猫の呪い・上

「旅人さんにゃ? これは珍しいにゃ! ちょっと待っててほしいにゃ、姐さんを呼んで来るにゃ!」


 瞬火またたびの村でも一際大きな家の中に、八人と話をした三毛の模様の猫人の女の子が入っていった。手に新鮮で美味しそうな野菜の入った籠を提げ、リボンの結ばれた尻尾を揺らし、てこてこと歩く様子を見たリリアら女性陣は「可愛い!」と歓喜の声をあげた。近くにいたレオンがうるさそうに耳を塞ぐ。


「なんか視線を感じるなぁ……」

「家の中からだろ」


 恋愛などにはまったく鈍感なものの、何故か気配には鋭いアリサが頭を掻きながら呟いた。アルマスはとある家を顎で示す。その家の閉められた窓からは人猫族の家族が、興味深げに一行をジッと見つめていた。


「なんだぁ……?」

「暑いからじゃない? 猫って暑さに苦手なイメージあるもの」

「ま、変に絡まれるより気楽でいいけどな。鳥人の村の時みたいな狂乱はたまったもんじゃねぇ……」


 ゼルレイシエルの推理に、レオンが憎々しげにつぶやいた。脳裏に浮かぶのはかつて訪れたハーピーや鳥人達が住んでいた村。花の騎士の出現に莫大な歓声をあげつつ宴を開き、大人たちが酒の飲み過ぎで体調をくずしたために一日ほど集落としての機能を失っていた村のことである。レオンと同様にその時の宴を思い出したリリアが頬に人差し指をあてつつ苦笑した。


「まぁまぁ、出来るだけ断るからさ」

「出来るだけってお前……」

「…………だって、お金の余裕が無いんですもの……」

「なんかスマン……」


 リリアが呟いた八人の現状に、主に食事管理をしているレオンが謝りながら目を逸らした。立ち寄る村々でその村の特産品の食べ物を買っては食い、買って調理してみては食い、という行動が脳裏に浮かんだためである。


「まぁ良いけどさー。その分、この村でバイトでも頑張ってもらうし」

「鬼かよ」

「散財しておきながら、鬼とか言った口はどれかなー?」


 八人の中の誰かが言った言葉に、額に怒りマークが見えるような表情でリリアは周りの花の騎士達を見渡した。マオウとアルマス以外の四人が、リリアから目を逸らす。目を逸らした人物はそれぞれ何かやましい行動を取った者達であった。その行動も本を買い漁ったり、または魔導書と呼ばれる高い古書を買ったり、自身の持つ機械の周辺機器を買ったり、または胸を大きくできるというグッズを買ったりなど、多種多様であった。

 リリアが目の笑っていない笑顔のまま、目を逸らした者達のはバイトをさらにやらせよう。と、心の中のメモ帳に書きこんだころ、猫人の女の子が入っていった屋敷の中から二つの人影が出てきた。


 背の低い方の人影は先ほどの猫人の少女。もう片方の人影の右斜め後ろのあたりでゆらゆらと尻尾を振りながら立っていた。そしてもう片方は紅色に染められた涼しそうな和服を黒の帯を使って纏い、頭部には猫のような耳をもち、臀部から伸びる二本の尾を猫人の少女と同じようにゆらゆらと振っていた。

 二本の尾を持つ人猫族の亜種、猫又(ねこまた)族の女である。猫又の女は夏の陽射しの暑さに胡乱気な目をしつつ八人を見渡し、ちょうどアルマスのところへ目が止まった。即座に怪訝な表情をしつつ言う。


「あんたらは……旅人かい? こんな地獄のような季節にようこそ。存分に楽しんでいっておくれ。わたしは猫又のシエロ、この村の副村長さ」

「ご、ご丁寧にどうも……」

「ま、それは良いんだけれど」


 マオウが生まれた地方である【海陸かいりく横断原おうだんはら】地方の女性の如く、捲し立てるようにせかせかと女性は自己紹介をした。アリサが慌てたように言った言葉を思わず一刀両断され、軽く複雑な表情をしているのを見たシエロという女性は、訂正するように続く言った。


「別にそんなにかしこまらなくても良いさ。ところで……あんたらから犬の臭いがするんだけれど。何か隠してないかい? 犬でも飼ってるのか……あんたら人間だろ? お嬢さん方は変わった髪色しているけど」


 ズバズバと的確に八人の正体へと通じる疑問を言葉にするシエロ。毒気を抜かれたような表情をして呆けているリリアらを横目に、アルマスが答えた。


「これだから獣族の村は……俺は人狼族だ。頭部に耳が無いのは人間とのハーフだから……とかって言っても信じてもらえませんよね」

「……そりゃそうさ。何か企んでるなら、人猫拳喰らわせるよ。村の長の代理を務める者として、この命をかけてでも食い止めるさ。……まぁ、勝ち目はなさそうだけどね」


 猫人の少女を自身の背後に隠し、胸元近くで握られた両拳の手のひらを地面に向ける独特なファインティングポーズを取るシエロ。ゆらりと病人のように体を揺らすと、その右手が一瞬消え去った。パンッという軽快な音が鳴ったあとに右手が現れたのは、アルマスが顔の横に上げた左手のすぐ隣。シエロの放ったパンチをアルマスが受け流した後の結果である。

 シエロはすぐさまその右手を自分の胸元に戻すと、次は乱打を始めた。先ほどのストレートと同じような速度で繰り出されるパンチを、アルマスは軽快な音を発させつつ後退しながらいなしていった。


(まだ軽いジャブ程度の威力だから片手間でいなせるが……噂に聞く本気の猫剛掌なら一工夫必要そうだな……)


