黒双の人猫伝説・下

「破邪の騎士!?」


 八人全員が大小こそあれ驚くようにリアクションをとった。リリアが叫んだ後、慌てて質問をする。


「ど、どこ! どこに向かったの!?」

「え、えっと……どこだったっけ……あれ……記憶が、頭痛い……」


 何故か混乱する脳に頭を抱える人猫族の男。八人は少々イライラするような表情を見せたが、アルマスが小さく溜息を吐いたのちに言った。


「………ちょっとそこらへん探してみてくる」

「私も行くー」

「えぇ、それじゃあお願い。二人とも」


 ゼルレイシエルが返答し、アルマスとシャルロッテはそれぞれ違った方向へと駆けて行った。少女は平原を、少年は猫の村を見ながら森の中の茂みへと駆けこんだ。茂みの動きからして先ほどまでの走る速度より速いため

狼の姿に変化したようであった。

 アリサが何気なしに近くにいたマロンを見ながら言う。


「……捜索はあの二人にまかせるか……マロンは……もうあんまり魔力残ってないしなぁ……」

「うっ……ごめんなさいレイラが調子に乗っちゃって……」

「まぁあれは頼んだ俺らも悪いし」


 尻尾を左右に揺らしながら、キョロキョロと目当ての人影を探す六人を見つめる人猫族の男。脳が混乱しているためかあまり物事を考えることが出来ないようで、ボーっとしたまま暑さに負けてうつ伏せに倒れこむ。


「おえいあいえうああいー」

「…………何言ってるかわかんねぇよ」


 思わず入るマオウからのツッコミ。


「これにあなた達の名前を書いてって言ってんの! 暑いんだって! 猫は熱さが苦手なんだよ!」


 叫んだ勢いついでにうつ伏せになり、思い切り頭をぶつける人猫の男。アリサが落としたペンと用紙の付いた板を地面から拾いつつ、うつ伏せにまた倒れる人猫の男を見た。そして振り向き、他五人に向かって肩を竦める。他五人も同様に肩を竦め、やれやれといった表情をした。


 そして時計回しに用紙が手渡され、順に紙に名前が書きこまれていった。


 アリサ・ルシュエール

 ゼルレイシエル・Q・ヴァルキュリア

 リリア・トール

 マオウ・ラグナロク

 マロン・ホープ

 レオン・オルギア


 そしてアルマスが森の中から戻ってきた。体中に葉っぱをつけていたため、リリアやマロンが協力してその葉を落とす。そして未だ無言の人猫族の男を二度見したあと、己の名前を書きこんだ。


 アルマス・レイグル


 書きこんでいる最中に平原を駆けていたシャルロッテが戻ってきた。全身に汗をかきつつも少女は息を乱さずに人猫族の男には気付かない様子で、その用紙を睨んだ。少々不機嫌そうな表情をしたあと、名前を書きこむ。


 シャルロッテ・フロル


 八人の名が記入された紙を渡されたリリアが、うつ伏せに倒れて直射日光を頭部に受け続ける人猫族の方へと向かった。そんな少女を傍目に見ながらマオウがレオンに話かける。


「そういやチビカス、お前さっきなんで旅人とか言ったんだ」

「うっせぇな少しは自分で考えろ脳筋ダルマ。……行く先々の村で花の騎士だってことをバラして……そんでその後に、宴だなんだってな。めんどくせぇし、そもそも騎士王に伝わったりでもしたらその時点でアウトだろ」

「…………良く考えたら、そうだな……」


 アリサと一緒にハッとした表情になるマオウ。そんな二人を胡散臭そうな表情でレオンは睨み、シャルロッテは少年の言葉を理解していないように首を傾げた。


「……けれど、まぁもうこの村ではバレてるでしょうけれど」


 未だに暑そうに汗をかき続けるシャルロッテに、ゼルレイシエルが冷気を放出させて涼ませつつ、ボソリと言った。レオンやマロンが苦々しく笑った。見張り台で寝そべる人猫族の前でふらふらしていたリリアが八人の方を向いた。


「起きそうにないんですけど……どうする? って、あ。すいませーん。そこの門の前にどなたかいらっしゃいますよねー?」

「はーい? なんでしょうにゃー?」


 何かを思い出した少女は、柵の向こうに感じていた気配の人物に声をかけた。他の女性達はハッとした表情をし、男性たちは皆一往に眉を顰めた。


「あのー、見張りの人眠っちゃってて……村の中に入らせてもらえませんか」

「はぁ!? 寝てるのかにゃ!? どうりで声が聞こえないと思ったにゃ!」

「……眠ってるというより、熱中症とかにでも近そうな気がするがな……」


 そう言って叫びながら門を開く猫人の男と、人猫の男の容体を観察して言うマオウ。八人はぞろぞろと門をくぐり、すぐ傍に居た白い毛の二足歩行をする巨大な猫を見た。尻尾を気怠げにゆらし、リリアから用紙付きの紙とペンを預かった。


「いやぁ……すいませんにゃ」

「いえ大丈夫ですよ。それより見張りの方、頭をぶつけたようなのですが……」

「あー……あとで確認しておきますにゃ。どうぞどうぞ入村を」

「あぁ。それは良いんだが……随分この村の戦士は強いみたいだな」


 白い毛の猫人の男が和やかに入村を促すなか、アルマスが不意に呟いた。マロンとゼルレイシエルはそんなアルマスを不思議そうに見つめ、そのほかの五人がわずかに体を緊張させた。猫人の男は柔和な顔を崩さずに答える。


