閃雷花の騎士よ。戦いに終止符を・中

 マオウは巨大なパイプの先端から一番近い関節に酸を纏わせたハルバードの斧を叩きこむ。

 強烈な酸によって横一文字に裂かれ、関節が宙ぶらりんと、半分だけ引っ付いた状態となっていた。アルマス切断されて電気を纏わせられなくなった様子の関節に、訓練によって単発では正道の片手式よりは威力は下がりながらも、両手で二連撃を放てるようになった猫剛掌ねこパンチを左手、右手という順番でぶち込む。パイプ内部の金属は左から右からなかなかに強烈な打撃を受け、何十本かの銅線のようなものが切れたようであった。

 アルマスは追撃の如く逃げるように動くパイプ先端に見える複雑な機構を、手が届かなくなるまで何度も軽く殴りつけると、もはや仲間の内ではお馴染みとなった汎用性の高い業を発動させた。


「『草甲そうこう』!」


 アルマスに殴られた機構から蔦がいくつも成長し、パイプ内部の物体をいくつも絡め取って機能不能にしながら、パイプの根元へと向かって成長していく。


「ゴミめが。我らの邪魔をしおって」


 どこか忌々しそうな声が平原に響いた。

 二人の男の攻撃を受けたパイプは中途半端な場所で動きを止め、ガタガタとなんとか動こうと軋む機構の音がうるさく鳴っている。頭上にそんな不安定な物体がありながらも、二人は山を駆け上がって消費した体力を素早く回復させようと周りに警戒しながら押し黙っていると、山の麓からゼルレイシエルの大声が聞こえてきた。


「同時に違う操作が出来ないだぁ? ほんとかよ」

「まぁ……疑わしくはあるな」


 同時に真上のパイプを見上げる二人。いたるところの関節から外に蔦がもれてパイプにまとわりついていた。そこに駆けてくるのはリリア、辺りが暗いために良く見えないが彼女の背後にはレオンも登ってきていた。素の身体能力と体格差によるものか、なかなかに大きく差が開いている。


「なにこれ……どうしたらいいの」

「そろそろ枯れ始めるかもだろうから、その時に燃やしてみてくれるか?」

「うーん。どうなるかはなんとも言えないけど、わかった」


 マザーコンピュータはパイプの動きが強制的に阻害されているため、次の動作へと移行することが出来ないのかただただ三人の頭上のパイプがカタカタと、どこか悔しそうに音が鳴るだけであった。


「携帯端末は使える?」

「駄目だな。妨害のための電波でも出てんのか、圏外にしかならん」

「声で伝えるしかないか」


 三人の下へとレオンたちが合流し、マオウが大声で山の麓にいる五人にパイプに気を付けるようにと声をかけた。

 一同はパイプの影となる位置から少し山を登った位置に構えた。


「『極焔玉きょくえんぎょく』」


 リリアは目を瞑って集中すると、自身の両腕を左右に広げてその手のひらにそれぞれ静かに燃え盛る火を出現させた。男三人が暑さに後ずさるなかリリアは自身の胸の前に両手を持っていき、二つの火を掛け合わせて一つの大きな炎を新たに生み出す。

 煌々と美しい光を放っていた炎だが、やがてリリアの手のひらから徐々に放出される火炎を吸収し、段々と荒々しい光を帯びて来ていた。


「……今だっ!」


 アルマスの合図にリリアは目を見開き、炎を掴むように右手で引き寄せる。ドッジボール大の大きさとなったボールを片手に、左手で前方にあるパイプに標準を合わせると全身の力を用いて投球した。

 巨人族の力による投球は異様な速度を持ってパイプに迫った。炎がパイプの外装に近寄った瞬間、外装の金属は真っ赤に色を変える。炎を凝縮するという力により、物体的な性質を持った炎は熱によって非常に柔らかくなった外装を抉り、パイプの中身へと侵入すると筒の中央部まで抉りきってやっと消えた。それに合わせてアルマスが合図した際に枯れ始めていた蔦に引火し、パイプの内部に炎が急速に伝播していく。


「……なぁ、あの球体の中に入ってるの、なんか動物の神経みたいな色してねぇか……?」

「あ? 知るかよ。まぁたしかにそう見えるけどよ……なんつーか、脳味噌みたいな感じだろ」


 レオンがマザーの動向に注意するように見ていて気が付いたことを呟くと、薬学以外にそれなりに人体に知識のあるマオウが答えた。

 レオンの言葉を聞いてか、マザーコンピュータの中央にある球体の中のナニカが、ひとりでにドクリと蠢いた。


 ☆


「おいお前は、なんなんだよ」

「あ、アリサ?」

「な、なんなんだと言われましても」


 アリサはエントの胸倉を掴み上げ、目じりを吊り上げた瞳には憎しみが映っていた。ゼルレイシエルやエントは戸惑い、マロンとシャルロッテは少し三人から離れた場所でマザーコンピュータの動向に注意しつつその様子を見守った。


