悪意は畏れの傍に・上
機壊の統治者は討たれるだろう。
その時には王の御座たる畏怖之山は崩壊し、
精強たる軍もわずかな敗残兵のみを残してその姿を消す。
しかし、御座は新しき姿を持って現れるだろう。
消失した軍も民が居れば力を取り戻すことが出来る。
八輪は立ち向かわねばならない。
たとえそれがおぞましき成長を助けるとしても。
無知は罪。
無知には安楽と苦痛が伴う。
だが知らないまま戦わなければならない。
そうしなければ復活はしないのだから。
白い小さな花は影にて萎びながら、
ただ日の光を待ちわびるのみである。
ユグドラシルの根の一部に刻まれていた言葉
********
「「やっほぉぉお!」」
「何叫んでんだ、お前らは」
猫の村襲撃事件から数日。
大陸中心部に位置する首都とも呼ばれる都市、【京】。そこにある大陸内の各国各街村をまとめる自治組織、“中央神獣院”より村の状況を確認する為に役人が訪れるという報があったとティエラ夫妻から聞き、慌てていくらかのお金を貰って村から出発した八人である。
わりとあっさりとした別れのマール・ティエラに対し、妻のシエロ・ティエラの方と言えば女性陣と抱擁などをして名残惜しそうにしていた。役人が来た際に「一発ガツンと文句を言ってやるさ」などと息巻いてもいたが。
彼らは【永夜の山麓】地方にもほど近い、鬱蒼とした森のすぐ脇にキャンプを設営していた。
「……やべぇな」
「どうしたの?」
「猫の村でミントタブレットを買い溜めしとくの忘れてた。まぁ次の村までくらいはあるだろうけど」
「あら……そういえば、私のカプセルもそろそろ使用回数が切れるのがあったわね……神獣に見つからないように……とは言っても、こう準備に不足とかが出来るとちょっと困るわね……」
「そうだな……」
共に溜息をつきつつ、何気ない不満を漏らすレオンとゼルレイシエル。塔を出発し、旅を始めてから二か月強ほどの月日が経過していた。各々で旅に慣れて来てはいるものの、リリアなどは故郷に居たときに【京】などの大都市に行く集団に、ついて行ったりすることも何度かあったのだが。それ以外の女子三人は、旅によって疲れている節もあるようであった。なお、シャルロッテは普段の明るい様子からあまり疲れているのを感じられないが。
「いやぁ、だって、そこに
「士遷富山とか、携帯端末で調べりゃすぐ出てくんだろ? 俺は知らねぇけどよ。写真か電話かメールくらいしか知らねぇ」
「うん、知ってる」
などという訳の分からない主張をするシャルロッテと、非常に機械に弱いマオウ。自分達のキャンプからかなりの距離はあるものの、はっきりとその姿を瞳に映させる、“世界で最も高い山”。士遷富山に向かって叫んでいたリリアとシャルロッテに、小言のようなことを呟きつつその口元はどこか嬉しそうに歪んでいた。
「実物と写真じゃ全然違うよ!! というかマオウ兄もそわそわしてるじゃん!」
「馬鹿野郎、俺のは武者震いだっつの。あそこにゃあ、神獣の中でも特に戦闘の強え“
「雷獣! 強そう!!」
「……三度の飯より喧嘩好きって感じな二人の主張はいまいち共感できないなぁ……」
頬を指でかきつつ目の前の二人から背を向けて呟くリリア。すると、そんな三人の会話を聞いていたマロンが補足をするかのように言った。
「え、えっと……酒呑童子様も、いらっしゃいますよ?」
「東の雷獣、西の童子とは良く聞くけどよ、そっちはあんまりつえーっつのは聞かねぇからな……」
「たしかに変わった方ですけどね……茨木童子様がしっかりしてらっしゃいますけど」
そんなマロンの言葉に押し黙る、三度の飯より喧嘩好きと言われる二人。そして同時に、
「まぁどっちも戦ってみれば良いだろ」「とりあえず戦えば良いじゃん」
文字は異なるが、まったく同じ意味合いの言葉が発せられた。その後二人は黙った後にお互いに顔を見合わせ、平凡なヒト同士が行うようなものとは、明らかにレベルが違い過ぎる危険な喧嘩を開始した。
リリアとマロンはこちらも顔を見合わせたあと、いつものことだと二人の喧嘩に巻き込まれないように離れる。
「次はどこに向かう?」
「すまん、わかんねぇ……どっちも解析はしたんだが、マザーがどこに本体があるのかとかは記録されてなかった。ことの成り行きから東の方に来たけど、このままどっかに向かうか?」
「どっかって……こっちこそわかんねぇって。【星屑の降る丘】の地理とか詳しくねぇって」
「ソレモソウデスネィ」
周りの人物たちの性格から、普段からツッコミ側に回りやすいアルマスの目の前でわざと巻き舌風に答えるアリサ。だが程度が低いネタであったためアルマスはつっこまない。
「それで、結局どうすんだよ」
「騎士王の街……“
「一人で行って来い」
そして腹を殴られるアリサ。アルマスもボケなのか素なのかよくわからないものには、ツッコミを耐えられなかったようである。
なお、きりたんぽカレーは真面目に戎跡柴炭の名物であったりする。隠れた名物扱いであるが。
「何してんだお前ら」
そろそろ秋の入口にも入りそうではありながらも、まだまだ暑さの衰えない風月上旬。どこか聞きなれたような、男の声とも女の声ともつかないながらも流暢な言葉が、キャンプの中に響いた。
「リューフローザとガロン・メタリカ……」
「ちょっと頭がたけぇぞオレは今後こいつらを「ガロン・メタリカさんってば……ごめんなさい、皆さん。……あなたはやはりエ・ラ・フレミオさんに似ていますよね。野心と憤怒って似ていますから……憤怒はいけませんよ」おまえが一番怒らせてるのをわかれよ。慈愛の裏に隠れた毒をやめろ。詫びとして席譲れ」