「はて? そうなんですかにゃ? すいませんにゃ。私は村から出たことが無いからわからないんですにゃ」

「…………人獣は弱い奴と強い奴がはっきりしている。獣人は平均して強いが、ずば抜けて強いってのは居ない……これが、普通の筈だ」

「そうなんですかにゃ? まぁ猫だけが特別なのかもしれませんにゃぁ」


 あくまでも、和やかに答える猫人の男。怒っている雰囲気も無く、ただ友人と雑談をしているような空気を発していた。見張り台の近くにあった大きな樹(き)が、それに呼応したようにガサリと揺れた。レオンが疑うような目つきで言う。


「……兵が集まるまでの間にその場を守るのが見張りの役割だと思うが……言っちゃ悪いが、その櫓にいる人猫の男よりもあんたの方がよっぽど強いんと思うんだが」

「それに……臭いもムグッ」


 アルマスが補足しようとした時、ゼルレイシエルに口を塞がれた。アルマスは怪訝な顔をしつつ後ろを振り向く。


「確かにこの人が強いって言うのは私でもわかったけれど……それが私達に関係あるの? ……ごめんなさい色々と」

「良いんですにゃあ。どうぞ、ごゆるりとわが村でお過ごし下さいませにゃ」


 ゼルレイシエルに頭を小突かれるレオンとアルマス。なんだかんだ小声で文句を言い、チラと猫人の方を振り向きながら村の中心部へ歩いて行った。猫人族の男はほのかな笑みを浮かべながら手を振って見送ると、人猫の男を起こすために櫓にあがる……ことは無く、そのままふらりと門から見て右側に、壁沿いを歩いて行った。その顔に浮かぶのは先ほどの笑顔とは違い、ただ無表情のみが浮かぶ。

 どこかに向かって歩いていた猫人の男は、その足音が一切しない歩き方をやめ、ひとりでに呟いた。


「……どうもこんにちは、ハナさん。今日も良いお日柄で。って、暑いだけですよね」

「そうね」


 再びザワリと櫓近くの樹が蠢いた。そして、木の葉と枝に覆われた樹上から、白いソレが落ちて。いや……降りてきた。

 その白い髪を二つに纏め、薄茶色のポンチョのような物を羽織った一人の女だった。ハナと呼ばれたその女は静かにその猫人と相対した。


「とても暑いわね……それで、何故あの子達のことを嗅ぎまわっているの?」

「……すこし歩きながら話しましょうか。ここだと誰か来るかもしれませんし」


 猫人の男はゆっくりとまた歩き出した。ハナと呼ばれた女性もその後をついて行く。ハナは猫人の男を後ろ姿を見ながら呆れたように言った。


「……いい加減元の姿に戻ったらどうなの? 白尾練狐」

「…………そうだね。じゃあお言葉に甘えて、なんてね。……“木行”、解除」


 猫人の男は、一瞬にして体から出てきた煙のような物に包まれた。煙はすぐに透明な空気の中に紛れてその姿を消し、その中からは猫人ではなく人猫でも無い者が出てきた。


 頭には先の白いきつね色の耳。顔は端整な顔立ちの青年風で、その臀部には一本一本が大きく毛によって膨らみ、耳と同じく先が白く中心から根元がきつね色の尻尾が、九本生えていた。青年は煙と同時に変わった白と水色を基調にした服の腰に、水兵帽を提げていた。青年は歩きながらそれを被ると、ハナの方を向いた。


「すいませんね。いやぁ、自分自身の姿って素晴らしい」

「……それで、何故?」


 にこやかに愛想笑いを浮かべて青年は言ったが、ハナの言葉を聞いて途端に無表情になった。


「なんでもいいじゃないですか」

「答えなさい。十尾天狐は何を考えているの」

「……花の騎士筆頭である破邪の騎士だからと言って、十尾天狐様を呼び捨てか。何様のつもりだ」


 無表情だった青年の顔に瞬時に激情が浮かんだ。九本の尾の毛はみな逆立ち、その瞳は狂信的なものに取りつかれ、ただ目の前のものを憎らしげに見つめた。ハナはそんな瞳を真っ直ぐに、冷静な目で受け止めながら。


「答えないのね、ならいいわ。無理やりにでも聞き出してあげる」

「……七法、四陽三陰……その頂点である、花祝を持ちし者だという驕りか?」

「頂点? それはあなたの主である白尾天狐の折法も一陽じゃない」


 青年はハナの言葉を蔑みを込めて嗤った。不気味な笑い声は続き、やがてピタリと止まった。青年の顔に浮かぶのは微笑。


「ふふっ……まぁ良いでしょう。私は一刻も早く十尾天狐様にお伝えせねばなりませんから」

「……良いわ。それじゃあ一つだけ十尾天狐に伝えて頂戴」

「なんです?」

「……どちらの世界が為にも、今あなたはあの子達に触れるべきでは無い」


 ハナは一つの武器を携えながら言った。いつの間にか取り出したその武器、フォルシオンは花の騎士達の持つ、神聖銀と同じ光沢を放っていた。青年はそんなハナの武器を笑っていない目で見つめたあと、恭しく頷いた。


「はい、わかりました。お伝えしておきましょう」


 目が笑っていないその不気味な表情を背けると、青年はアルマスかくやという速さで地を駆けた。三メートルはある外壁を軽く飛び越すと、あっという間に姿が見えなくなった。

 一人残されたハナはフォルシオンをその手から消し、他の花の騎士達が向かった村の中心部を見た。穏やかな表情で見つめたあと、急に口元を右手で押さえて苦しげにせきをした。


 ハナが咳と同時に瞑った目を開き自身の右手を見た。そこにあるのは赤い、紅い不吉な色をした液体。血、だった。

 ハナは悲しそうに目を瞑ったあと、口にも滴る血を手の甲で拭い、遠くに小さく人ごみに紛れて見える八人組を見た。そして呟く


「ごめんなさい。まだ、私では……あなた達の役に立つことは、出来ない。救って、民を……どうか」

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