手合せと弔いの宴・下

 アルマスの提案を聞いた人猫の男は、一瞬顔をゆがめたあとに快諾の表情を見せた。つまり満面の笑みである。


「おお! アルマスさんに手合せをしていただけるとは!」

「……あぁ、まぁ良いけど。ルールは?」


 アルマスは歯牙にもかけないような様子で淡々と聞き返す。人猫族の男は何か悔しいのか、表情をゆがめながら答える。


「えーっと……とりあえず急所に腕を置かれた者の負けってことで」

「……ルールはちゃんと決めろよ。そんなのでマロン達と手合せしようとしてたのか? 何考えてんだ。“負けた方を一方的に嬲り放題じゃねぇか。”……相手が気絶しても、だな。それに降参と周りからの静止」

「わ、わかってますよ。急に手合せとなったので……」


 そう語りつつ闘技場の中央へと歩いて行く二人。するとそこにアルマスを追いかけていた人猫族の少女たちが駆けてくる。見た目には巨大な色とりどりの猫達だが。

 流石に人狼族の中でも、最速最強を誇る白狼種には身体能力では勝てない様で、性差もあってアルマスにかなり遅れてやってきた。


「あ、アルマス様? なんであの人と?」

「ほら、あそこにリリア様とマロン様が……」

「本当……っていうことはやっぱり……」


 何を思ったか、人猫の少女たちにジットリとした目で見られるリリアとマロン。そんな視線を感じ取って顔を見合わせて困っていると、不意に鈍い音が鳴る。

 音の聞こえた方向であるアルマスと人猫の青年に視線を移すと、そこには膝から崩れ落ちる青年の姿があった。


「……“猫剛掌(ねこパンチ)”って、こんな感じか?」

「な、なんであんたが“猫剛掌”を使えるんだ! 」

「なんでって……シエロさんに何度も打たれたし、基本の型も昨日散々見れたからな……」

「そんなことで出来るほど簡単なもんじゃ……!」

「出来るんだよ。それが俺で……俺の業だから」


 青年を引き摺り、リリア達に絡んでいた男達の下へと連れて行くアルマス。一番手前に居た男に青年を預けると、平然と聞く。


「それで? 他に手合せする奴はいるか?」


 数秒の沈黙の後、地響きの如く歓声が上がりアルマスとの手合せを望む声があがる。リリア達への恋心より、強者との戦いという者に男の血が騒いだようで、もはや二人などそっちのけの状態となった。人猫族の少女たちもアルマスの方を見ていて、何が起こったのかわかっていないにも関わらず、黄色い声をあげている。

 アルマスは動いて体が熱いのか、苦手な体温調節の為の上着の薄手のパーカーを脱いでシャツ一枚の姿になった。細身ながらも引き締まった腕などが太陽の下に照らされ、更に少女たちから黄色い歓声があがる。アルマスはパーカーをマロンに預けるふりをしながら、耳元で小さく教えた。


「俺がこいつらの気を引いとくから、機会を見て逃げろ」

「は、はい!」


 アルマスは一人の青年と闘技場の中心へ向かう。青年は防衛分隊長の一人で、“猫剛掌”も放つことが出来る実力者であった。アルマスもなかなかの相手と見たのか、脚部を獣化させて自身の立ち位置へと向かう。再びざわめく村の戦士たち。何故そんなにざわめくのかわからないリリアが、近くに居た男に聞いた。


「あぁ……凄いですよ。部分的に獣化だなんて、どれだけ鍛錬を積めば出来るのか想像もつかない……」

「そんなに難しいの?」

「えぇ、何せ普通は獣かヒトかのどっちにしかなれませんから。集中すれば出来ないことも無いですが、あんな歩いたりだなんて普通できませんよ」

「へぇ……そんなにアルマスって凄かったんだ」


 素直に関心するようにアルマスを見るリリアとマロン。人狼族による猫達の奥義、というどこか笑いを誘うそれを、アルマスは平然と放った。が、威力や技術は流石に青年に負けるのか、拳は簡単にいなされてしまう。青年はしめたとばかりに詰め寄るものの、アルマスはそれを予測していたのか、足を振り上げて丁度青年の鳩尾を蹴りつけた。まだ完成度の低い技だからこそ、追撃を行う前提での攻撃であったのである。


 リリアとマロンはアルマスの言うとおりに逃げ、先ほどまで居た広場へと向かう。

 二人が通り過ぎた木の上で、どこかで見たような真っ白な小鳥が「チィ」と鳴いた。


 ◆◇◆◇


 夜となった。

 リリアとマロンが闘技場から逃げた後、男達に絡まれて困っているゼルレイシエルに気が付いていないアリサを蹴りつけて、さっさと助けに行くように仕向けたり……などの出来事がありつつも時間は過ぎて陽は落ちた。


 村の広場には簡易のステージのような物が作られ、カラオケやダンスなどが披露されていた。それを観覧する人々の手に握られているのは、マタタビから作られた酒。瞬火の村の特産品であるそれを、ゴクリゴクリと皆が遠慮なく飲んでいる。