「ちょ、ちょっと! 何してるのよ!」

「やめとけ、ゼルシエさん。戦士は時に、言葉より武器や拳でのほうが意思疎通が出来るってこともあるんだよ」

「わからないわよ、そんなの……」


 引き留めようとするゼルレイシエルを、レオンとアリサが止めた。レオンが語った言葉に困惑するゼルレイシエルに、アリサが続けて言う。


「“ただ弓で討つだけならば未熟な者でも出来る。だが、そのかたきの心意は剣を交えねば私は解らぬ。”……だっけか。騎士王でも、こんなこと言ってるわけだ。ゼルシエの地方だと遠距離で戦える狙撃銃が最も効率良いわけだから土地柄の問題だろう」

「……わかったわ」


 ふとマロンはその様子を見てシャルロッテが自分も参加すると言い出すのでは無いかと、ゆっくりと振り返った。が、その目に飛び込んでたのは想像とはかけ離れた表情。死んだ目をしながら二人……シエロの方を見ていた。何事かとまたマロンが二人を見ると、揺れていた。何かとは言わないが大きなものがシエロの動きに合わせて揺れているのを見つけた。マロンは再びシャルロッテを見ると、その両手は自身の胸の前にあった。何かを求める様に胸の前で空中をさまようシャルロッテの両手を見たマロンは、いたたまれなくなって空虚な瞳のシャルロッテから視線を逸らした。


「お姉さん達って怖い人なのかにゃ……?」

「いや、むしろ逆よ逆!」

「ぎゃく?」


 猫人の女の子が扉の影から顔をのぞかせながら呟いた。その言葉に不信や恐怖、疑問がごちゃ混ぜになっているのをリリアは感じ取った。少女のもとに歩み寄って目の前でしゃがみ、同じ視線になると内緒話をするように言った。屋敷によって分岐した道の左の方から猫人の少女の両親らしき、二名の猫人が二足歩行で駆けてくるのを視界の端で捉える。


「私達は花の騎士なの。少し前に、この村に破邪の騎士さんが来たんだよね?」

「はじゃのきし……白い髪のお姉さんかにゃ?」

「たぶんそうですね……私達はそのヒトの仲間なんです」

「にゃ!! やっぱりお姉ちゃんたち良い人だにゃ! 白い髪のお姉さんはとっても優しかったにゃ!」


 猫人の少女の純真無垢な反応に、あたかも鏡に映っているかのように赤くなった顔を両手で覆って肩を震わせるリリアとマロン。駆けてくる猫人の夫婦もその少女の表情を見たためか、次第に走る速度も遅くなりついには歩いて八人のもとへと向かってきた。


 何度目かわからない攻防を繰り返しながら、アルマスとシエロの二名は移動をする。普通ではありえないパンッという弾く音を何度も繰り返し、やがてアルマスの背中が一件の建物の壁にぶつかった。それを見逃さなかったシエロは全身の筋肉を使い、アルマスの顔に向かって自身が放てる最高の技を繰り出す。


ねこ……剛掌パンチッ!!」


 先ほどの初撃や、乱打とは比べものにならない破壊力を秘めた拳。自身が危険視していた技だと本能的に察知したアルマスは脚部を獣化させ、その体を沈めさせた。人間時よりも高さは足の高さは短くなるため、頭の位置が下がり……シエロの一撃はあらぬ方向へと吸い込まれていった。

 最大火力がアルマスの鼻頭の辺りにくるように距離を取っていたため、目標物が居なくなり軽く体制を崩したものの、その拳の破壊力はその家の土壁をぶち壊したことから容易に想像が出来た。


「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁ!! 何!? なにぃ!?」


 貫通した土壁の奥から、盛大な叫び声が聞こえてきた。シエロは(やってしまった……)という様な表情で姿勢を元に戻すと、一気に後退し猫人の少女の下へと戻った。呆気にとられた表情を花の騎士達がしているなか、土壁に穴を開けられた家の主を思わしき人猫の夫婦が外に出てきた。憤怒の形相を浮かべるなか、まずは土壁の穴の傍にいたアルマスを睨み怒鳴るのかと思いきや、即座にシエロの方に歩いて行き、怒鳴り声を上げた。


「姐さん! またですか!! 何回私の家の壁を壊せば気が済むんです!」

「い、いや……だってこの人らが……いや、良い人みたいだったけど……」

「なんでも良いですけど壊さないでくださいよ! まだ一昨日壊された壁も直ってないっていうのに!!」

「うっ……」


 頭部の耳と尻尾を垂らし、うなだれるシエロ。リリアが「……副村長としてどうなの」と、猫人の少女に聞くと「いつものことにゃー」という言葉が返ってきた。

 散々怒られ、しょげた様子のシエロはペコリと花の騎士達に頭を下げて言った。


「ご、ごめんなさい……わたしって昔からこんなんでね……えっと、とりあえず……お茶でも出すから上がってよ」

「「お、お言葉に甘えさせていただきます」」


 八人の返答は綺麗にハモった。


 ☆


 カサッ


 花の騎士達がいる屋敷から少し離れた、文字の刻まれた巨大な岩がある場所。青々とした葉で地面を覆い隠すエノコログサの根元で銀色の体を持つ鼠。いや、鼠のような姿をした小さな小さな機壊が蠢いた。何の攻撃手段も持たない特殊な機壊であるそれは、その岩をよじ登り始めた。岩に彫られている文字は、

「兄・エウグレム 弟・エウグレム ここに眠る」

 というものであった。小さな機壊はその岩を登りきり、頂上へとつくと人気の無いなかただひっそりと……爆発した。

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