犬と猫の仲(非常に仲が悪いことの意)・上
猫の村正門で乱戦を繰り広げるシエロ率いる瞬火の村の戦士達。
はるか昔から猫の部族に伝わる武術において、最も重点の置かれる強力無比な拳撃で次々と機壊達をなぎ倒していく彼ら。その中でも戦士達の先陣を切ってで戦う複数人の戦士達は、その他大勢の戦士達よりも敵の撃破数が確実に群を抜いていた。
村の戦士達が扱う武術において、拳はすべての技の基礎であり極地に至るとされた。その極地……いわゆる奥義とは、“
その拳は岩をも穿ち、大樹をへし折り、大草原の猫じゃらしを激しく揺らす。と謳われるほどの威力を秘めた一撃である。かわりに誰もがおいそれと使えるものではなく、高度な技量やセンス、鍛錬の必要な技である。先陣を切って戦う者達は勿論奥義を扱える者達だ。
猫の耳や尻尾が生えた人間のような姿をしている人猫族の数に対し、二足歩行の猫の姿をした猫人族達の人数は酷く少数であったが。
だがそんな精強な者達も、副村長シエロには遠く及ばなかった。誰もが一度“猫剛掌”を放つのには数秒の溜め……精神集中などが必要なのに対し、シエロは溜めを無しに連続して放つことが出来ていた。それも、両手で。“猫剛掌”の乱打という規格外の強さによって、シエロは他の戦士達よりも何倍もの速さで機壊達を地に沈めていった。
されど、機壊の大きな特徴である数の暴力というものは、やはり尋常ではなく。
「倒しても倒してもキリがない……どうなってるんだ!」
「姐さん! 次々と敵の増援が!」
「増援!? こいつらの相手をしてたら気がつかなかったよ」
アリサが目視で確認していたのは、大量にいた機壊達の一部分であった。一部分とはいえ、機壊達の総数の大半ではあったが。森林に潜んでいたり、倒された機壊の中から小さな爆発する機壊が新たに出てきたりなど、どこか作戦じみた行動を取っている。小さな機壊は酷く脆いようで、踏まれただけで爆発も不発に終わるのだが、小さいためにその姿に気がつく者はそう多くはなく。
そのため突然起きたように感じた爆発に巻き込まれ、脚部などに怪我を負う者も居た。
時間を追うごとに戦場は混乱が起き、敵を倒す威勢の良い声と同時に悲鳴や泣き声などが混ざりはじめた。
「くっ……なんて数だ! この機壊共め……!」
「おい、しっかりしろ! 誰かこいつをぐはっ!?」
足を機壊に切り裂かれ、倒れたとある人猫族の仲間を助け起こそうとした男が、爆発に巻き込まれた。すぐさま二人の猫人族は戦闘の場の後ろに衛生係の婦人に連れられていく。背後へと運ばれていくのをチラと見ていたシエロはどこか忌々しそうに叫んだ。
「まだ神獣院からの援軍は来ないのかい!! かせめて回復術師でも早く連れてきなってんだ……よっ!」
「いくら中央でもそんなに早く来ませんよ、
思わず立ち止まりながら怒るシエロに、傍で戦っていた村の重役兼戦士部隊長の一人が冷静にツッコミを入れる。支援要請を入れたのは今日の朝の事であり、いくら早急に支援部隊を送られようとも、【
シエロもそんなことは理解していて、頭では理解しているのだが……精神的に納得できるかと言われれば、悪態を付きたくなるのも仕方がないことであった。
「ぬめろんだか、ドラゴンだかはマールを招集するし、中央は対応が遅いし……」
「《妖精王(オベロン)》っすよ姐さん」
「そんなことはなんだって良いんだってば。ほら、あんたらシャキッとしな! ……マールさえいれば、まだ良いんだけど……ほんとにオベロンのばかたれぇ」
