった所で、アルマスが背後を向いた。

 パイプの先端の向きを上向きにするのと同時に磁力が解除されたようで、大量の金属の塊が宙を舞っていた。九人の居る場所から八百メートルほど離れた場所にいるマザーコンピュータは、上部の台を回転させ、風車の如く四本のパイプを回転させ、一つのパイプでそれらを殴り……


「こいつの裏に隠れろ!」


 大きさのわりにかなりの速度で回転する長い物体に叩かれ、原型をとどめないながらも金属の塊が相当な速度――まるでバットでボールを打ったかのような速度でもって飛来した。アルマスは即座に『草甲』を解除して植物を枯れさせ、レオンの言うとおりに蜘蛛型の機壊の影に隠れる。しかしレオンはなおも対処法を考えて、マロンの方を向いた。


「マロン! これだけじゃ駄目だ。お前のでもう一つ!」

「え……は、はい! わかりました! 『母なる大地の造形美 ガルガムーシュ』!!」


 手にしていた神聖銀ミスティリシス製の箒を胸の前に掲げ、掛け声と同時に頭上へと持ち上げる。

 彼らから見て蜘蛛型の機壊の向こうにある地面の土がゆっくりと動いた。マザーコンピュータが破壊した畏怖之山の土と周りの土を巻き込み、中心の点を基準に山のように盛り上がっていく。騎士達の死体は蜘蛛型の機壊と山の間にどういうわけか移動し、一か所に集められた。マロン自身も箒を先を盛り上がる地面の方へと向けて、溜めていた大量の石や砂や土というものを放出していく。


 マロンが使ったのは、自分の居る地面を粘土のごとく自由自在に変形させることが出来るという業である。とはいえ、現在の彼女の力ではその変形速度も遅く、


「角度的にまだ高さが足りねぇ!」


 レオンが飛来物との距離などを目視で量りながら叫んだ。マロンが悲痛そうな声で答える。


「け、けど……無理です! これ以上早くできません!!」

「とりあえず各自の盾で防ぐしか」


 もうすぐ飛来するというのに、必要となるであろう高さの三分の一ほどにしか達していなかったのだ。マロンはリリアと同じ盾にかくまわれ、何も身に纏っていないエントはレオンの盾の中へと一緒に入った。しかしそれもあまりいい行動では無い。最悪防げたとしても、飛来する金属による衝撃で腕などが痺れるなどの可能性があるためだ。

 全員がその衝撃に備えて踏ん張り、目を閉じていた時。真っ白な光線が八人が先ほどまでいた丘の上から、盛り上がっている途中の山へと放たれていた。


◆◇◆◇


 丘の上に白い髪を二つに纏めた女がたたずんでいた。眼下の仲間を見つめ、そして、眼前の仇敵を睨んだ。傍らに立っているのは銀色の毛並みをもつ巨大な狼。一人と一匹は無言で居たが、ポツリと女性が呟いた。


「今の私じゃ、これだけしか助けられないけれど。どうか、倒して欲しい。私が言っても、邪魔になるだけだから……」


 女性は右手の人差し指を、盛り上がり続けている山へと向けた。その指先からは白く細い光線が放たれる。

 白い光線は山にあたると先端から弾け、淡い色合いをした雪のような光へと変化して山全体を覆った。その現象にマザーコンピュータが気付いたようで、女性と狼の周りに大量の銃器を地中から出現させる。しかし既に女性は狼にまたがり、狼は真後ろに跳躍をしていた。銃撃は空を切り、女性を乗せた狼はすぐさま背を向けてどこかへと駆けていく。


「私が出来ることはした。あとは……お願いね。みんな」


 彼女達の背後では白い光の量が倍々と増え、レオンが必要としていた高さへと光が達していた山があった。光は徐々にその光を失い、植物もいたるところに生えた岩の山の姿を現す。あきらかに存在していなかった物質が出現し、新たな山が作り出されたのである。


 そして花の騎士達に痛手を与える可能性のあった金属の塊や肉塊は山へと直撃して力を吸収され、彼ら八人の下へは何一つとして落下してくることは無かった。

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