vs.アウグセム&エウグレム・下
「げ、迎撃迎撃!!」
「くっ!!」
咄嗟に手に持った標準を合わせ、氷の弾丸を放つゼルシエ。ロケットランチャーと呼ばれるそれの弾頭に見事に命中すると、すぐさまその弾頭から氷で覆われ、不自然に重くなったそれはほぼ真下の地面に落ちた。地面に落ちたそれからは距離があるものの、その場に居た者達は一斉に逃げるような行動を取った。だがそれは杞憂に終わり、恐れていた爆発も何も起きずに落ちただけであった。
そんな出来事に連続するかのごとく、鳴り響いていた警笛の音が突如止んだ。
「あ、あぁぁぁぁ……黒……」
「双子……黒猫…………」
村を囲む柵の一部が破壊された。それも先ほど警笛の鳴っていた見張り台が近くにある場所である。幸いにもその見張り台に居たものは、見張り台の上から逃げたようだが、代わりにある物が侵入してきた。
それ”ら”は全身が真っ黒な猫のような形をした巨大な機壊だった。
それは右目が赤に、左目が緑になっていた。
それは右目が緑に、左目が赤になっていた。
それ”ら”はその瞳に見張り台に居た人猫の男を見つけた。
右目が赤のそれは腰を抜かして動けないその男へと近づいた。
怒涛の勢いでそれらの下へと駆けだす花の騎士達。だがそれらの片割れ――エウグレムが、花の騎士達の方……いや、地面にへたれこんで動けない瞬火の村の戦士達の方を向くと、その背中にあるハッチから新たなロケットランチャーを出して、発射した。
出遅れたゼルレイシエルが、背後を振り返る。花の騎士達にも迫る実力のシエロも、瞬火の村の戦士達も皆が皆、茫然とその迫り来るロケットの弾頭を見つめていた。それを見かねたゼルレイシエルが再び銃を構えてそれを凍らせた。続けて撃って来ないことを確認し、ゼルレイシエルはホッと肩をなで下ろす。だが、安心は出来なかった。彼らの背後から大量の機壊達が迫ってきているのだ。
ゼルレイシエルは声をかけようとした。しかし、彼女の視線の先に居たシエロが自身を見つめながら頷いたのを見ると、ゼルレイシエルも振り返って花の騎士達の後を追う。
シエロはまだ付き合いが非常に短いながらも命を賭して戦う花の騎士達を見て、自らの意識を取り戻した。周りを見渡し、恐怖などからぼうっとしている仲間たちを見て、不甲斐ないような、なんとも言えない気持ちになる。
(花の騎士なんて言っても、今まで話を聞いた感じだとあの子らも私達とあまり変わらないように感じた……それでも、赤の他人ですらある私達の為にああやってあの猫の奴と戦ってくれてる……)
シエロは声を張り上げて、叱咤した。村の者達を束ねる者として。
「あんたら! あんな猫モドキの機壊なんか、怖がってんじゃないよ! 私達は滅ぼされた国の末裔だが、今はそんなことは関係ない! 生き残りたいのなら戦え! あの猫モドキは旅人達が戦ってくれる! なら、私達はこの機壊達を……」
手甲をつけた腕を振りかぶりながら一気に駆け出す。
「あの旅人達が戦いやすいように、食い止める! 猫剛掌(ねこパンチ)!!」
シエロの渾身の一撃は、機壊達を幾体も薙ぎ倒した。
◆◇◆◇
「貫けない! 楽しくない! 壊せない! これ嫌い!」
「ちっ……! 銃撃が厄介でまともに懐に潜り込めねぇ……」
「雷光ざ……ぐっ!!」
花の騎士達は苦戦していた。それぞれ四人にわかれて相手をしているが、彼らの攻撃が予測されていたり、それ“ら”の体中に仕込まれた武器による牽制。機壊達の急所であるはずの関節が、神聖銀(ミスティリシス)をもってしても簡単には破壊出来ないミスリルで覆われていたりなどするためである。
「設計図の時点で察しはついていたことだけど……戦ってみると、なおさら厄介だな……」
「人工知能ってやつか。野郎、俺らの行動パターンを記憶して先回りしてきやがる……長期戦だと分が悪いんじゃねぇか」
花の力……世間一般から“花祝”と呼ばれる力で、技を放とうとした瞬間に獲物である右目が赤い機壊――アウグセムの脚に潰されそうになり、なんとか横に跳ぶことでそれを回避するアリサ。最も警戒されているのか、その技を使おうとするたびにどちらかの機壊による攻撃でそれを解除されていた。それはゼルレイシエルも同じで、”チャージショット”を使おうとすればすぐさま銃弾などが飛んできた。
それぞれ攻撃を回避し、背中合わせになりながらアリサとマオウが話す。
「やっこさん、結構復習して来てるな……どうすっか……」
「考え付かねぇのかよ。……やっぱ、俺かあのチビのを使うしか無いんじゃねぇか?」
「つってもよ……こうまざまざと学習能力見せつけられちゃあな……」
「……わかった。んじゃ、とどめとして使うか」