 この村の中では芸名ということにしているレイラのステージが、最も大反響で終わり、そして最後のしめとなる村の楽師達の演奏の準備となった。


「お疲れ様! やっぱり目の前で本物見れるのって凄い!」

「そう? そう? そう思いますぅ? やっぱり銀河系ともなるとねぇ、流石にねぇ」

「うんうん! すごく良かった!!」

「ありがとリリア~!」


 あたかも仲の良い姉妹のような会話を繰り広げるリリアとマロン改め、もう一人の人格であるレイラ。無邪気に笑う彼女達を見つつ、レオンがやれやれとした調子で声をかけた。


「まぁまた絡まれなくて良かったな」

「レオンのお蔭だよぉ、あそこで追い払ってくれたからこそたぶん絡んでこなくなったわけだし」

「レオン兄には感謝してます、ほんとにありがとう」

「わかりゃあ良い」


 ガリッとミントタブレットを噛みつつ皮肉げに言うレオン。実はアルマスがあらかたの手合せを終えたあと、急に熱を思い出したかのごとく数人の男達が二人の下へと殺到したのである。その時はマロンとレイラの意識は入れ替わっており、リリアもこういった者には慣れているのではないかと思っていた。だが実際はそんなことはなく、レイラもかなり怯えていたのだ。

 職業柄、ファンが殺到することはあるものの彼女は基本的に女性のファンの方が多く、更にはガードマンも居るのが常である。そのため男達の殺到などというものには慣れておらず、結局二人で怖がっていたのであった。

 そんななかレオンが二人と男達の間に割って入り、こう告げた。


「いい加減にしろ、怖がってんのがわかんねぇのか。惚れた女に言い寄るのは良いが、それくらい考える程度の頭は持てよ。嫌われるだけだぞ」


 そんなことがあり、二人はレオンに頭を垂れているのであった。レオンはニヤリと笑い、隣にいるアルマスと肩を組んだ。


「ま、元からアルマス……つーか、俺ら男は組んでたんだけどな。お前らが絡まれてたら助けるっつう」

「え?」

「男は女を守るもんだろ。チビはクソノッポがいたし、ゼルシエは……まぁ必然的にアリサだし」

「うん。それは同意」

「まぁ結局なんもしてなかったけどな」


 呆れたような声で言うレオンに苦笑する一同。そんなことを言いつつアルマスとレオンは互いの拳を合わせて「やったな」と笑いあった。


 そして演奏の準備が終わった。村の住民たちも、花の騎士達も立ち上がった。

彼らは唄を歌った。大陸中央から向きにして十時半頃の方向、中央大陸北西部の【繁茂せし獣果の森】地方。その先の海上に浮かぶ巨大な島、そこで繁栄していたとされる古代都市にて石碑として発見された唄。何かによって削られて読めなくなった字があるものの、吟遊詩人によって言葉をあてはめられて歌われたのがルーツとされる唄。

 現在では、亡者を弔う歌として使われる歌である。


 石碑に刻まれた名は、“双神ならびがみうた”。


ならびたつ神が居た』

『世は喜びに満ち』

『太陽の光と美しい大地は唄をうたった』


 それは不条理で異常な唄。猫の村の人々と、幾人かの花の騎士達は一緒に歌いあう。陽気な曲調から、徐々に陰鬱でありながら流麗なものへと移り変わりながら。


『夢を見る男女が住んでいた』


 王が居るという曲ながらも、存在が矛盾極める二人の男女。何よりも尊いとされる者。


『彼らは全てに祝福された』

幻想ゆめまぼろしと共に生き』

『その権能で全てを得た』


夢を見る男女は全ての物に愛された。夢想の中で生きる二人は何者であるのか。夢想の中で彼らはどんなものでも手に入れることが出来た。


『そしてある昼の世で』


 曲の変化が起きた。静かだったものが、急激に押し寄せる巨大な波の如くの物へとなっていった。瞬火の村の若者たちが鳴らす太鼓とギターが、空気を震わせる。


『彼らは一柱を否定した』

『神は否定され邪なるものとなった』

『邪は彼らを追い払い我が身を守った』


 彼らに存在を否定された神の一人は、よこしまな者となった。否定された神は我が身と自身の存在を守る為に、自らの城へと閉じこもった。そうするしか無かった神の悲痛な心情を現すかのごとく、太鼓が激しく乱打される。


『神は嘆いた』

『邪は嘆いた』

『あぁ』

『なんと嘆かわしきことか』


 神と邪はただ嘆くことしか出来なかった。静かな尺八の音が夜闇に溶ける。


『神は治めよう』

『邪は広げよう』

『あぁ』

『なんと狂わしきことか』


 神は国を治め、邪は混沌を広げる。歌詞にあわせるかの如く一度それぞれの楽器の音が極端にずれ、そして重なった。


『再会したとき』


 音が止まった。誰もが口を塞いだ。耐えられなくなったのか、近親や友人の亡くなった者の嗚咽の声が聞こえた。


『神と邪は語ろう』

『亡者への慈しみを』


 そして音が鳴った。最も優しい音色が。皆が笑う。作り笑いでも、笑うのだ。それが亡者への弔いだと信じて。


『それまで笑うのだ』

『大地よ』

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