「え、えーっとぉ……」
困ったように声をあげるアリサの目の前に居たのは、液体のように動く金属と、しなるように動くマネキンとも若木とも言えない、それぞれ人型のもの。
前例から察するに、もれなく天使達であった。
「えっと……ガロン・メタリカ様?」
「おうよ。我が名はガロン・メタリカ、金属と野心を司r「あら、怪我をしているではありませんか。治療をしなければ……」リューフローザァ?」
(慈愛も良いけどいい加減俺ら(私達)に飛び火しそうだから、いい加減やめてくださいっ……)
などと八人全員が思うのであった。若木のような人型……リューフローザは喧嘩をしてわずかに体から血を流しているマオウとシャルロッテの下へと行き、傷を左から右からと、キョロキョロと観察するような仕草を見せた。決め台詞までもが潰され、金属の天使ガロン・メタリカが怒りでブルブルと体を震わせるなか、リューフローザは何も気が付いていない様子で地面へとその両手をついた。
「とりあえず薬草を……」
「あ、か、回復ならば私が……」
植物を司る天使の言葉に、慌てて反応するマロン。
「いえ、あなたが力を使わなくても大丈夫です。そこまで酷いけがでは無い様ですし「ちょ、まて馬鹿。あ……」
ザワリと音をたてて、一本の背の低い木が生えた。そしてその木が成長しきると同時に姿を消すリューフローザ。花祝の力をその行為に使ったためで。
「………………」
「………………」
「えっと……」
「「「なにしに来たんだ」」」
思わず台詞が重なる金属の天使と花の騎士達であった。
☆
「そしたら、まぁお前達は東に向かうと良い。ただし、戎跡柴炭の街じゃなく、騎士王の軍隊のところだけどな」
ガロン・メタリカの前に座らせられながら話を聞く八人。天使達それぞれに対応する属性があるように、性格ももちろん様々なものであった。野心という感情を司るとおり、その言動もなかなかに横暴なものではあった。が、そんな点を除けば至極まともではある。
「騎士王の街じゃないのに、騎士王の軍隊って……矛盾してませんか?」
「まぁそのあたりは調べることだ。端末を使えばすぐわかることだろ」
「あぁ、騎士王の軍隊の軍事演習があるのか……」「はえぇよ」
天使も驚くアリサの検索速度であった。
アリサが手元の端末を使って画面に映し出したのは妙に格式ばった、全身に金属製の鎧を纏った者たちが縦横に整列している写真。騎士王が特に信奉しているというガロン・メタリカを現す色である銀の色を塗りつぶすことなく、ただギラギラと太陽の光を反射している様がうかがえる。どの鎧もかなりの輝きを放っており、写真の約半分は反射光によって真っ白になっているのはいつものご愛嬌である。
アリサの背後から仲間たちが画面を覗きこみ、「あぁ、なるほど」とシャルロッテ以外の七人が頷いた。
「いや、さっき情報収集の為に騎士団のホームページ……ってかブログ開こうとしてたんです」
「……何度かこのサイト見たことありますけど、かなりファンシーですよね……」
「ファンシーというか、もはやラブリーというか……広報担当の人、女の人だし仕方ないのかもしれないけど、騎士団公式でこれはどうなのっては思う……」
拡大した写真を縮小した画面に映っていたのは背景にピンクや水色などが使われた水玉模様が置かれ、デフォルメされた何らかの白い騎士や武器がいたるところに配置された、とても目の痛くなりそうなウェブページ。アリサはそんな画面を見て呟いたリリアとマロンの呟きを聞き流しつつ、そっとパソコンを閉じた。
「何をオレそっちのけで会話してんだ。殴りかかるぞこのやろう」
「え、いや、すいません」
「謝るんならそれでいい。まぁそういうこった。ちなみに、わかってるな? お、ま、え、達、の新しい業」
お前達と呼ぶのに、リリアにマロン、レオンとアルマスを順に右手で指しながら言うガロン・メタリカ。四人は一様に「はい」と言いながら頷くと、ガロン・メタリカも了承したという様に頷いた。
「特にマロン。……及びレイラ? うん、お前達のは一番重要となるはず。ロア・ロックスもそう言ってるし、使いどころを考えな」
「は、はい!」
「さて、そろそろ時間か。まだまだ今のままじゃ時間も短いし、姿形もまだまだだな。ま、精進しろよ特にレオン。じゃ」
そう言い残すと、ガロン・メタリカは即座にその姿を八人の前から消した。八人はゆっくりと立ち上がると、脱力するように息を吐いた。
「ガロン・メタリカ……様? ちょっと怖い……かなぁ……」
「怖いと言うか、横暴だな……野心が強いとあぁなのか……」
「野心ってのは自分以外見えなくなる……そのかわりに向上心が高く、分野によっては大きな好影響を与えるもの……って本に書いてあったわね……」
本人が居なくなった後にポツリポツリと不満のような物を漏らすシャルロッテとアルマス。ゼルレイシエルはそんな二人の言葉に自分の持っている知識を語った。そんな彼女の台詞に「お、おう」とどもり気味の返事を二人が返すと、ゼルレイシエルは出しゃばったと思ったのか顔を真っ赤にして手で覆った。
ゼルレイシエル以外の女性陣はそんな彼女の反応にほっこりとした表情をしつつ、マオウが傷口にリューフローザが生やした薬草の葉を、握りつぶして出てきた汁を塗りながら質問をした。
「そんで、その軍の訓練ってのはどこでやってんだ?」
「……“
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