悪意は畏れの傍に・下

「右手には士遷富山、左手には畏怖之山……なんかもうお腹いっぱい」

「……俺の故郷ならこんなサイズの岩山なんて腐るほどあるぞ?」

「私の地方はまともに山すらないから。植物と崖と石柱しか無いから」

「あぁ……」


 などと自分達の故郷の自慢というべきか、自虐というべきか微妙なところを語るリリアとレオンである。

 天使二体の降臨からさらに数日を経て、一行は北東の方へと歩んでいた。一行が森を抜けると、その目の前には小高い丘が連なっておりコガネススキやギンシヨモギなどの鮮やかな植物が一面に広がっていた。なだらかな傾斜の丘の向こう側に見えるのは、こげ茶色をした巨大な岩山。畏怖之山である。

 彼らの右手に見える士遷富山と比べればまったく大したことが無いように見えるものの、一枚岩という畏怖之山の特徴から見れば、どれだけ巨大な天然物なのかがわかる。標高四百メートルという、世界でもなかなかに大きいものである。


「畏怖之山……霊場……霊場って言っても私達のところ完全にあの世なんですけどいい加減にしてほしい、霊場や心霊スポットなんて存在しないんや……」

「【永夜の山麓】地方はたしかにそんな反応になりそう……」


 辟易とした表情になるレイラ。暑いからと言って、二の腕や太もも、お腹まで惜しみなく露出させた格好をしつつうちわをゆっくりと扇いでいた。もちろん、アイドルとして日焼け止めなどは既に塗っている状態である。


「大丈夫、その辺は抜かりないよ」

「誰に言ってんだ」


 どこかへと顔を向けて会話するレイラ。訳が分からないとレオンはツッコミを入れた。


「狼煙かな? 結構煙がたってるね」

「まだ結構距離はあるし、ここからじゃ見えないからなんとも言えねぇけど。まぁそうだろうな」

「血の匂いがする……それも結構な量……」

「軍事演習だし、血ぐらい流れるもんだろ」

「そうか……?」


 時刻はもう夕方であり、太陽は背後から八人を照らしている。幾筋もの煙の柱がたちならんでいる中、その太陽の光は本来は青々とした緑色であるはずの平原を黄金色に染め、ススキの存在意義が問われる色合いであった。そんな光景に見惚れる仲間たちを背後から見ながらマオウは言った。


「おうおめぇら、いい加減テントの設営手伝いやがれ。殴るぞ」


 ☆


その夜。その空にはアリサのふるさとの村で見たような、見事な若月が浮かんでいた。夏ではあるが火を焚かねば魔獣や動物が寄ってくる可能性もあるため、キャンプの中心ではアルマスが精製した薪の山と燃え盛るたき火があった。


「だんだんと日も短くなってきた?」

「夏至もとっくに過ぎてるし、そりゃ短くもなるだろ」

「まぁまだ長いけれどね」


 ゼルレイシエルが月の浮かぶ畏怖之山方向の空を見ながら言ったことに、隣に座っていたアリサが答えた。ゼルレイシエルはどこか期待が外れたような、微妙そうな表情をしつつ手元の本へと視線を戻した。


「ほんと壊滅的に不器用だな……」

「うぅ……ごめんなさい……」

「砂糖の量がもはや士遷富山の如くなんだが。どうやったらこうなる。もはやゲシュタルト崩壊してきたわ」

「げしゅたると……?」

「なんでもいいから早く戻せ」

「は、はい……」

「先に別の容器で量っといてよかったと思うなほんと……」


 一行が道中森の中で見つけた山葡萄をゼリーにでもするかという話になり、レオンが調理するのをマロンが手伝っていたのである。いつものことながらレオンは頭が痛くなるのをこらえつつミントタブレットを一つ噛み砕いた。

 マロンが料理が下手ならば、レイラはどうなのだろうと代わりに手伝わせてことがあった。そして、悪いレオンの予想通りに予感が的中したのである。そう、レイラもかなりの料理下手だったのである。自分流のアレンジなどを加えたりしないという比較的マシなポイントがあるものの、壊滅的な不器用さなどは健在で目も当てられないほどだったのである。