「お前は、なんの為に生きてるんだ? 敵の元凶が居るのにそいつと戦おうという気概は見せねぇのに、今になってゼルシエを助ける為に、」


 足元にある機壊の残骸を、電気を纏わせた足で蹴りつける。


「こいつらをぶった切った。なんなんだよ、お前はなんで俺の目の前に立ってる」


 鎧が無いとはいえ、体を鍛えているために一般人よりも重いはずのエントをアリサは片手で地面に叩きつけた。機壊の残骸が無い場所を選んで行ったということだけが、今の理性を感じられる所であろうか。

 ゼルレイシエルは錯乱しているアリサを止めようとしているものの、戦士でもなく、血を飲んですらいない女吸血鬼程度の力では怒りで我を失っているアリサを止めることが出来ない。


「かはっ! ま、まっ……」


 ぎりぎりとアリサに服の襟を絞り上げられ、呼吸しづらくなるエント。流石に止めに入ろうとマロンが駆け寄ろうとした瞬間、山の上からマオウの声が聞こえて来た。


「てめぇら、このミミズみてぇなのがどうなるか知らねぇから、逃げとけよ!!」


 ゼルレイシエルがハッとした表情で見ると、マザーコンピュータのパイプの一本が中途半端に上空を向いたまま停止していた。それを見てマオウの言わんとしていたことを察し、ゼルレイシエルはアリサにより一層強く行為をやめるように力を入れる。


「何故だ、お前はなんでこんなところに居る。逃げないのか? あ?」

「い、い、か、げ、ん、に、しろーー!!」

「がっ!!?」


 アリサの態度に怒ったシャルロッテが助走をつけ、アリサの体に強烈なタックルを食らわせた。


「こんなことしてる場合じゃないでしょ! なんなよかわかんないけどさっさと逃げるよ!!」

「なっ……ぐえっ」


 倒れたアリサの襟首を掴んで、怒ったように大股で歩くシャルロッテ。開放されたエントはむせるように咳をして、空気を吸い込みながらも立ち上がって後を追う。残りの二人は一様に呆然とした顔をしながら後を追った。


「おいシャルロッテっ離せっくそっ!」


 引きづられるように歩きながらシャルロッテに抵抗する怒りに囚われた。ある程度歩くとシャルロッテは立ち止まり、アリサを地面にぞんざいに投げ捨てた。


「ぐっ……」

「アリサち、ウザいよ。少なくとも、私は、今のアリサち嫌い」


 シャルロッテは吐き捨てるように語った。彼女はアリサに背を向け、隣に居たマロンに向き直る。


「マロンちゃはどう思う?」

「えっ、わ、私は…………でも、やっぱり、なんだか怖いです……」

「そっかぁ、怖いかぁ……そうだねぇ」


 背伸びをしてマロンの頭をシャルロッテは撫でる。視線の先ではリリアのものと思わしき炎が出現し、パイプの影へとその炎が隠れていっていた。


 アリサはまだエントを睨み続けている。

 ゼルレイシエルはそんな惚れた男の頬を両手で掴むと、自分の方へと強制的に向けさせた。


「アリサ。なにをしてるのよ。貴方らしくない」

「……なぁゼルシエ。この世で復讐以外に最も生きることで重要なことなんて、あるのか?」

「え……?」


 ゼルレイシエルはアリサの問いに言葉が詰まった。

 山の上では熱に耐えかねたマザーコンピュータが、燃やされたパイプを土台から外し、ゴロンゴロンとけたたましい音を鳴らしながらそれが落ちてきている最中であった。


「ガルガムーシュ!」


 マロンが地面の砂を操り、自分達の前に小高い堤防のようなものを緊急的に作る。勿論、騎士たちの遺体は自分たち側の方へと集めてである。

 そんな光景が広がりつつも、一同のなかで三人だけ成人している彼らはそれぞれで話しあっていた。


「復讐なんて、なにも生まないわよ……」

「……復讐というものがなければ、今の俺は無いし、空っぽになる。なぜこいつは、復讐心を持たないのに、自分という存在を持っていられるんだ?」


 アリサが絞り出した言葉に、再びゼルレイシエルは息が詰まった。頭上の空には寒々しいほどに透き通った美しさを持つ若月が、煌々と異形と選手達の戦場を僅かに照らす。

 ガゴンッと大きな音を立てて、マロンが用意した堤防にぶつかってパイプが止まった。マロンの浮遊の魔法を使って五メートルもの直径を持つそれを飛び越え、二人の姿は見えなくなった。


