手合せと弔いの宴・上

 調査によると “パラレルワン”(なお、ここでは幻界と称する)の世界の住民たち(本人たちの話では幻人類と言うらしい)には私達には見られない感染症(現在のところ我々が発症する可能性のあるウイルスは見つかっていない)や精神疾患などが存在するようである。また、種族によっても発症する病気や発症しない病気が異なる為、我々の知らない未知の病が数多く存在するものと思われる。

 感染症の例としては獣人(ビーストマン)に発症する、尾の毛が抜けてかゆみを感じさせる『尾疹症(びしんしょう)』。雪膏(せっこう)族と呼ばれる体が雪のような物で作られた、いわゆる雪女などが発症する、体中の雪が空気中の水分を吸って体が重くなる『デルト重雪症(じゅうせつしょう)』等が報告されている。

 また、精神病としては長命種がかかりやすい『自傷傍血病じしょうぼうけつしょう』や、鉱山などに住む種族などが――――


 『パラレルワンの生物における病についての報告書』より


 ********


 宴を催す……とは言いつつも、破損した防壁の修復や死者の弔いなどもあり、当日中にそれを終えて翌日に宴を行うこととなった。どこか神妙そうな表情で、体調が悪いと部屋に戻ってしまったシャルロッテを見送りつつ、とりあえず花の騎士達はヴィクロス達の下へと向かった。


「よっ、来たぞ。それで、話ってなんだよヴィクロス」

「グル……」


 ヴィクロス達、多頭犬の群れは瞬火の村近くの森の中で体を休めていた。アルマスを先頭に花の騎士達が来たと察知し、のそりとヴィクロスが起き上がった。現在の花の騎士八人の中でも、最も身長の高いマオウよりもさらに大きいため彼らを見下ろす形になる。が、ヴィクロスはそれが嫌なのか、伏せの姿勢を取った。


「お、おい?」

「なんだ?」


 思わず驚嘆の声を漏らすアリサ。一度会った事があるとはいえ、一般的な魔獣のイメージとは離れたその姿に驚いたのである。アルマスは冷静に聞いた。ヴィクロスは両方の頭でアルマスを見ていたが、不意に左側の頭がマロンの方を見た。アルマスのように言葉として意味を感じ取ることは出来ないが、何を言おうとしているのかは気が付いた。


「あ、ご、ごめんなさい。〔幻人言語声帯化トークズ・ファンタズマ〕」

「……ありがとうございます。……俺達が話したいことっていうのは、俺達を……黒花獣との戦いに連れて行って下さいってことです」

「は? どういうことだ……他の奴らはともかく、ヴィクロス、お前はあの森の連中を纏める立場のはず……」


 ヴィクロスはアルマスの言葉を聞いて、一度体をあげる。再び見下ろすような形になりながらも、彼の声音は冷静そのものでむしろどこか敬意の籠ったものであった。


「彼らを安全に暮らさせる為です。大丈夫、群れのボスは信頼の出来る奴に託しましたから」

「ボスの座を明け渡した……? 喧嘩に負けたわけでもねぇのにか」

「えぇ、その通りです」


 マオウの疑問に頷くヴィクロス。そんな彼の様子を見たゼルレイシエルの脳裏に、とある本の内容が浮かんだ。それはあまりにも突飛でふざけていると世間から馬鹿にされた一人の学者の研究。


「……ヴィクロス、あなた……ローザさんと暮らした事によって、黒花獣に狙われるようになったの……?」

「はぁ? なんだそれ……」


 思わず呆れたような声を漏らすレオン。


「魔獣と私達は生物学的に親戚だから……ヒトと触れ合うことによって感化されて、理性や心が芽生えるだとか……」

「……確かに、そう言われてみればヴィクロスって魔獣の割には落ち着いてるよな……」

「それは褒めてるのか貶してるのか」

「ほ、褒めてんだって……たぶん」


 基本的に無口なヴィクロスの左の頭が、がぶりとアリサの上半身をくわえる。あわててゼルレイシエルが止めに入るのを横目に見つつ、右の頭が語る。


「まぁそうなのかもしれない。現に、ここにいる仲間たちは黒花獣に襲われるようになった仲間たちなんだが……こいつらもローザと関わりの深かった奴らなんだ。だから、あり得ることかもと」


 ヴィクロスの口からアリサをやっとこさ外したところのゼルレイシエルを、一同が見る。アリサのことに集中していたため会話の内容を聞いていなかった為に、視線に気づいたあとに一瞬意味が解らずに「えっ」というような表情になる。なんとか視線の意味合いを悟ったゼルレイシエルは続ける。