何やらぶつくさと文句を言いつつ、目の前の機壊を破壊するシエロ。その文句の矛先は、顔も知らない妖精族達の王へと向けられていた。彼女の旦那はその妖精族の王のもとへと呼ばれたのである。シエロは誰にも内緒で、もし会うことがあったら一発殴ってやろう。などと考えたりしていた。
「うん……? 犬の臭い……?」
「犬にゃ犬……あの旅人さん達の臭いじゃないにゃ、もっとそのものって感じのだにゃ……」
シエロと、その近くにいた猫人の戦士が言葉を交わした。風に乗じて運ばれてきた獣の臭いを嗅ぎ取ったのである。それも、彼らが毛嫌いする犬の臭い。アルマスなどのようにシャンプーなどで洗うこともなく、まさに犬やオオカミといった獣そのものの臭いであった。
「姐さん、あれ!」
「ちょ、ちょっと待って……ふっ! け、ケルベロス?」
「オルトロスも居るにゃ!? 混乱に乗じて群れで襲ってきたのかもしれないにゃ……!」
「っち……最悪な事態かもしれないが、あのケルベロスとかとも戦うことになるかもしれないよ! 気張りな!」
それは通常は相容れぬ存在であるケルベロスとオルトロスからなる群れ。通常はケルベロスの方が強いはずだが、何故か群れで最も強いリーダーが走るべきはずの先頭を、オルトロスが走っていた。
瞬火の村を見つけ、一直線に駆けてくるその多頭犬達の群れを見た戦士達の間に、隠しようがない色濃い疲労が現れた。かつてない規模の機壊達との連戦によって死者も出ていたのだ。それに合わせて伝承上の黒猫の兄弟を模した巨大機械。
肉体的にも、精神的にも負荷がかかっていたのである。
オルトロスやケルベロスは動物であり、魔獣である。魔獣とは普通の動物とは違い、特別に強力な戦闘力を持ち、一般的な動物の体の作りとは異なる生物達のことを指す。さらには知能も非常に高く、一体狩るだけでも相当な実力や知識が必要とされるのだ。魔獣もピンからキリであるため一概に強い弱いとも言い切れないが。
かの生物学者の
先頭を走っていた片方の頭に傷のあるオルトロスが立ち止まって、空に向かって二つの口で大きく吠えた。その声に応じて後方を走っていた獣達も立ち止まる。そのいわゆる遠吠えと言われる行動に、思わず体が硬直する瞬火の戦士達。シエロやその他数名の戦士達は一瞬体がビクリと震えたのみであるが。彼らは目の前の機壊を倒そうと構えを取るが、その機壊達も動きを止めていることに気が付いた。
「な、なんだかよくわかんないけど……シッ!」
シエロの一撃必殺の“猫剛掌”が目の前の機壊を破壊する。先ほどまでならば倒れた機壊を押しのけて、また新しい機壊が目の前に殺到するのだが。今は違った。
機壊が多頭犬の群れ……【星屑の降る丘地方】のある森の主、ヴィクロスの率いる森の精鋭達の方へと向き直って走っていったのである。
「んあ!?」
「え、ちょ……なにぁ!?」
素っ頓狂な声をあげる瞬火の村の戦士達。愕然とした表情で機壊達の後ろ姿を見送っていると、その間に機壊達がヴィクロス達に襲いかかっていた。けたたましい金属の擦れる音を鳴らしながら迫ってくる機壊達を、ヴィクロス達も守るだけではなく先に攻撃を仕掛ける。
巨大な前足で潰し、尾ではらい、機壊を口で銜えて放り投げる。
機壊達の刃に切り裂かれ、色濃い毛皮が更に自分達の血によって濃く染まる。
瞬火の村の戦士達はその姿を見て動揺していたが、シエロはその姿に花の騎士達の姿が重なって見えていた。どこか、自分たちで犠牲となるような道を選んでいるように見える彼らに。
シエロの脚は、意識しないまま自然とヴィクロス達の方へと向かっていた。
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