 なおその後レイラはあまり料理が上手くなりたいなどの願望があまりないとのことから、練習に参加することはなかった。


「山葡萄おいしいよ……やっぱり果物はすばらしいものだよ……」

「果物よりチョコとかクリームも好き!」

「シャリ―姉はねー。私は果物の方が好きかな」

「…………」

「どうしたの?」

「く、クリームとかばっかり食べてるから育たないんじゃ……」

「わぁぁぁぁ!!? なんで泣くの!? そんなわけないじゃん! ほらゼル姉だってコーヒーばっかりだし!」

「うわ、泣かされてやがんのザマァ」

「マオウ兄うるさいっ!」


 レオンからいくらか貰った山葡萄を食べていると、隣に座って一緒に食べていたシャルロッテが唐突に泣きだし、対応に焦るリリア。煽るマオウを怒ると、再びどうすれば良いのか困りだした。


「……血の匂い? やっぱり、濃いよなこれ……」

「まだするのか?」

「というか、ゆっくりとこっちに近づいてきてる」

「……ほんとうだ、足音が聞こえる」


 アルマスとアリサの会話。時折辺り一帯の匂いを嗅いでいたアルマスは、自分達の下へ迫ってくる何かに気が付いたのだ。

 シャルロッテも無理に泣き止み、シンと辺りが静まり返った。


 聴覚の良いアリサの耳には弱々しい金属性の靴を履いた足音が聞こえた。幾分の時間が経ち、その正体が皆の前に姿を現した。


「デュラハン……」

「なんで血だらけ……大丈夫ですか!」


 現れたのは全身に赤い血を浴び、銀色の防具が赤く染まった金属鎧の男。完全に頭部と胴体が接合された、首を回せない鎧を着ているものはデュラハンという種族の一般的な鎧であった。


「くっあっ……君たちぁ……こんなとこで、何を……」

「い、今回復魔法をかけますから! “超速回復(ヒール)!”」

「あぐっ……うっ……ありがとう。けど、魔法……君たちは魔法使い族なのか?」

「いえ、私たちは……」


 鎧の中から聞こえる男の声に言葉を濁すゼルレイシエル。男は察したのか、察していないのか答えを待たずに言った。


「まぁ良い、君達。早く逃げろ……僕の名前はエント=ヴァイ=ヒュング。騎士王軍の、残り少ない……いや、最後の一人かもしれない、兵だ」

「最後!?」

「そこまで、やられているとは思いたくないものだが……」


 男はまず胴体の鎧を脱ぐと鎧の腹の部分から手を突っ込み、兜の部分にある自分の頭部を取り出した。金色で短く髪を切った若い男の顔が現れた。二十四、五歳ほどに見える良くも悪くも平凡な顔立ちであった。


「君たちは……誰も目に見える場所に紋章が無いんだね。大丈夫なのかい? 早く逃げるべきだ。……まぁたき火の煙を見つけて、わざわざ歩いてきた僕が言うのもなんだけど」

「に、逃げるって……最後って、どういうことですか?」


 【星屑の降る丘】地方に置いて、最強とされる軍団である騎士王の従える騎士団。

 その姿、銀光の如く。その力、天変地異の如き。と、書物に記されるほどの勇猛なる存在。


 神獣が一体、騎士王アルフォンスは神獣の中でも最弱とされ、ヒトの域を出ないと呼ばれる存在である。しかし、彼の強さとは個ではなくぐんであり、ぐんこそが彼の強さと呼べるのだ。その武は【京】を守護する神獣と肩を並べるとされ、軍を持ってその完全なる力が発揮されるのだ。


 エントという騎士の言葉に、マロンが聞き返した。


「文字通りさ。俺たち騎士団は軍事演習中に、中型の機壊達の群れに襲われた。それはもう、相当な規模でね。少し前に瞬火の村、という場所が大規模に襲われたという話を聞いたことがあるかい? それよりももっと大きな敵の群れだったらしい。それでも、消耗しつつも、なんとか殲滅することが出来た。……けれど、予想外だったんだよ。あまりにも規格外な、あのデカすぎる蜘蛛のような機壊が、俺たちにとっての聖地である畏怖之山から現れ出るなんて」

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