「えっと……ただその研究も、観察だとか飼育の記録なども無いっていうことから、相手にされなかったらしいの。学者を妬んだ者がデータを盗んだってことらしいけれど……確定は出来ないけれど、研究の結果が本当なら……」

「……それで、なんで一緒に旅って?」


 リリアが疑問の声をあげる。上半身が獣臭のする唾液だらけになったアリサは、なんとも言えない表情のままゼルレイシエルに水をかけられていた。


「……ローザはもういないし、俺たちが居ると群れの他の奴らも危ないからです。特にこの世にも未練は無いし……群れの奴らに守られながら過ごすなんて、俺たちのプライドが許せませんから」


 ◆◇◆◇


 翌日の昼、途轍もない数の瞬火の村野郎たち。それも人猫族に絡まれている花の騎士の女性達である。そして同じく瞬火の村の猫人族以外の女性達に付きまとわれる男達。


「ねぇねぇ、一緒にご飯どうです? 我が家で!」

「馬鹿てめぇ何言ってんだこの野郎、ということで俺ん家はどうです! 親父は料理人なので美味しいですよ!」


 リリアとマロンが連れ立っている所に殺到する男達。いわゆる戦士としての憧れと、それに付随した美しい容姿に対する一目惚れの結果であった。


 伝説の英雄とは憧れの存在であり、その容姿は比類を見ないほど壮麗か可憐であることが世の常である。勿論不細工な人物も存在したのであろうが、当人の偽装であったり後世の創作によって美しい姿として描かれるもの。歴史に興味が薄い一般人のイメージなど、どれも華やかで恰好の良いものなのだ。

 それも花の騎士と呼ばれる古くから語られ、示唆されていた救世の存在ともなれば、人々の潜在的心理として美化されるのは当然のことである。そのために神や天使達は花の騎士達に美しい容姿を与えた。


 その結果、瞬火の村の若い男女にそれぞれ言い寄られるような状況となったのだ。ただし美醜の観点が動物基準な、獣人の一種である猫人族のほとんどと、恋人や配偶者の居る者は自重している者が多かったが。


「え、えぇと……これ、どうする?」

「に、逃げましょうっ」

「ご、ごめんなさい!」


 男達に囲まれ、怖くなったために思わず逃げ出すリリアとマロン。リリアがマロンを抱えて走りだすが、何人かの諦められない人猫族や猫又族の男達が追いかける。他の花の騎士達はと言えば、ゼルレイシエルは二人が絡まれていた男性達よりも若干年齢の高い男達に絡まれ、シャルロッテは言い寄る男性そっちのけで宴の大量の料理を前に、マオウと大食い競争をしていた。


「あ、あのぉ……シャルロッテさ「うむぅ! むっあむ……」……」

「マオウさんっあの……これ食べ「おうよ、貰っとく」きゃー! やった! あれ実は精力ざ「俺は毒龍だからそういうのも効かねぇがな」…………」


 無意識なのか、マオウとシャルロッテの言動に次々と想いを撃沈されていく瞬火の村の若者たち。中には肉体関係でも作ろうと、薬を持ち込む危険な子もいるようで、失敗した後で周りから白い目で見られていた。


 レオンは宴の料理を作る為と称してどこかの家の台所へ行って取り巻き……十三、四歳などの少女たちから逃げ、アルマスはというと男達から逃げるリリアとマロンを追っていた。

 獣化したアルマスを追うのは同じく獣化した巨大な猫……人猫族の少女たち。人間の姿をいているためか、あまりアルマスは犬だと本能的に感じにくく、それに加えて花の騎士の四人の男性の中でも最も落ち着いているためか、その追いかける少女たちの数も一番多かった。なお、マオウから流れてきた少女等が一定数居るわけなのだが。


「ぷっは……!! こ、ここなら広いし……まだ大丈夫かな……」

「あ、ありがとうリリアちゃん……だ、大丈夫ですか?」

「あー……苦しっ……ま、まだついてくるのぉ?」


 巨大な猫の群れがリリア達の前で急停止し、続々とヒトの姿へと戻った。後続の猫又族が次々に到着しているなか、真っ先に茶髪に金色の目を持つ人猫族の青年が二人の前に踊り出た。


「ここは訓練場です! ……丁度いい。お手合わせをお願いしてもよろしいでしょうか?」

「え、と、闘技場? ほ、ほんとだ……」


 無我夢中で道に沿って走っていたために、どこに来たのか気が付かなかった様子のリリア。マロンが自身の背後に隠れるのを見て、リリアは彼女がとりあえず落ち着けるようにと、申し出を受けて休ませようとした。が、


「手合せなら俺がする。同じ拳が武器だしそっちの方が良いだろ?」

「アルマス!」


 ヒトの姿に戻ったアルマスが、リリアの代わりを申し出た。

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