頭上に迫るエウグレムの尻尾の攻撃を回避するため、それぞれ前方に跳ぶ二人。金属で出来ているものの、そのしなやかな尻尾の動きはあたかも鞭の如く地面を穿った。
そんな二人の様子をハラハラと見つつ、魔法を撃つための呪文の詠唱をするマロン。彼女の前方にはゼルレイシエルがおり、唱えている間にあまり移動などが出来ないマロンのことを氷や水、時には銃も使いつつ守っていた。そんな彼女の足元には、絶命した人猫の男。恐怖によって体が動けなくなったところを、アウグレムの口に当たる部分に銜えられ、器用に、首を折られて絶命した男だった。
花の騎士達は間に合わなかった。
男の下半身は恐怖によってもよおした小便がまき散らされており、口から吐かれた血に濡れた顔には滂沱の後が残っていた。
この黒花獣によって蹂躙されている世界で、こういったことは日常茶飯事な事ではあった。されど、もう少し早ければ救えたかもしれないなどと、誰しもが考えてしまうことであった。だが時間を巻き戻すことは誰にも出来ないことであるが為に、人々は復讐や仇討というものをする。
「……こいつらの隙は俺が作る。てめぇら、ボコる準備をしとけよ!」
「何をするつもりだ、マオウ!」
複雑な立ち回りにより、偶然向かい合ったアウグセムとエウグレムの前に自ら踊り出るマオウ。二体の機壊はそんなマオウの姿を見て確実に潰さんと、同時に両前足で伸し掛かろうとしていた。
「マオウ! 逃げろ!!」
「……俺が、古龍種だってことを忘れてんじゃねぇぞ! ゴラァッ!!」
マオウはその両腕にかなりの力を込めて、自身の得物であるハルバードを振った。その両腕から鮮やかな赤色をした大量の血が噴き出した。
竜にとっての鱗というものは、自身の体を守る最強の鎧であり、自身の力を完全に引き出すために必要な道具でもあった。
鱗は竜の皮膚全体を覆っており、その鱗と皮膚の間は真夏の外気温と比べても高温となっている。鱗同士がこすり合わさることでわずかな熱が生じ、隙間なく備わった鱗によってその熱が内部にとどまる為だ。
生物は筋肉は量が多い程に熱が生じやすくなる。竜は生まれた時から成熟した巨人に等しい力を持つこともあった。古龍種などは典型的なそれである。
ただ活動するのみでも大量の熱を生産し、故に全身を流れる血も同様に熱い。
炎のブレスを吐く火龍種でなくとも、竜……特に古龍族などは、きわめて体温が高いのだ。
熱されたガラスを冷水に入れるとすぐに割れてしまうように、鱗が剥がれて皮膚が大きく露出した竜は。力を入れた際に表層の血管が破裂し、血が流れる。そういった欠点を補うためにも竜には鱗というものがあるのだ。
マオウ・ラグナロクには生まれつき古龍の象徴たる翼や角……そして、鱗さえ体に存在しない。生まれた時から筋肉に力を込めすぎたせいで、皮膚から血を流すことは日常茶飯時であった。そんな彼の力を制御させる方法として、彼の両親は絵画をやらせたのだ。絵画という微妙なタッチによって雰囲気の変わるものは、良い練習になるだろうと考えたためである。その絵画が趣味へと高じ、同時に自身がダメージを負わない程度の力を見極められるようになっていた。
普段は制御しているとはいえ、マオウの体質が変わったわけではない。全力で力を込めれば血は流れる。しかし、逆に言えば血を流しさえすれば、ほぼ成熟した古龍の破壊力を振るう事が可能となる。
想定外の力で両前足を薙ぎ払われ、バランスを崩して横転するアウグセムとエウグレム。マオウはハルバードを地面に投げ落とし、ガクリと膝まづいた。マロンが呪文の詠唱を慌ててやめると、マオウの下へと走りその両腕に治癒力を上げる魔法をかけて行った。「ざまぁみろ」とでも言わんばかりの笑みを浮かべるマオウを見たあと、二人以外の六人は仰向けに倒れる機壊にとどめを刺さんとした。
しかし、そんなに簡単に事が運ぶはずもなく。
「なんだぁ、この煙……近づくなよ!」
「……ぐっ……!」
「きゃっ!」
「お前ら、離れろ! 絶対にこの煙を吸うんじゃねぇぞ!」
それぞれの機壊の尻尾から白い煙が噴き出した。尻尾の目の前に居たマオウは真っ先にその煙を吸い込み、次の瞬間にはマロンをリリアの下へと投げ飛ばして自身もその場から離れた。七人、いや、アルマス以外が訝しげにマオウの方を見た。マオウが忌々しく呟く。
「……あれは燃やしたクロバリ草の煙だ。……それも、岩山で生えてる麻痺性の毒を持ったな。お前らが吸い込めば、一発でぶっ倒れる。……野郎共どれだけ知識を溜めこめば気が済みやがる」
尻尾から有毒な煙を出しながら、アウグセムとエウグレムは立ち上がった。古の伝承の如く、不気味に、笑いながら。
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