 エントが、ゼルレイシエルの代わりに答えた。


「生きる意味とは、それほどまで、絶対に必要なものなのか?」

「は?」


 アリサはゼルレイシエルの手に抵抗し、力づくでエントを睨んだ。二人はしゃがんでいるため、どちらもエントを見上げる形となっている。


「生きる意味があるなら、それに越すことは無いかもしれない。そもそも、俺には国に家族も居るし、妻もいれば子供も居る。それに、忠誠を誓う騎士王様も。だから、君の言っていることは、少し難しい話なのかもしれない」


 エントは少しずつ、言葉を選ぶように喋った。その度に、アリサの顔が困惑に曇っていく。


「だが……確かに俺は、上司も、部下も、仲間も、仇敵も、ほとんど失った。俺のなかの何かが、大きく欠けて喪失したのは間違いない」

「そ、そうだろ? だ、だったら」

「俺は、復讐よりも、恐怖が勝ったよ。俺たち騎士団でも勝てないような、そんな存在を見たんだから。今まで侮っていた存在に、圧倒的な力で蹂躙されて、恐怖を刻み込まれない奴が居るのかな。俺は、居ないと思う」


 アリサはよろよろと立ち上がり、エントの胸倉を再び掴んだ。ゼルレイシエルが止めようと立ち上がったが、アリサの力はとても弱々しいものだった。

 遠くでは、山の斜面による高低差を使ってマザーコンピュータの巨大なパイプの攻撃を避けるレオンら四人が居た。大ぶりな攻撃によって隙を盛大に表してしまったマザーコンピュータに、マロン達も加わってさらなる追撃をしていく。


「彼女を救うために、何故動けたのか……だったか。それは、恐怖からだろうと思う」

「恐……怖?」

「……あぁ。奴らが怖いからこそ、あの元凶を倒せる君達を、手助けしようと思えたんだ。奴と戦うのは怖い。だが、奴が居なければ、他の機壊も居なくなると言うなら、雑魚ぐらいならば、生きる為に俺も戦おうと思った。ただ、それだけだよ」


 アリサは涙をボロボロと流した。


「なんで、そんなに強いんだ……? なんで、生に執着出来る」


 苦悶や怨嗟や、様々な感情がごちゃ混ぜになった言葉。ゼルレイシエルは小さくなったアリサの体を後ろから抱き締め、その背中に顔を埋めた。


「愛よ。あなたには、それが、足りてないから。愛は、白神花(はくしんか)が司るもの。どんな感情よりも強くて、特別で、大事なものなのに、貴方にはそれを与えてくれる人が居なくてわからなくなってしまった」


 アリサはエントの胸倉から手を離し、自身を包むゼルレイシエルの手を握った。両方の瞳からは涙が溢れ続け、空を睨んで悲しみの雄叫びをあげた。

 それに同調するかの如く、マザーコンピュータの下部のパイプが二本同時に破壊され、体を支えきれなくなった本体は、上下が逆転した。つまり、球体の上部にあった土台が地面の方を向いたのだ。


「ねぇ、アリサ。一度、今の自分を見つめてみて。貴方の周りに、愛は無い?」


 ゼルレイシエルが穏やかな表情で涙を流しながら、子供に教えるように言った。エントは邪魔をするのは無粋と、二人に背を向けてあたりの警戒を始めた。

 転がってきていたパイプの一つが、目の前で停止しているパイプに当たって超重量のものがぶつかり合う音を立てながら停止した。


「……愛? 楽しい……仲間……アルマス?」「そう」

「マオウ……レオン……」「そう」

「リリア……マロン……シャルロッテ……」「そうよ」

「…………ゼルシエ?」「そう」


 アリサはゼルシエの手を自分から外させ、向き直ると、今度は自分からギュッと抱き締めた。大切なものを守るかのように。


「……愛、愛? ……なんか、もう、いっぱいいっぱいでよくわかんねぇけど、ありがとう」


 ゼルレイシエルはしばらくおとなしく抱き締められていたが、やがて自身に起きている事態を認識し、顔を真っ赤にして慌ててアリサの抱擁から離れた。

 自分たちの目の前に転がるパイプの奥では、マザーコンピュータが先ほどまで下部にあった台座を地面に落とし、台座に球体が乗っただけの状態へと変化した。


「あ、アリサがあんな調子だと、戦力が減ってしまうからよ! そ、そうじゃなかったらこんなこと……」

「そっか。……まぁありがと。ちょっと複雑だけどな……それと、エントさん。取り乱して、すまなかった」


 アリサはゼルレイシエルの言葉に、どこか寂しそうに笑って答えるとエントに向かって頭を下げた。エントは気にしていないと言うように首を左右に振り、代わりにこう答えた。


「気にしていない。けど、お詫びとして一つ頼みたい」

「……なんです?」

「あいつを、倒してくれ」

「そんなこと、言われなくても。ぶっ壊してやりますよ。あれは俺の仇敵で、俺が前に進むための壁でもありますから」

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